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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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トコヨトウツシヨ (4)

朦朧としながら、自分の記憶している事柄で最も新しいものを探る。


思い出すに、火で包まれた気色の悪い土人形たちを巳咲、栖のふたりが石段の辺りで次から次と撃退し続けていた。


それを、ただ後ろから見ていたことまでは思い出せる。


が、そこから先が無い。プッツリと途切れて。


ということは……と、改めて考えた。


つまりその辺りで自分は連れ去られたのだろう。

この、どうにも不思議な場所へ。


夜のような暗さは変わらない。

ただし参道でないのは分かる。


分かるはずだ。あまりに違う。


キョロキョロと周囲を見たところ、どうやらここは森のように見えた。


とはいえ、普通の森ではない。


自分を取り囲むように乱立している樹々は、正確には樹ではなく、樹に見える石柱が所狭しと並んでいるのだということに、闇へ慣れ始めた目が教えてくれる。


では、自分はどうなっているのか。


最後に気になったというより、確認するのが怖かったために後回ししていた問題を確かめた。


体自体には何も無い。傷ひとつあるようには見えなかったし、出血や痛みも無い。


そしてそれらを確認することで、ふと自分は何かに座ってい事を知る。


何やら、デザイナーズ・チェアにも思える石製の椅子。

つるつると滑らかで、ちょうど背中からふとももまでを包み込む形。


そんなものが湿った土の地面に置かれ、さらにそこへ自分は座っていた。


状況も謎。

経緯も謎。


言えることは意識が明確になってきた今、この場の雰囲気はひとりきりではどうにも恐ろしく感じることくらい。


いや、恐ろしさは付け足しか、または単に一部というべきだろうか。


現実感の無さに対する戸惑い。

寂しさ。

手持無沙汰の退屈さ。


残らず挙げていけばきりが無い。


考えていたところへ、


「あ、要チャン。やっぱもう起きちゃってたかあ。ごめんねえ、寂しかった?」


やにわに耳元へ声を掛けられる。


咄嗟、悲しい習性か、身構えるでもなく体が跳ねた。

前述の感情群に情けなさが加わる。


といって、これ以上に細々とした感情が増えたところで、特に何がどうなるわけでもないが。


「おまけに驚かしちゃったか……ま、許してよ。お詫びにこれあげるからさあ」


そう言うと、声の主と思しきものの手が、ふと首元に回ってきた。


これにもまた要は跳ね上がりそうになったが、ここは意識と一緒に戻ってきた理性で抑える。


と言えば聞こえはいいが、実際には身の跳ねるのを抑えた要因の半分は理性以外の部分。


疑問である。


当然だが、今の自分の置かれた状況を見て浮かぶ疑問は多い。


参道から急にこんなところへ移動したのは何故か。

その場に残されたか、もしくは自分と同じくどこかへ飛ばされたかもしれない巳咲と栖はどうなったのか。


さらに、

先ほどから自分へ話しかけてきているこの声は誰なのか。


おかげで決して頑強とはいえない要の理性に、形はどうあれ補強が入ってくれたことは要自陣にとって助けになったのは事実だろう。


理性は冷静さを生む。

冷静さは判断力を生む。

判断力はすべきことを考える余裕を生む。


結果として要はまず当面、最も容易に解くことができる疑問から解消しようと動いた。


声の正体。その確認。


聞き覚えに間違い無ければ、先ほどから自分へ掛けられている声は知った声である。


さりとて別に以前から知っているとかの部類ではない。

つい先刻にも聞いた声。


始めは意味不明な、呪文のような言葉を重々しく。

転じて突然、退屈した子供を思わせる声で軽く。


今、聞こえてきた声も後者。


重さの欠片も無い。

まるで友達にでも語りかける口調。


その主が自分の間近にいる。

というより、ほとんど密着に近い。


自分の首の後ろまで手を回し、モゾモゾとやっているのは分かるだけに、その正体を確かめるには好機とも思った。


ゆえに、

要は、すいと首を捻り自分へ重なってきているものの顔を見ようと顔を向ける。


途端、見た。

声の正体、


「はい、白衣と朱袴だけじゃあ飾り気が無さすぎるもんねえ。これで少しはオシャレな感じになったんじゃない?」


言って、微笑みながら横目にこちらを見る少女の姿を。


同時に少女は身を離す。

ゆったりとした動作で。


数歩、相手が離れてみてようやく分かったが、少女だと思ったその相手は必ずしもまっとうな少女の姿をしてはいなかった。


獣のような目。

獣のような耳。

獣のような手。


