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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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トコヨトウツシヨ (1)

集中しているということは、裏を返せば盲目的になっているともいえる。


集中している対象へ文字通り神経を集中するあまり、視界は狭まってしまう。


だから皮肉にもこの時、ミクロ的な異変よりマクロ的な異変に気付いたのは三人の中で唯一、要だけだった。


石段の辺りに注目し続ける巳咲と栖に対し、要は自分たちの周囲がゆっくりと変化していることに気付く。


母屋の中は本殿と同じく、廊下も部屋も風呂場も茶の間も、どこもかしこも窓ひとつ無い。


おかげで巳咲にくっついて外に出るまで天気すら分からなかったが当然、今なら分かる。


暗く、澱んだ曇り空。


正確な時刻は分からないが、体内時計を信用するならちょうど昼の前後。

だとすると、要はこの周囲の様子に違和感を感じずにはいられなかった。


いくらなんでも暗すぎるのである。


厚い雲に覆われたとしても、日の高い時間の暗さなどたかが知れている。

仮に台風が直撃した場合を引き合いに出そうと、昼日中に足元が見えなくなるほど暗くなるなどというのは考えられない。


なのに、

実際の空は度を越して暗い。


地面をまともに見るのすら困難なほど。


これには如何に凡庸な感性しか持ち合わせていない要も、奇妙に感じて空を見上げた。

雨が降っていればまだかろうじて納得しようもあるかもと。


だが不思議なことに、ここまでの暗さを生んでいる厚く、濃い雲は空を覆うだけで雨粒ひとつ落としてはこない。

ただ暗く、雲は太陽を隠すだけ。


雲は太陽を……隠す?


