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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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ヤライノカナメ (5)

「さ、こうなるといつヤライが襲い掛かってきても不思議じゃない……急いで支度するとしますか。巳咲チャン、ちょっと両手を出してくれる?」


自分から一旦、話を切っておいて急にまた声をかけてきたサバキに、巳咲は言われた内容も含めて軽く当惑した。


「あ、え……?」

「いいから、早く出してちょうだい。それとも何? そんな状態でこれからヤライとやり合うつもり?」

「や……そういうんじゃなく……そもそも、テメェに手を見せて何がどうなるって……」

「……相変わらず、人の言うこと素直に聞かないわねえ。いいから、さっさと出しなさい!」


後半、語気も荒く言ったサバキの言葉に、巳咲は観念して……というより、何かそうせねばならないような気がして即座に両手を前に差し出す。


だが、差し出すといってもひどいものである。


右手は肘のすぐ下から青銅製の武骨な義手……しかもサバキに握り潰され、手首から上はほとんどスクラップに近い。


手のひらであったらしきところからかろうじて取れかかった指が二本だけ、なんとかぶら下がっているのみ。


左手に至っては、さらにどうしようもない。


解けかけ、汚れた包帯に包まれた手の長さは異常に短い。

およそ手首の少し上辺りまでが実質、失われている状態。


「……うわあ……ワタシ、けっこう自分では加減したつもりだったんだけど、まさかここまでやっちゃってたかあ……何か、その……ごめんね……」


何とも申し訳なさそうに、しかも雰囲気からして明らかに本気……何かを意図して芝居を打っている様子も無くそう言って詫びるサバキに、巳咲は何とも言えない妙な感覚を味わった。


頭で分かっている事実。

サバキは敵。


少なくとも話してきたことがすべて真実だったとしても。


自分の腕についてはまだ良いとして、要を殺した事実に関してはどういう理屈を持ってこられても、感情的に許すことは出来ない。


それゆえ敵。

なのだが、


巳咲の中に募ってゆく違和感は増大してゆく。


どこか、懐かしさにも似た不思議な違和感。


しかし今はそんなことを気にしている場合でないことも理解している。

何かが差し迫っているという空気だけは、巳咲も肌で感じていた。


「まあ、お詫びと言っては何だけど、このぐらいなら治す……いえ、前より少しくらい強くしてあげられると思うわ。それで許してちょうだいな♪」

「……は? 治……す?」

「はい、時間の無い時に細かい話をしないの。まずは……とりあえず右手に着けっぱなしにしてる八握剣……の成れの果ては一旦、外しちゃうわねー♪」

「あ、ちょっ、おいっ!」


止めるのも聞かず、サバキは見事な手際で素早く巳咲の右手から、もはや金属の塊にしか見えないそれを取り外すと、右の腋の下へ挟み込んで両手の自由を確保する。


「ふむ……これで腕を治すのに邪魔な物はひとまず無くなった、と。そんじゃ巳咲チャン、栖チャン、始めるから心の準備よろしくー♪」

「な、え?」


急に言われ、巳咲は動揺した声を漏らし、栖は床に手をついたままの姿勢で顔を上げた。


巳咲の反応は順当だったが、栖が先ほどのやり取りで完全に放心していたことを思うと、如何にサバキの言葉が唐突であり、かつ良し悪し双方を含めた興味を強く与えたのは確かである。


そして、

その強い興味を察してかは分からないが、サバキは間も置かずに両の手のひらを上に向け、開いて見せた。


短な一言を添えて。


「これ、使うからさあ♪」


途端、


何かがサバキの両手から躍り出る。


それが何であるかを視認する暇も無く。


瞬間、


巳咲と栖はほとんど同時に自分の首筋へ何かが突き刺さる感触と、わずかな痛みを感じた。


はたと見れば、サバキの両手からは赤い……鮮烈に赤い紐のようなものが伸びている。


確認するまでも無かった。ここまでの流れを思えば。


朱管糸。


ふたりの首には今、それが刺さっていた。


すると急激、


刺された個所を中心に、全身を刺すような熱さが駆け巡る。

まるで自分の体に走る血管すべてを知覚させられるように。


決して苦痛というほどのものではなかったが、少なくとも気持ちの良いものでもなかった。


心臓が拍動するたび、全身の血管が浮き立つのにも似た膨脹感を伴う熱が、体の中を無数の小虫……それも熱を帯びた小虫の群れが這い回っているとすら思える感覚が波の如く繰り返す。


