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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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カナメノカナメ (5)

それがあまりに咄嗟のことであったため、巳咲は完全にそれを反射神経のみで受け取った。


やにわに、面と向かった初代が投げつけてきたそれ。


八握剣を。


何かを投げつけられたと感じた時も、それを受け止めて始めて八握剣だと知った時にも、軽く巳咲は動揺した。

単純に、これを渡された意味が分からず。


だが、

悩むよりも早く初代の声が耳へ響いてくる。


不思議と今までとは変わり、流暢でニュアンスの明確な言葉を使って。


『……奇妙に思ったことはありませんでしたか? 八頼守護の三家にあって、貴女の家である狗牙が最も家格が低く扱われていたか』

「と……突然、何の話だよ。それにこの剣……」


眉間にしわを寄せつつ、当然の疑問を発する巳咲へ対し、初代は諭すようにして話を続けた。


その姿は気のせいか、先ほどまでより朗然としてきているようにも見える。


『剣は鍵です。貴女が貴女自身の行動を決めるための。さておき話を戻しましょう。八頼守護三家について。そもそも火伏、犬神、狗牙の起こりとは何であったかについて』


言うと、初代は低く空を撫でるような動きをした。

途端、


その撫ぜた辺り……初代の右脇に、赤く燃える炎が獣の形をして現れる。


闇の地面へしっかと四肢を立て、巳咲を睨み据えているかに見えなくもない。


『古来、山に住まう人々にとって山それ自体が信仰の対象として大きなものでした。ゆえにヤライのような神が生まれたわけですね。しかしより身近で脅威を示す熊や狼はその身近さがために、なおのこと人々を畏怖させました。だからこそです。彼らもまた神として信仰されるに至ったのは。その中でも特に狼は別格でした。狼は基本、群れで動き、弱った相手を見つけて注意深く狙い、確実に仕留めて殺す。しかも他の獣たちとは絶対的な差があります。それは火を恐れないこと。人々にとっても諸刃の剣である危険な武器、火が通用しない相手。それがどれほど恐ろしいことであるか。それを証明するものこそ、人々が彼らにつけた名と当てた字、大噛あるいは大神。出会う頻度も高く、直接の脅威であり、敵対するにはあまりにも個々の力が強く、あまつさえ集団で襲いくる。祈り、祀り上げてでも救われたいと願うのも、当時の人々からすれば当然のことだったわけです』

「あー……言ってることは分かるけど、それが一体、何だってんだ……?」

『大丈夫。勘の鈍い貴女にも分かるように説明します。山の民はヤライを私へと封じることには成功しましたが、言うまでも無く私は現人神。寿命のある神です。いつまでもヤライを封じ続けるのは根本的に不可能。ということで、当時の人々はこの問題に対してふたつの保険をかけることにしたんですよ』

「……?」


いまだ話の方向が見えず、さらに眉をひそめる巳咲の反応を見ながら、初代はその手を自ら出現させた燃え盛る獣の背に這わせた。


すると変化。


四本の足で立っていた獣型の火は、やおらその形を変え始めると、今度は人に似た形となり、ちょうど二本足で直立した姿で同じく初代の横に身を構える。


『ひとつは知っての通り。私が人の身に移し、産み落とすことでヤライの力をある程度封じて管理するというもの。元から人の身で生まれた私と違い、ヤライは人の身に封じるだけでも相当に弱体化しました。が、それも長くは持たなかったんですけど……』

「……持たなかった?」

『ヤライもまた強力な神であることに違いは無かったということです。奴は少しずつ少しずつ時間をかけ、すでに形骸でしかない私の血筋を引く人間から、肉体を持ちつつも力を揮える特質を獲得していきました。ただ、ここまでは予測していたことだったんですがね』


そう話しながら、言葉を止めずに初代は自分の隣にいる人の形を示した。


『そこで登場するのがこの大神です。私は自分の眷属としてこの大神を招き入れ、形骸化した私の血筋へその血を組み込み、ヤライを監視するための特別な分家を作りました。望ましくは私がまた現世に復活するまでの間、人となったヤライを管理し続けてもらうために。ところがどうでしょう。長すぎる時間の経過は私が思ってもいなかった結果を生みました。本来は監視され隔離されたヤライの家は、どこでどう間違ったのか主家という扱いとなり、それの監視役だった大神の血族は「見張る者」から「守護する者」にという、まるきり逆転した関係になってしまいました。しかもその力を削ぐため、女子しか生まれぬ呪いで血は薄められ、大神の力はなおも減衰させられていったんです』

「呪い……女しか生まれねえ呪いって、八頼の主家じゃなくてうちらの血を薄めるのが目的だったってのかよ……」

『最初のズレを知らずに気づくのは難しいでしょうし、ここは貴女に罪はありませんよ。で、さらに監視役の分家を三家に分けただけでも大きかったんですが、敵ながらさすがというか、ヤライは詰めの甘い相手ではなかったんですよ。現在、三家の家格は火伏、犬神、狗牙の順になっていますが、この家格、現実には何が基準で決まってると思います?』