そこで要は、はたと気が付いた。


不思議に感じて当たり前。違和感を感じて当たり前。疑問を感じるのが正常だったのである。


何故なら、


元々、空には雲も太陽も無かったのだから。


単に墨色をした空を見て、勝手に雲が覆っていると錯覚していただけのこと。


しかもその暗さは徐々に増してきている。


と、ふと何やら嫌な予感に要は何気無く背後を振り返った。

それはまったくの感覚的無意識の行動。論理的な理由など無い。


栖の立場で言うなら勘の類だろうが、要は勘というほど自身の感覚に確かなものを感じたわけでもなく、これもまた言い方を悪くするなら(気の迷い)のようなものだ。


が、その理由無き、論理無き行動が時としてとるべき最良の道であったりもする。


物事の巡り合わせというのは時にそうしたある種、理不尽なものなのかもしれない。


ともあれ、背後を振り返った要はその目に映った光景の異常に、思わず脊髄反射のような早さで巳咲と栖へ向かい、叫び声を上げた。


「み、巳咲さん、栖さんっ! 何か変ですよこれっ!」

「そんなこと今さら言ってんじゃねぇよチビ! 分かりきってるものを繰り返し言ってどうするってんだこのバカがっ!」

「や、ち……違って、そっちの話じゃないですってば! 後ろ、後ろが……!」


一度、怒鳴ったにもかかわらず口を閉じない要の様子に、さしもの集中していた巳咲も苛立ちながら背後を振り返る。


何がどうしたのかを確認するためが一割。面と向かって要を怒鳴りつけようと思ったのが九割という心情の割合で。


ところが、


後ろに立つ要のさらに後ろをその目で捉えた時、


不覚にも巳咲は咄嗟、吐き出すはずだった怒声を飲み込んでしまった。


足元は石敷きの参道が真っ直ぐに伸び、その先には見るからに不安げな顔をした要がいる。


そこまではいい。そこまでならば。

しかし、


問題はそこからさらに先。奥へと伸び続ける参道の先。

位置関係を思えば、要の背後にはさほど距離を置かずに拝殿があるはず。


それが無い。


加えるなら、同じく位置関係から視界に入るはずの母屋がどこにも見当たらない。


社の周りを取り囲んでいた樹々さえも消え失せ、ただ土の地面と参道だけがどこまでも闇の奥へと続く。


そう、この有り得ない周囲の変容、変異、変化。


この時点で遅まきながら巳咲はようやく周辺の奇妙な事態に気付くと、声も無く立ち尽くす。


するとそこへ、


「……見事に、してやられましたね……」


半分、固まった状態で後ろを向いている巳咲の背に、栖が声をかけた。


こちらも時間差、事態の重なる異常に気付き、口を開いた格好である。


「栖……こりゃ、一体どういうことだ……?」

「分かったところでどうしようもないことですが……どうやら今のサバキは八頼の地でも自在に動けるようですね。それだけでもすでに絶望的な脅威であるのに、加えて奴は現世うつしよ常世とこよを現出させられるようです。理由は不明ですけど……」

「わ、分からねえって……いや、それ以前にそんなことって出来るもんなのかよ。現世に常世をなんて……」

「出来るか出来ないかではなく、現にそうなっているじゃないですか。ほら、まだ昼の時刻にこの暗さ……まさしく常世の様相でしょう……」


言いつつ、栖は空を見上げた。


わずかの間に、頭上にはすっかり夜空が広がっている。


神道において、生ある人間の世界は現世。神や死者の世界を常世という。


常世とは常夜。すなわち永遠なる夜の世界。


この常世には神の国や黄泉の国も含まれるが、細かな説明は意味を成さないだろう。


現実に問題なのは、サバキがそこまでの力を有している事実であり、考えるべきは理由ではなく対策である。


とはいえ、正直を言って巳咲も栖も、これほどの力の差を示されては対策など思い浮かびもしないというのが口に出さずとも一致した意見だ。


ただし、如何にサバキといえども過去の経験から得た様々な情報、知識により、その力の度合いはおおよそ察しはつけていた。


されども、直面したサバキの力は想定していたレベルを完全に超えている。


さて、


相手の力量がまるで計れない。何をしてくるのか予想できない。そもそも何が起きているかが分からない。


こういった事態にあって人がとれる対策は残酷なほど限られるのは必至。


つまりは、


完全なる後手。

相手がどう動くかを見、それに合わせて動く。それだけ。


単純な言い方をすれば対症療法。


根本的解決法の無い時にとられる一般的な方途だが、その空しさたるや並大抵ではない。


「どちらにせよサバキの力の強さも種類も分からない今、私たちは相手の出方に合わせて動く以外に取れる手立てがありません。深く考えても無意味なら、今は改めて眼前の問題に集中するしかないでしょうね……」

「……気に食わねえな……ようするにサバキの出方に合わせて踊れってこったろ? いいように遊ばれるみたいでムカツクぜ……」

「だとしても、今の私たちに出来るのはそうやって時間を稼ぐこと。そしてその間にこの状況の(何故)を知るため考えること。それしかありません。大体ほら、不満を募らせたところで相手は待ってはくれませんよ」

