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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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カナメノカナメ (3)

奇しくも、彼女たち四人は顔を合わせている。


茫洋たる闇の中、浮き立つようにして互いの姿を見合いながら。


ふたりは生きている者。

ふたりは生きているのかどうか曖昧な者。


状況自体は極めて珍しい……どころか、非常識を通り越して現実に有り得る状況とは普通なら言えないものだったが、その奇矯なそれぞれの立場はすべからく望ましからざるものであることだけは確かであった。


「……要さんに……食われる?」


どうにか心の均衡を取り戻し、巳月に向かって問うた栖の言葉は、悲しいことだが確認のためではない。


否定を望む問い。


だが、この世の物事の大多数が望まない結果へと流れてゆくように、その答えもまた巳月の口から望まざる言葉として返ってくる。


「わざわざ聞き返すほどのことでもないと思うけどねえ……薄々は感づいてたでしょ? 勘の鋭い犬神の人間だもの。というか、巳咲チャンでさえ気づいちゃったくらいだからさあ。そのせいでこの有様なんだけど……」

「外へ……逃れる方法は無いんですか……?」

「話の通じる相手ならもしや……ってのはあるけど、ワタシが要チャンの魂を戻した途端に一瞬で近場にいたワタシから問答無用で残らずサバキを食い取ったしなあ……千華代チャンだってギリギリだったのよ? ヤライは完全に食い尽くされてたからもう出涸らし扱いで見逃してくれたとも思えるけど、問題はこの先。ヤライもサバキも要チャンにおいしく頂かれて消化吸収されちゃった。でもワタシたちはいまだに要チャンの中。これがかなりヤバいってのは、栖チャンにも分かってるんじゃない?」

「……聞かされた初代様や要さんの力を考えるに、表現は悪いですがここは底無し沼……満腹を知らない胃の中にいるのと同じこと……」

「……なわけ」


返事をしつつ、巳月は絵にでも描いたようにして頭を抱えてみせた。


サバキであった時ならこれも何かしら本音を隠したポーズとも取れたが、今の彼女は誰の目にも明らかに本気で苦悩しているとしか見えない。


「てことで、こうなっちゃったからにはもう取れる手立てはひとつしかないんだわ。確実性に欠けるのが不満なんだけど、現状、文句を言えるような立場じゃあないし、まあ仕方ないかなって……」

「手立て……って、じゃあここから抜け出す方法自体はあるんですか!」

「繰り返すけど確実性には欠けるわよ? とはいえこのままでいても食われるだけって事実は変わらないし、選べる選択肢がハナから無いってのがまた……ねえ」

「……は……?」


どうも歯切れの悪い、はっきりとしない巳月の話をいぶかしみ、栖は新たに問いを続けようとする。


が、


「……分かった。ちゃんと話すわ。どうせ最後まで隠せることでもないし」


いつもながらで、思考を先回りした巳月は栖が改めて声を発するより早く説明を再開した。


「可能性も方法も含めて現状、四人全員脱出ってのはほとんど不可能。だけど、ひとりにつきひとりが押し出す役を引き受けて脱出させる手段を取れば理屈的にふたりまでは外へ逃がせるかもって感じ。かといって押し出す力は強いに越したことは無いから、ワタシと千華代チャンが担当。ヤライとサバキの力こそ失ったけど、それでもまだ巳咲チャンや栖チャンよりは強いからねえ♪ ま、一度は死んでる身だし、今後を考えても妥当な人選かなあって……」

「なっ……!」

「あ、言っとくけど千華代チャンとはもう相談済みよお?」


首を傾げ、細めた目でからかうように答える巳月をすぐさま無視し、栖は千華代へ視線を移すと、怒気すら含んだ声でやにわに言葉を飛ばす。


「正気ですか千華代様っ!」


当人は当人なりに抑えたつもりだったが、感情に押されたそれは実質、軽い叫び声と言ってもよかった。


しかし反応は薄い。


千華代は明らかに取り乱す栖と比べずとも、不気味なまでに落ち着きを崩さずにいる。


穏やかに微笑み、どこを見るでもなく闇の向こうへただ無為に目を遣りながら。


「……至って正気じゃ栖。というより、正気ゆえの結論よ。ごく、ごく自然な、のう」

「私には……理解しかねます! 何故……何故、今まで散々に苦しまれた千華代様が犠牲になろうとなどされるんですか……?」

「それが吾に為せるただひとつの罪滅ぼしだから……としか言えぬな」

「……罪滅ぼし?」

「望んだことではないにせよ、吾はヤライに身を操られ、多くの同胞はらからを死地に追いやった。この事実は消えぬ。たとえそれらが吾の意思ではなく、ヤライの意思であったとしても、おこなったのは吾の身であり、吾の声であり、吾の言葉じゃ。操られていたのだと言って罪の意識から逃れるのは容易ではある。が、そうした逃げ道の無かった者たちは? 吾とは異なり、選べる道がひとつきりだった多くの者たちは? 死ぬる道よりほかに道を持たなんだ今は亡き同胞たちへ、斯様に仇疎かな言い訳で済ませることなどできようか。もし……もし、彼らが仮に許してくれようと、吾はそれを納得することができぬ……できぬのじゃ……」

