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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
31/46

トコヨトウツシヨ (8)

「ヤッホー♪ 要チャン、起きてるー?」


寝耳に水という表現が正しいかどうか微妙ではあったが、少なくとも状況と感覚はそれでほぼ間違いの無いものだった。


完璧に眠っていたところへ陽気に大声を、それも耳元で張り上げられ、今日だけでも何度目になるのか分からない身の跳ね上げと同時、要の意識は即座に覚醒する。


加えて反射的に声のした方向へ首を捻ると、そこにはやはりというべきか、何がそんなに楽しいのかと訪ねたくなるような笑顔を湛えたサバキがいた。


「ごめんねえ、巳咲チャンたちが思ったよりも早く来ちゃったもんだから、また急に移動させちゃって♪」

「……そこも迷惑なことには違いないんですけど……出来ればそれ以前にせめてもう少し心臓にいい起こし方してもらえませんか? そうじゃなくっても自分では眠った記憶が無いのに、いきなり意識が飛んでるところを起こされるのって気分のいいものじゃないんですから……」


軽い文句を言いつつ、要は視線を四方に散らして現状確認を開始する。


ふと見た様子は先ほどまでと変わらない。

が、よく見ればまったく違う。


今回は石の樹が立ち並んでいるのではなく、本物の樹。それが生い茂る森の中。


自分の姿勢も、今度は座っているのではなく寝た状態。


ただし上半身は目が覚めた時に起き上がったので、現在は座った状態だが。


石の樹の森とは違い、こちらは樹々の間の地面は緑に覆われていた。

土が向き出した地面ではなく、柔らかな草に満たされた地面。


そこに今、要は座っている。


「ところで、狗牙さんたちがって……さっき僕の目の前にいきなり犬神さんが出てきたアレのこと……ですか?」

「そうそう。現世から常世へ無理に道を開けて入ってきたの。まあ、それ自体は予想してたんだけど、今日の内に来るとか、そこまで急いでくるとはあんまり考えてなかったもんで参っちゃったわあ……」

「えっ……それってつまり狗牙さんや犬神さんは今、こっちに……?」

「常世か現世かっていう意味だけならねえ♪ なんなら、ちょっと見てみる?」

「は?」


言ったが早いか、サバキは要の発した疑問の声へと合わせるようにして何やら自分の傍らの宙空を無造作に指し示した。


瞬間、


示された空間が突然に燃え上がる。


急に発せられた光と熱には要も咄嗟に目を閉じ、身を伏せたものの、心の中はさほどに動揺していなかった。


お得意の(慣れ)である。


いい加減でこの手の奇抜な現象は食傷気味といった感じで、要はしばらくすると薄目を開けて炎を見た。

内心、少し飽きたという気持ちで。


ところが、


改めて炎を見た要は、その気分をすぐさま撤回する。


正確には炎の中に映し出された光景を見て。


これに限らず、他のこともどういう仕掛けか皆目見当もつかなかったが、とにかく宙で揺らめき燃える炎の中に見えた映像は、理屈を考える以前に困惑と驚愕を要にもたらした。


見えたもの。それは、


先ほどまで自分がいた奇妙な石の樹の森で激しく戦う巳咲と栖、そしてサバキの姿。


特に目を引いたのは、巳咲の変わりようである。


まるでサバキと同じように、獣の耳、獣の目へと様相が変じていた。


重ねて、奇怪だったのはその腕。


左手は包帯を幾重にも巻き固めて動かさず、右手だけで戦ってはいるが、その右手の異様。


肘の下辺りから肌色とグラデーションを経て黄金色に近い八本指の不気味な手が覗いている。


「あの手は十種神宝のひとつ、八握剣を千華代チャンが潰れた巳咲チャンの腕代わりにって取り付けたもの。綺麗なもんでしょ? 青銅製って言っても錫の含有量が高いから黄金色に近いのよ。まあ金色の腕とか、どこの金粉ショーかって気もするけどねえ♪」


知らぬ間、もう自分の横へ来ていたサバキが炎の中を見て楽しそうに説明してきた。


聞いてもいないことを何かにつけ勝手に長々と解説してくれるのは、断片的説明に終始された八頼側での扱いに比べると有り難いとも取れたが、いかんせん敵味方の関係を含めて考えると複雑な思いが胸の辺りでモヤモヤとする。