「の……ようだわな……」


いつの間にやら、またもや蚊帳の外。


横並びに前方で身構える巳咲と栖が勝手に話を進める中、要の不安もまた大きなものだった。


要は昨夜の炎の巨人騒ぎに続いて何が原因かも分からない昼が夜になる不可思議に重ねて、先ほどから漂ってくる野ざらしの死体を思わせる異臭に苛まれている。


対して巳咲と栖はそれなりにこの状況の理由を知ってはいるらしい。


かといって、今のこの雰囲気の中でそれを聞く勇気も要には無かった。


聞こえてきていた話の通りなら、聞こうが聞くまいが何かが解決するわけでもないようであるし、だとしたら無用の詮索をして巳咲に怒鳴られる危険を冒すのも馬鹿馬鹿しい。


どちらにしても、自分は後ろで様子を見るほか出来ることなどないのだから、あれこれ考えるのはもう止めよう。


などと要が仕方なしの達観をしたのと、ほぼ同時のことであったろうか。


「……おいでなすったぜ……」


巳咲には珍しく、ささやくような声。


その珍しさからか、いつもの耳を裂くが如き声よりむしろはっきりとして聞き取れた。


聞き取れて、その次の瞬間である。


闇夜を思わせる暗さに視線を定められずにいた要の目が、その視界の端へそれを捉えたのは。


ずっと注視していたはずの石段。


周囲の異変に気を取られ、視線を外していたわずかの間に、それ……それらは石段を上がって闇に溶けたその姿をぼんやりと蠢かせていた。


途端、要の背筋に凍てつく悪寒が走る。


次いで、どこかで慣れてしまっていた不快な臭気に対する反応が蘇ってきた。


湿った土と腐敗した血肉の匂いが合わさった耐え難い悪臭。


それが石段を上がってきた何かから漂ってきているのはもはや明らかだったが、そうなると今度はこの石段で蠢く影の正体が気になる。


怖いもの見たさならぬ、怖いもの知りたさで。


さすがに暗くてよくは見えずとも、もぞもぞと奇怪な動きを続けるそれを見たいとまで思うほど、要も怖いもの知らずではなかった。


ではあるが、


そうそう都合良く物事が進むことなどあるはずもない。

そしてその現実を要は、


「さあてと……ところでこれはどういうことなのか、もし分かるもんなら説明して欲しいんだけどな栖?」


奇遇にも同じ疑問を抱いていた巳咲の問いにより、大方の疑問は解決を見ることになる。


必ずしも、望ましい形と言えるものではなかったものの。


「分かる範囲に限ってでしたら……まずこの土の亡者たちは蝋燭とでも喩えるべきものでしょうかね……」

「……蝋燭?」

「サバキが手先を作る際、最も強い手先を作るための手法のひとつです。生きたままの人間を焼き殺すことでその情念を炎に移し、手先の力を数倍強力にします。その代り、この方法だと一体の手先を作るのに最低でもひとりの人間を殺す必要があるうえ、その情念の方向が必ずしも安定しないので成功させるのは結構な手間です。自我のある人間の意志を思うように操るのは簡単ではありませんからね。それに比べて、このように常世をさまよう亡者に仮の体と生を与え、手先の材料とするのは手法として理に適っています。ひとたび死人を甦らせ、それを火を灯す芯にして手先……火の使いとする。亡者はとうに自我を失っている者がほとんどですから操るのも容易く、しかも無尽蔵に用意できるというのは大きいでしょう。ただ、何故サバキにこれが出来るのかはやはり分かりません。死を司るサバキが、どうやって亡者を蘇らせることなど出来るのか……」

「ま、理屈はおいおい分かるだろうよ。戦ってりゃそのうちにな。それより言ってるそばから栖、テメェが言うところの蝋燭が……」


言ったかと思うや、ひと呼吸を置いてすぐさま、


「発火するぞっ!」


闇に轟く叫声一呼を巳咲が響かせたのと同時、


石段から無数の巨大な火の粉が散った。


いや、実際には、


動く土くれでしかなかった何かが、刹那に燃え盛って人形を成し、今までの鈍重な動きが信じられぬほどの素早さで宙へと舞って、前に立つ巳咲と栖へ襲い掛かってきたのである。


月明りも星明りも無い闇夜の宙空に踊る火の人影は大きさこそ昨夜のものに比べれば二メートル弱のものばかりだったが、それは単体での話。今回は数があまりにも脅威だった。


広く長大な石段ではあるが、そこのどこに潜んでいたものやら、跳躍して迫る炎の亡者は数が十や五十などでは利かない。


それが一気に降り注いでくる。


数の暴力という点でも昨夜の比ではないのに、その一体一体の寒気すら感じさせる敏捷さが、より要の恐怖を加速させた。


気付けば夜空を照らして飛ぶ焼けた土人形は、我が身を焼く炎が立てる煙で燻っている。


一陣、吹き抜けた冷たい風に乗り、要の鼻先を通ったその煙は、耐え難い吐気と眩暈を与えて飛び去っていった。


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