咄嗟、巳咲はいつの間にか何の疑問も無く、どこかでサバキに心を許していた自分を悔いた。


(騙された……いや、謀られた)と思ったからである。


ところが、そう思った直後、


「……巳咲チャン、疑う気持ちは分かるけど、ワタシと巳咲チャンたちの実力差を考えたらそれは有り得ないって分かんないかなあ……もし仮に騙すにしたって、今ワタシがやってることは力ずくでしょ? 必要の無いウソなんてメンドクサイからつかないわよ。まあ、説明なんてしなくてもすぐに……」


得意の読心術で見抜いた内容に対し、そこまで言ったところで、サバキは巳咲の腕を見ながらしばし言葉を切った。


論より証拠。

その始まりを目にして。


当然、当事者である巳咲はサバキ以上にそれを感じ取る。


熱感ではない。刺すような、這うような内側の感覚でもない。

皮膚が突っ張る。引っ張られる。そんな感覚が失われた両手の先に感じられたと思った次の瞬間だった。


両手の皮膚が、肉が、爆ぜた。


内側からくるなにがしかの圧力へ屈するように。


だが血は流れない。痛みもない。

微かにかゆみが新たに現れた両手をくすぐるだけ。


そう、

無残に潰れ、失われていたはずの巳咲の両手は、一瞬にしてその形を再生したのである。


これに誰よりも驚いたのは、ある意味で当然だが巳咲自身だった。


巳咲の腕は普通に考えれば再生するのに早くとも月単位の時間が必要な傷。


まあ、これも常識的に考えれば完全に非常識。逸脱した事柄なのだが、それすらもさらに超える非常識。


実質、両手の再生にかかった時間はおよそ数十秒に過ぎない。


「さっすがサバキの血♪ 自分でいうのも何だけど、効果はてきめんって感じねえ♪ けど、そこを言うと要チャンに関してはヤライと初代のダブルパンチだから、あんま想像したくないかなあ……」


そう独りごちるサバキは、すいと手を引いて巳咲と栖の首から朱管糸を引き抜く。


奇妙なことに、箸ほどの太さはある朱管糸を抜き取った跡には、出血も傷も無い。


状態の変化に大きな差がある分、巳咲のほうが殻でも破って出てきたような両手と朱管糸の刺さっていた首元などをしきりに気にしていたが、栖も栖とて、首元を異様に気にする様に変わりはなかった。


特に、頭では分かっていても、今の今まで敵として認知していた相手の血を受けたことに対する罪悪感にも似た後ろめたさのために。


「どう? ふたりとも。巳咲チャンは高低差が激しいから余計に感じるだろうけど、栖チャンも血が目覚めただけじゃあない、湧いて出てくるみたいな力がみなぎってきたでしょ♪」

「確……かに。腕がこんなに早く治ったってのもアレなんだけど、それとはまた別に、何か、こう……自分の体じゃねえみてえな感じだ。いい意味で……」

「ふむ、巳咲チャンらしい答えだわね。そんで、栖チャンのほうはどんな感じ?」

「……驕りや思い込みではなく、はっきりした力の根拠が体に根付いた感覚です……明確に、力の質も量も以前とは比較にならないほど高まったと……ですが……」

「なあに?」

「ひとつ、疑問が……何故、裏切り者のそしりを受けるべき私にまで血と力を分け与えたんですか? 恨まれて当然のこの私にまで……?」

「……そこ、ねえ……」


一言、答えるようにつぶやくと、サバキはあえて栖へ視線を向けず、巳咲から取り外して腋に挟んでいた義手の残骸をいじりつつ、言葉を継ぐ。


「ストレートに言っちゃうと、単に足りない人手を補うのに、なりふり構ってられないからっていうのが理由かなあ。なんたってこれから相手にするのはワタシの本体であり、最強最悪の荒御霊であるヤライ。しかも、もはや弱体化していたヤライじゃない。要チャンの体を利用して全盛期の……いえ、下手するとそれよりさらに強くなってるかもしれないヤライ。戦力はいくらあっても足りないわけ。好き嫌いなんて子供じみた理由で使える戦力を使わないほど、ワタシもバカじゃないの。とはいっても、もし戦ってる最中にまた懲りずにバカをこじらせて裏切ったりしたら、本気で殺すけど……」


