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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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ヤライノカナメ (4)

サバキと栖のやり取り……いや、実際が一方的に話しているだけであったが、それでもその話の内容は巳咲をさらに困惑させるのには十分だった。


だからこそ口走る。反射的に。

乾いた者が水を欲するが如く。


「待……てよ……まただ……また話が見えねえ……サバキへの攻勢が無意味? や、それもあるけど……栖が……何を知ってたって……?」


巳咲の質問は明らかにサバキへ向けられていたが、それをサバキはあえて一旦保留し、栖に顔を向けて反応をしばし待つ。


が、

栖は何も言わない。


俯いて小刻みに体を震わせるだけ。


それを確認し、ようやくサバキは巳咲へ向き直り、口を開いた。


「……どうやら栖チャンはダンマリを決め込むつもりみたいだし、いつまでも時間に余裕があるわけでもないからワタシが代わりに説明してあげる。今まで巳咲チャンたちが信じ込まされていたサバキへの攻勢理由は『こちらの戦力が高まり、サバキを倒し得る可能性が高くなったから』という内容よねえ?」


言いつつ、サバキはいたずらっぽい笑みを浮かべながら自分を親指で指し示す。


暗にその理由づけ……戦力増加の大部分を巳月であった自分が占めていたことをアピールしているのである。


「ただし、この理由はワタシの話が事実って前提に立って見るとまるで意味合いが変わるの。八頼守護の戦力が肥大したってことは裏返せばヤライにとっても脅威となる。実権こそ握ってても絶対的な身の安全、保証なんてのはどこにも無い。いつ事実を知られてその力を自分に向けられるか分かったもんじゃあない。となれば、後顧の憂いを断つためにも三家の力は削ぐ必要があったってわけ。身も蓋も無い言い方をすれば、千華代……ヤライは保身目的で守護三家に蓄積してしまった戦力をサバキにぶつけて浪費したのよ。人間としてでなく、単なる戦力って視点で。それも自己保身……万が一を考えての、下らない自己保身のためだけにさあ……」

「……」


口調こそ表面上は砕けたものだったが、サバキの抱いているあからさまな憎悪は嫌でも雰囲気に出ていた。


「で、話は逸れるけど栖チャンに関して何でワタシがこんなに腹を立ててるか。理由は簡単。ワタシって腐っても神様だからさあ、人の心とか読めちゃうのよねえ♪ あ、この点はヤライもおんなじ。ま、本体と分身だから力が似通っちゃうのは当然かなあ……しかも、そのせいで要チャンには面倒なウソをつく破目になったんだよねえ。ヤライは分身と言えどもワタシの心までは読めない。けど、まだ現人神に目覚めていない要チャンの心は読まれちゃう。要チャンが信用できるできないは関係無く、ワタシの立てた対策をヤライに知られないため、つきたくもないウソをつかなきゃいけなかったのは、ワタシ的にかーなり楽しく無かったなあ……と、ちょっと話は脱線したけど、こっからが本題」


言って、再びサバキは視線を栖に移すと、わざと厭味たらしい話し方で説明を続ける。


「繰り返しになるけど、ワタシは人の心が読める。巳咲チャンには不思議に見えてたかもだけど、ワタシが何かにつけて栖チャンへ悪意を向けてたのはそこが原因。だってさあ……」


一拍、

サバキは間を置いて言葉を継ぐ。


まるで、自分自身を落ち着かせようとでもするように。


「……栖チャン、探った記憶の時系列を見るに、ほとんど確信に近い疑いを一年以上も前から千華代に対して持ってたにもかかわらず、そのことをガッチリ自分のお腹ん中だけに仕舞い込んだまんま、結局はサバキへの攻勢作戦が発案、実行に至るまで見事なほど完璧に秘密を守り通したんだもん。誰にも一言の相談もすることなくねえ……あのさ、聞きたいんだけど犬神の取り柄って何? 勘の良さでしょ? 事実、その能力があったからこそ栖チャンは千華代の正体を証拠こそ無いけど察知することができた。ところが肝心の力を発揮しながら、栖チャンは表面上の現実に固執したわけ。ま、普通なら栖チャンだけでなく他の犬神んとこの連中にも腹を立てるべきなんだけどお……信じらんないことに栖チャンは同じく不審を抱いていた犬神の連中を諌めちゃったんだなあ。『あの千華代様に限って有り得ない』とか言ってさあ……」


これを聞き、


さしもの巳咲も驚きのあまり、肩で抱えた栖へ勢いよく目を向けた。


ほぼ無意識、口を突いて出た言葉と同時にして。


「ウ……ソだろ……? 栖……なんでそんな……」

「……」

「まあ、やったことの重みを考えればダンマリ継続は当然かなあ……なんたってこの栖チャンによって犬神たちの不審意見が封殺されちゃったせいで、計画通りに攻撃は実行された。結果は言う必要も無いわよねえ? 送り出した人間は全滅。つまり三家はほぼ壊滅。どう? 栖チャンうれしい? これでもう、何もかもが愛しい愛しい千華代様の思いのままよお♪ うれしい? 八頼守護、三家の人間たち……自分の身内をすべて裏切って、ほとんどサバキへの生贄に差し出して得た成果のご感想はあ?」