「どうでもいいけど……要チャン、ワタシがせっかくいいもの見せてあげようと思ったのに、お腹ん中で『また変な手品か』みたいなこと思ったでしょ……」

「あ……や、その……」

「傷つくなー。別に恩着せがましく言うつもりはないけど、好意でやってることをそう邪険にされるとさー……」

「……そこは素直に謝りますけど、お願いですからその本気なんだかどうなんだか分からない物の言い方、頭がこんがらがるので止めてもらえませんか? それと気軽に人の心の中を読むのも出来たら勘弁して下さい……」

「ほーんと、要チャンってばそういうとこ図太いんだか細いんだか分かんない子よねえ。ま、嫌いじゃないけどさあ♪ 例えばこの炎に映した光景を見て、普通なら気にする順番って巳咲チャンたちのことが最初じゃないのお?」

「!」


言われて、

自分で自分のあまりの粗忽ぶりに驚いて要は再び炎の中を見て叫ぶ。


「あ、そ、そうだった! で、狗牙さんと犬神さんはどうなったんですかっ!」

「……どうなった……?」

「で、ですから……この戦いの結果はどうなったのかって……」

「うーん……どうなってるかは分かるけど、結果まではさすがの私にもまだ分かんないなあ。だって今現在、鋭意戦闘中でございますからねえ」

「はっ……えっ……?」


サバキの回答が理解出来ず、要は思わず思考と一緒に挙動までが混乱した。


炎の中に映るサバキを見つめ、ここにいるサバキを見つめ。

炎の中に映るサバキを指差し、ここにいるサバキを指差し。


クルクルとスイッチでも切り替えるように双方を見ては示し、見ては示し。


その動きだけで十分に伝わってくる行き過ぎた動揺の仕方に、サバキは思わず笑い声を上げそうになるのを堪えて言葉を続けた。


「……いいから……もう心ん中とか読まなくてもその動きだけで分かるから……ちょっと落ち着きなさい要チャン……」

「あっ、は……はい……」

「ま、疑問に思うのは当然なんだけどねえ。だってこの光景がリアルタイムだと仮定すると、ワタシは何でここにいるのっていう話になる。普通に考えればこれは過去の光景と捉えるのが自然。そこんとこは決して間違ってないんだけど、そもそも要チャンは普通だとか常識とかっていうのからとっくにかけ離れた状況にいるわけ。そこらへん自覚しないと、さ」

「……」


得心がいくような、いかないような微妙な反応だけで無言の要だったが、ここは理屈より現実の話を進めたほうが早いだろうと思ってか、サバキは顎をさすり、ひとつ頷くと一拍を置いて話を再開する。


「細かいことを言い出すときりが無いから、まず当面の疑問から解消していきましょ。今、要チャンと話しているワタシがいる。けど同時に今、巳咲チャンたちと戦ってるワタシがいる。これはどちらが本物かってことじゃ無く、ワタシ……サバキは常世にあってはその存在を一度に複数発生させられるってわけなの」

「複数……同時……?」

「そ、特に数の制限は無く。これ、自分で言うのもアレなんだけど、はっきり言って完全に反則レベルかなあ。あっちで巳咲チャンたちには『ワタシに勝てたら要チャンを返してあげる』って約束したんだけどさあ、ちゃんと断りは入れたのよお? 『有り得ないけど』ってね。だからズルはしてないの。もしも、まあそれも『有り得ないけど』になっちゃうけども、あっちのワタシを倒せたとして、すぐ次のワタシが巳咲チャンたちを襲う。これってどうやったら勝てるのかしらねえ♪」


ニヤニヤと笑いつつ、話したサバキは視線を要から炎に映る映像へ向け、さらに続けた。


「それにしても頑張ってるなあ巳咲チャンも栖チャンも。とりあえずワタシも退屈なのはキライだしい? 二対一とはいえ巳咲チャンは片手だしい? わざと左手はあげたけどお? はてさて、あとはどこまでやれるかなあ♪」