背を向けたまま、声音だけで本気と分かるサバキの回答に、少なからず栖はゾクリとする殺気を感じたが、サバキは興味も無しといった風で巳咲のそばまで歩み寄ると、


「まあ、あんだけ言って聞かせたんだからもうバカはしないと思いたいねえ……ほい、巳咲チャン。手も治ったことだし返すわ」

「返すって……え? そ……れ……」


近づき、差し出してこられたサバキの手に持たれているものを見て、巳咲は我が目を疑った。


確かに先ほどまでは単なるいびつな金属の塊だった。それが、

鼻先に突き出されたサバキの手にあるものは、


青銅製の諸刃剣。


すなわち、


「こっちはこっちで直しといたわよ。元の八握剣としてねえ♪ 義手に加工してあった状態の時は本来の力を出せてなかったからワタシでも潰せたけど、今ならバリバリ100%♪ 冗談抜きに神様でも斬れるほんとの神剣よお♪」


嬉々として語りながら、サバキは軽く当惑し、動かない巳咲を面倒に思ったのか、少し強引にその手へ剣を握らせる。


「いい? 作戦は簡単。巳咲チャンと栖チャン、ワタシの三人で三方からヤライをフルボッコにする……つもりでかかる。何としてでも殺すってぐらいの気持ちで挑まないと、マジでこっちが手を出す暇も無く、逆に殺されるわ。その辺、分かってるとは思うけど改めて肝に銘じておいてね」

「なっ、そ、そんな急に……てか、勝手にテメェが立てた作戦になんでアタシらが……」

「他に選択肢が無いからよ」


慌てて声を出した巳咲の言葉を、喰いつくようにサバキの声が遮った。


と、


「ふたりともっ!」


叫声を張り上げ、栖が巳咲とサバキに呼びかける。


何事かと問おうとし、栖へと目を向けた巳咲は、喉まで出かかった言葉を即座に飲み込んだ。


目に入った栖の姿。その背後に広がった光景に愕然として。


またしても突然の変化。

変化したことに気が付かない変化。


目にして始めてそれと分かる状況の変質。


本来、あるはずの無い本殿の四辻に立たされていたはずが、今は、


壁や天井すら無い。


それゆえ、唯一の光源である裸電球も天井とともに消え失せていた。


ならばこの闇夜のような空間を淡く照らしている光は何か。


答えは瞬時に知れた。


足元の床。

その床板の隙間から炎が上がっている。


煙のひとつも立てず、火だけが一面の床板を焼き崩し、徐々に火勢を増す。


すると、


「時間切れよ巳咲チャン。ついにお出ましだわ。恐らく考えうる中でも最悪のヤライが……」


刹那、

広く空いた前方の床板が巻き上がる猛火に消し飛ばされたと見えるや、


そこから、


火柱に包まれた人影が現れた。


見紛うはずもない。どれほど火勢が強くとも。

見紛うはずもない。それがたとえ血に目覚めた獣の姿であっても。


要だった。


もはや面影以外にそれと知る手段は無かったが、それは明らかに要であった。


業火の中に浮かびながらも、衣の代わりに身を包む火炎に焼ける様子すらない。


「あれ……が、ヤライ……?」

「そうよお……見た目や経緯に関係無く、もうあれはヤライ。要チャンでも千華代でもない。荒御霊ヤライ……」


砕けた口調と裏腹、全身を周囲に燃え広がる炎よりも強く、焦げ付くような気迫で満たしたサバキに、無意識か、もしくは本能的な何かによってか、巳咲と栖は体を寄せる。


転瞬、


猛烈な火勢でよく見えなかったヤライの顔が、要の顔かたちのままに薄笑いを浮かべるのが見えた。


「さあて……覚悟を決めて戦うとしましょうか。ただのヤライの分身に過ぎない荒御霊のワタシと、古に火を制し、人の身のまま神としてこの地を守り、崇められた名も無き大神オオカミの末裔おふたりさんとで、ね」


そう言い、


サバキは一歩、前に足を進めつつ、いたずらっぽい微笑みを湛え、通り過ぎざまに栖の胸元で光る勾玉を指で弾いた。


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