「……千華代……様……」


返す言葉も浮かばなくなり、栖は半ば諦めの感情が心を占めるのを感じた。


決心を固めた雰囲気。

それも並大抵のものではない。


完全に死を前提とした決然たる覚悟。


こういった心境に至ってしまった人間へ、言葉による説得が如何に無意味か、言葉を得手とする栖だからこそ、なおさら理解できる。


そう、理解できる。だけに、

より悔しさに歯噛みする思いとなった。


受け入れざるを得ない。


どれほど自分が納得できない結論であっても、これは千華代と巳月の決意。


それこそ、これもまたひとつきりの道のようなもの。


選択肢は無いに等しい。

受け入れざるを得ない。


と、


「……なんで黙るんだよ……栖……」


はっとした。

急な呼び声に。


そして、

その声のするほうへ向き、栖はさらに吃驚する。


知らぬ間、地に這いつくばっていた巳咲が立ち上がり、自分を見据えている姿を目にして。


眼は充血し、まぶたは腫れ上がり、なおも溢れ出てくる涙に瞳から頬へと光の筋を伝わせながら、真っ直ぐ睨みつけるような視線を向けてきている。


「しゃべれよ……説得しろよ……なんで黙るんだよっ!」

「……巳咲……」

「説得しろよ! 言い包めろよっ! テメェの得意だろ! いつもの屁理屈でこの石頭ども、どうにかしろよっ!」


乱暴に肩を掴んで、前後に揺さぶりながらそう絶叫する巳咲へ、やはり栖は何も答えることができなかった。


言う通り、できることならそうしたい。


ではあるが、もうそんな望みは無いことを栖は分かっている。

巳咲とて、分かってはいるはずだ。


単にそれを認めたくないだけで。

心ではもう、どうしようもないことを分かっている。


それでも、


視線を落とし、うなだれて、嗚咽の合間を縫って無理やり吐き出してくる懇願にも似た苦鳴の言葉は、栖の意識を荒波のように乱した。


「……なんとか……してくれよ……もう、一度は死んでるんだぞ? なんでまだ苦しまなきゃいけねえんだよ……なんで……姉貴が……」

「……」

「もうやだよ……なんで……姉貴なんだよ……なんでアタシじゃないんだよ……苦しまなきゃいけないなら……死ななきゃいけないなら……アタシにしてくれよ……もうこんなの……イヤなんだよ……」


刹那、


栖は視界が歪んだ。


油断すれば溢れてしまいそうになる涙のせいで。


堪えるのがやっと。

抑えるのがやっと。


自分も泣くのは容易いが、そうなればもう収集がつかなくなるということを栖も自覚しているだけに、なおのこと泣くわけにはいかないと思ったのである。


気を抜けば声まで漏れそうになる中、栖は必死に自分へ思い込ませた。


諦めよう。何もかも。


そして、巳咲を連れてここから出よう。

千華代と巳月の言葉に従い、ここから出よう。


自分たちは生き延びろと言われた。

ならば、生きて悩み、苦しむのが自分たちの役目なのだろう。


思い、ほとんど自分を騙すようにして気持ちを静める。


ここにいる間に巳咲が正気を取り戻すのは、天地がひっくり返っても有り得ない。


なら、自分がその分もしっかりとしなければ。

脱出に支障をきたすわけにはいかない。


何しろ千華代と巳月が文字通り、命を賭して自分らを救わんとしてくれているのだから。


力尽くで折れた心を継ぎ接ぐと、栖はもはや握力を失った巳咲の両手を肩から引き剥がし、足の力も抜け始めたその体を支えた。


意識の混濁か、思考の混乱か、意味ある言葉も発せなくなり、何か意味を持たない音だけの言葉をつぶやき続ける巳咲の体を。


ところがその時、


『……分かんないですね……』


突如、暗黒の空間に聞き慣れぬ声が響く。


『昔は……もっとこう……分かりやすかったし……はっきりしてた気がしたりもするんですけど……いつからでしょうね……なんか、ちゃんと直にしてくれなくなったのって……』


瞬間、まるで申し合わせたように四人……巳咲、巳月、栖、千華代は同時に同じ方向へ首と視線を回した。


途端に、


四人は声の発したものに目を釘づけられる。


姿は……白衣と朱袴を着た巫覡装束の少年……か、少女……に見えた。


何故このような曖昧に過ぎる表現をするかといえば、理由はひどく馬鹿馬鹿しい。


それの姿が表現にも表れているまま、からきし不鮮明で、あやふやに見えたためである。


さりながら、明確ではなくとも(そう見える)という程度の認識はできる範疇にはあった。


『普通だと……人って困ったり、どうしていいか分からなくなった時って……すぐにしてきたものなんですけどね……』


突然のことに声も出せず、ただ黙して見つめるだけの四人をまったく気にする様子も無く、それは勝手にしゃべりつつ、手に持った剣らしきものを弄り回している。


間抜けなことに、四人は揃ってすべてが終わってからその剣が巳咲の紛失した八握剣だったことに気づくことになるが、それはまだ先の話だ。


気配も無く、おぼつかない姿をしたそれは、時間も、場の空気も、四人の心境も当たり前と言わんばかりに関心無く、気ままに、


『ほら……よく言うんでしょ? 私はよく知りませんけど……』


言葉を継ぐ。


『苦しいときの……神頼み……?』

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