首を左右に傾け、ふざけた調子で他人事のように映し出された戦いを観戦するサバキの背を見ながら、さしもの要も恐怖心とともに少なからぬ怒りを覚える。


つまりは遊んでいるのだ。

圧倒的な力の差を背景に。


そう思うと、自分を助けようと必死に戦ってくれている巳咲や栖への申し訳無さに比例して、サバキへの義憤が胸に満ちていった。


それゆえに、口も動く。声も出る。


「……そうやって……からかって楽しんでるんですか……?」

「どうだろうねえ。からかってるつもりは無いよお? ワタシは本気のつもりだしさあ」

「じゃあ……本気で遊んでるってことですか!」


思わず怒声を上げた。


敵味方、戦う戦わない以前の問題として、この不真面目に過ぎる態度を我慢しきれず。


だがしかし、


「……ふむ」


返事というわけでもなく、ぽつりと漏れて聞こえたサバキの声には、もはや先ほどまでの軽薄な響きは微塵も無い。


あるのはどこか、

無感情にすら思える低く、重々しい響き。


「どうも最初っから要チャンは勘違いしてるみたいだけど……ワタシは八頼を滅ぼしに来た敵なのよ……そう、今やいつでも構わないって状況だから放っておいてるけど、ワタシはいつでも要チャンのこと……」


顔も向けず、ただ炎を見つめたままサバキは淡々としゃべる。


耳にでなく、まるで直接、心に侵食してくるような暗い澱みを声に乗せ。


途端、

怖気が全身をこわばらせた。


わずかの、ほんのわずかの間で、絶対的な畏怖に精神を絡め取られて。


周囲の空気さえ凍りつかせるほどの、とてつもなく明確な害意が神経を伝い、発する。


危険信号。


生命の危機を察知し、警報が鳴り響く。


純粋に恐ろしさだけで固められた体は、額に滲む脂汗を拭く自由すら奪い、ただ意思とは関係無しに震えた。


手が。足が。口が。


そして、


そんな要の様子を見越していたようにサバキは振り返ると、邪悪な光を湛えた双眸で睨み据えながらとどめの一言を、


「好きな時、好きなように殺したってい……」

「だったら殺せばいいでしょうっ!」


言うのに被せ、まさかと思うような勢いで要は喚き散らした。


これには、さすがのサバキも予想の範囲を超えていたらしく、驚きのあまり見開いた目をパチクリさせる。


「そんなこと……始めから分かってますよ。本気で……殺そうとしてきてるのか、そうでないのかぐらい、鈍い僕だって分かります……だったら早く僕を殺して全部、終わりにすればいいじゃないですか……」


歯が鳴りそうなほどの恐怖に晒されながらも、要は必死で言うべきことだけは言おうと声を張り、口を動かした。


眼には涙が浮かび、油断すればこぼれそうになるのを耐えて。


サバキもサバキで、この要の言動が単なる強がりから来るものでないのが分かるせいで余計に困惑する。


やけを起こしてるでもなく、痩せ我慢でもなく、明らかな自分の意志として巳咲や栖を助けるために自分の死を望んでいるのが知れるだけに。


刹那、

はっと気づいてサバキはすべてを理解した。


世の中には希望を持つものと絶望したものなら数多といる。


されども、


希望を持ちつつ絶望しているものはまずいない。


というより、存在したら異常なのだ。


希望を持っていて絶望したり、絶望しているところに希望を持つのは有り得るが、希望を持った状態と希望を断たれた状態とを同時に己が精神の中へ持っていることなど、自己矛盾も度が過ぎている。


そんな状態を維持すれば、まともな精神の人間なら間違い無く発狂するだろう。


まともな人間……言い方を変えれば、


人間なら。


思うと、サバキは急に破顔して要に近づき、袖口を目じりへ這わせて溢れそうになっていた涙を布地に吸わせ、優しくその跡を拭った。


「はいはいごめんごめん、別にイジワルしようと思ってやってるんじゃないのよ。ちゃんと、これにも理由はあるの。だから巳咲チャンや栖チャンは大丈夫。そこはきちんと保証するからもうそのノリ止めてえ……ワタシすっごいやりづらい……」

「……それ、ほんと……ですか?」

「仮にも神サマがウソなんてつかないわよ♪ その代わりと言っちゃあ何だけど、予定短縮しないといけないからそこは要チャンが少し手伝ってねえ♪」

「はあ……僕で手伝えることでしたら……」


言ってサバキに答えた要の目は、すでに乾いている。


(泣いたカラスが……)の喩えでもないが、恐ろしいまでの切り替わりの早さで。


見ながら、思わずサバキは、


「……やっぱりねえ……」


つぶやいて勝手に納得するのを聞き、


「何ですか? やっぱりって」


こう平然と訪ねてくる要に、サバキは少しばかり苦笑いを浮かべて、


「あー……気にしないで。こっちのこと、こっちのこと♪」


どうにもやりづらそうに濁して話を終わらせた。

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