思い返せば、自分に笑い掛けてきた時に口から覗いた歯も、まるですべての歯が犬歯かと見紛うほど鋭利だった。


胸元をはだけ、帯も解けかけに着崩した着物はどうやら自分が着ているものと同じ手合いのものに見えたが、袴は履いていない。


などと、あれこれ考えているうちに少女は要の向かい側に座る。


知らぬ間、自分の向かい側に立っていたはずの石の樹が一本、自分の座っている椅子状の石へと形を変えていた。


そしてその石に腰かけつつ、少女は言葉を継ぐ。


「一応さあ、戦利品だから使うには使ってみたんだけど、予想通りっていうか、あんまり楽しくないんだよねえソレ。ワタシは殺すのは好きだけど生き返らすのはちょっと……でもアクセサリーに使うんならそれほど悪くも無いでしょ? まあそうだとしてもワタシの趣味じゃないから、やっぱあげる。もし気に入らなければ捨ててもいいよ。もうそれは要チャンのだから」


言われ、はたとした要はやっと自分の首へ掛けられた何かに目を向ける。


朱色の糸を通した勾玉。それがもっとも単純に言い表したそれ。


形状も通された糸も栖が首に掛けていたものによく似ているが、あれと比べてひと回り程度は大きいように見えた。


「ちなみに要チャンはあんまりこういうのの知識は無いと思うけど、それって見かけによらずけっこうな貴重品なんだよ? 死返玉って言って、死人を甦らすことができるの。でも試してはみたけどやっぱ無理。つまんない。死人なんて生き返らせたって、そんなのもう生前の記憶が飛んでるパッパラパーだからさあ。とはいっても、それはワタシの趣味であって要チャンの趣味は分かんないもんねえ。とりあえずどうするかは自分で決めてくれる?」

「……死人を甦らす……って、それ、もしかしてあの燃え上がってた土人形……」

「そうそう。山の土は元を辿ればいろんな生き物の死体で主に出来てるから、死返玉で手先を作るにはもってこいだったんだあ♪ だけど……誤算だったなあ……甦らせたら中途半端に体が再生しちゃって、臭いのなんの……で、匂い消しの意味も含めて燃やしたってわけ♪」

「えっ……? そ……それだけの意味だったんですか……?」

「そうよお? ただ結果は散々だったけどねえ……焼いたら余計に異臭がひどくなって……それでさっさと火を消したわけ。生き返らせた死人ごとね。悪いけどもう二度とそれは使いたくないわあ……」


如何にも嫌そうな顔をし、少女は頬杖を突いて溜め息を吐く。


その様子には、不思議とこれまでこの土地に来てから感じることの少なかった人間らしい感情の流れが伝わってきたが、どういうわけか同じくらいに人間離れした雰囲気も容貌とは別の部分で感じ取れる。


ではあるが、その相反するような部分、矛盾に近い部分を含め、要はどうもこの少女から悪い印象を受けることが無かった。


「え……と、じゃあ……とりあえずはいただいておきます。どうせ僕なんかが持ってても使える物だとは思えませんし、それ以前に使いたくもありませんが、下手にポイと捨てていい物だとも思えませんので……」

「それも道理ねえ。要チャンは頭の良い子みたいだから話しやすくて楽だわあ♪ と……そういえば要チャンにはワタシ、自己紹介がまだたったよねえ。始めまして、ワタシはサバキ。今は巳月って子の体を使ってるから性質がちょっと引きずられてるけど、こう見えて火と死を司る荒御霊。火と生を司るヤライとは同一の存在でありながら相容れない敵同士。現在は要チャンを人質にして巳咲チャンや栖チャンたちが来るのを待ってるところ。で、ただ待ってるのも退屈だから、おしゃべりでもして待とうかなと思ったんだけど、要チャンはワタシとお話するのとかイヤ?」


微笑みつつも、どこか探るような目つきでサバキがそう言った瞬間である。


「構いませんよ」

「……即答ね……」


あまりにも躊躇逡巡の無い返事に、サバキも少しく目を丸くしたが、そんな様子を見ながらも要は話を続けた。


「だって話をしたからって何か害があるわけでもないと思いますし。それに、ちょっと気になって……その巳月って人、確か狗牙さんのお姉さんですよね。その辺りも含めて、細かな事情は僕も聞きたいと思ったので……」

「……要チャンって、見かけによらず変に肝が据わってるところがあるのねえ……しかも言ってることも正論過ぎて言い返す言葉が無いわあ……」


そう言い、サバキは丸くしていた目をやおら細めて感心したような顔つきをすると、


「OK、じゃあ要チャンもワタシも合意の上での暇つぶし決定だわね♪ 多分、巳咲チャンも栖チャンも支度には時間がかかるだろうし、ゆっくりお話しましょうねえ♪」

「よろしくお願いします」

「……なーんか、調子が狂うのはワタシの気のせいかなあ……」


頭を下げる要を見つつ、言葉を継いだサバキの表情は、苦笑しつつも何やら楽しげな感情だけは口調の中から漏れ出している。


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