顔や声こそ笑ってはいるが、察するまでも無く呪いにも似たどす黒い憎悪の感情を栖に向け、サバキは責めるように問う。


途端、


栖は巳咲の肩から滑り落ち、その場に膝を折った。


床に両手をつき、深く俯いた顔を窺うことは出来なかったが、


伏せた双眸から零れる涙だけを床に落とし、


「……信じたかったんだ……」


そう、震える体から震える声を、絞り出して。


「……ただ……私はあの人を……信じ……信……じたく……て……」

「……」


最後は声も詰まり、嗚咽だけを漏らす栖の姿に、巳咲もサバキもしばらく声を掛けることができなかった。


だが、

それもさほどの時間ではない。


数瞬を待つや、サバキは栖のか細い泣き声だけが響く沈黙に不愉快な表情を浮かべ、再び話し始める。


「そりゃねえ……さすがに何もかんも栖チャンが悪いとか、そこまで酷な言い方するつもりはワタシだって無いわよ……けど、実際に何十人って人間がその幼稚な思い込みのせいで死んだことは確か。そこだけは自覚しておいてもらわないと、ワタシも死んでいったみんなに示しがつかないから……自分の未熟を後悔してちょうだいな。死んでいった……みんなへの、せめてもの詫びとして、ね……」

「……」


栖から答えは戻ってこなかったが、伏したままの栖を見、何やら納得したようでサバキは静かにうなずいた。


「さあて、と。これで一応、今ワタシから話せることはすべて話した。あとは千華代……ヤライをどうにかするだけなんだけど……だけ、とか言ってこれが一番の難題なのよねえ……」

「……え?」

「巳咲チャンと栖チャンが見た状況から考えて、恐らくワタシの予測通りヤライは動いてる。要チャンを魂の抜けた単なる器として使うつもりよ。祝詞の内容、朱管糸で要チャンの体に流し込まれた初代と千華代の血、そして失った心臓の代わりに埋め込んだ死返玉と生玉。これらを総合するに、ヤライの狙いは現人神として……それも死返玉と生玉によってほぼ不死となった要チャンの体を器に、本格的な復活……どころか、力を高めて再登場しようって腹だわ」

「待、待てよ……でも、要はテメェが……」

「殺したわよ? ただし、こういうことになったらヤライはこうするだろうって予想してね。栖チャンももちろん気づいてたでしょ? 千華代が要チャンの生死について妙なほど頓着が無かったこと。簡単なことよ。ヤライは要チャンが死んでくれたほうが都合が良かった。もしも生きたまま現人神として目覚めたら、下手すると三千年前の悪夢が再びだからねえ。その点、死んでくれれば死返玉を使って魂の無い空っぽの神の器が作れる。そのぐらいは狙ってくるだろうって考えての策。とはいえ、要チャンには悪いことしたから後で謝らないとだなあ……」


申し訳無さげな顔をして言うサバキの様子を見て、


巳咲は思わず脱力する。


サバキの望み……本心が分からず。


「ワタシなりに出来るだけ痛くないようにって気を遣ったつもりだけど、痛かったり苦しかったりは無かったはずないし……はてさて、なんて謝ったらいいかしらん……」

「待った! まだ何かしっくりこねえっ!」

「……何が? 巳咲チャン」

「お、お前……サバキだろ? ヤライの分身だろ? なんで分身のテメェが、本体のヤライにケンカ売るんだよ!」

「あー……そこかあ……ま、普通は不思議に思うわよねえ。けど……」

「……?」

「ワタシも、よく分かんないんだなあコレがさあ♪」

「はあっ?」


不真面目以前、まったく理由にも説明にもなっていないこの言動にはさしもの巳咲も呆れ顔で再度、問おうとした。


瞬間、


「……ごめん巳咲チャン。おしゃべりはここまで」


声を出そうとした巳咲を遮り、サバキは言葉を続ける。


「そろそろ時間が本格的に無くなってきたみたい……周り、ちょっと見てみなさいな……」


言われて、何事かと思いつつ周囲に目を配った巳咲は咄嗟、


愕然とした。


先ほどまで、単に廊下がひどく伸びたような錯覚……いや、


尋常ならざる気配からして何らか異常な事態が起きているとは感じていたが、それは知らないうちに加速度的な変化を起こしていた。


入り口から突きあたりまでの一本しか存在しなかったはずの廊下。それが、

今、二本が交差する十字路へ変わっている。


幅はより広くなり、天井はより高くなり、行く先は四方、どれも暗く闇に沈んでどこまで続くのやら見当もつかない。


「少し時間の余裕を見すぎてたかもだなあ……やれやれ、やっぱヤライはヤライ。油断して勝てる相手と思っちゃあいけないってことだあねえ……」


いつも通り、気楽な口調でサバキはつぶやいた。


そんな口調とは裏腹に、極めて濃度の高い緊張感を潜め、集中した空気を身に纏いながら。


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