「そりゃ……その話の流れからすれば大神とかってのの血が濃い順じゃ……」

『残念ですが不正解。その逆です。大神の血が薄い順に家格は高くなっています』

「!」


この解答に対し、反射的に巳咲は後ろを振り返る。


嘘か真かを確認する必要など無いことは分かっていた。何せ相手は神だ。それも自分たちが本来、本当に守らねばならなかった神。


偽りを口にする理由など無いのだから確認も必要無い。のだが、


そうだと頭で分かっていても、巳咲は異なる立場からの意見が欲しかった。


それだけ、長くそうだと思っていたことを覆すことは容易でなかったのである。


とはいえ、

返ってきたものは予想したものばかりだった。


うつむいたまま動かない栖。

静かに、しかしはっきりとうなずく千華代。

片眉を上げ、肩をすくめて両の手のひらを天に向ける巳月。


誰ひとり否定は無く、肯定のみ。

つまりは、そういうことである。


『敵ながらあっぱれなんて気楽なものではないですけど、実際に大したものですよヤライは。主従逆転に加えて力関係まで反転させてしまったわけですから。しかも効果は絶大。影響力は八頼を名乗るヤライが掌握し、三家のパワーバランスは真逆だから統率がとれるはずも無い。あとは時間が勝手に大神たる三家を自壊させ、ヤライは復活できるようになる手筈だった。ところが、欲を出しすぎると痛い目に遭うのは世の常。ヤライもここでミスを犯します。巳月さんに殺されたことにより、器として最適化された要を手に入れようと、かなりの無茶をした。失った心臓の代わりに生玉と死返玉とを埋め込み、私の血に加えて千華代さんの体すべてを取り込ませ、完璧なまでの現御神の器を仕立て上げ、自らそうなろうとしたわけですよ。千華代さんの影響で意思や意識を持つようになったゆえに出た過剰な欲望でしょう。まあ、そこまで読んでわざと要をあの状態にした巳月さんの英断あってこその結果ですけどね。単にヤライとして復活するだけなら成功していたかもしれませんが、自らの領分を間違えてヤライは自滅したわけです。私の血が入った状態の体へ要の魂が戻ってくれば、元来の現人神たる私の力と要の意識が勝るのは火を見るより明らかなこと。結局、ヤライは過ぎた欲求と、自らの分身であるサバキが強力な大神の力に目がくらんで巳月さんを支配しようとしたものの、逆に支配されてしまったというふたつの失策が重なって滅んだ。詰まる所、ほぼ巳月さんひとりのお手柄によって大団円……と、言いたいところですが、巳咲さん的にはそれだと納得がいかないわけですよね?』


饒舌にそこまでひと息に話すと、初代は言葉の最後を問いの形で終わらせた。


確かめるように。巳咲の、何か……はっきりとはしないが、巳咲の中にある何かを確かめるように。


それへ答えて、


「……納得がいかねえ……といえば、確かにそうだな……」

『お姉さんも戻ってくるのに?』

「ああ」

『ヤライもサバキも、もはや私が不死となった今、消滅したも同然になったというのに?』

「ああ」

『ふむ……お姉さんは生き返る。敵も全滅。八頼は名ばかりとなり、これからは冷遇されていた貴女たちも日陰者から脱却できる。それでもまだ不足だと?』

「そうだよ」

『どうも分かりませんね……強欲は身を滅ぼすという好例をヤライが見せたばかりだというのに何故、貴女はこれだけで満足できないというんです?』


巳咲は短くも決然と返していたが、初代もまた変わらず、探るような調子で質問を続ける。


現実問題、初代の問いが正しいことは分かっていた。


払った代償は大きかったが、取り戻せるものも大きい。そしてこれからまた新しく作り直してゆける。


高望みが過ぎると言われればそれまで。


しかし、

そうだとしても、


巳咲はどうあっても譲る気になることができなかった。


「……実を言って、アタシも自分で自分の望んでることがよく分からねえ。けど……」

『けど?』

「ほんとの……大団円ってえんなら、要だって戻ってこなけりゃ……足りねえだろ……こう、なんか……」


自分の考えや気持ちがうまく言葉としてまとまらず、しどろもどろした内容ながらも、巳咲は迷い無く初代を見つめた。


すると、


短く間を空けた初代が改めて口を開く。


『いいでしょう』


そう言うと、


『では選んでもらいますよ巳咲さん。すべての戦いが終わった今、道を選ぶ意味も道自体も、安定した一本の道へ収束しています。ですがもし、貴女がその唯一の道を拒絶するなら、再び道を選びなさい。進みたいと思う道を。ただし、もう道はひとつしかありません。先に言ったようにね。だから……』


招き入れるかの如き仕草で、初代は柔らかな物腰で両手を広げて見せた。


『切り開きなさい。望むべき道を。その手にある剣で、欲する道を切り開いてごらんなさい』


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