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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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クガトヒブセトイヌガミ (7)

「さてと、じゃあ話を最初に戻すとするか」

「……最初?」

「テメェが来るちょっと前に、前々から議題に上がってた『サバキにこっちからケンカを売りに行く』ってえ話だよ」

「あ、そうでしたね」

「……そうでしたねじゃねえっつの。人がわざわざ説明してやってんだから、しっかり覚えながら聞きやがれこのチビ」

「……すみません……」

「まあいいけどよ。どうせ話を聞いたところで、テメェが何かの役に立つようになるかもとか期待するほど、こっちも楽天家じゃねえんでな」


この最後の一言について、要は単に巳咲が自分など何の頼りにもしていないというそのままの意味だと思い、謝りつつも聞き流していた。


ところが実際には、巳咲はもっと深い意味でこの言葉を発していたのだが、それをこの時点の要に理解しろというほうが無理な話だろう。


それに結局この言葉の真意を、要は話のすべてを聞き終えたところで理解することになる。


時間差が生じただけで、結果は同じこと。

無為な説明は省くとしよう。


「さっきも話した通り、サバキとはまともに戦っても勝てねえってのが大方の見方だよ。そこについてはアタシも同意見で納得してる。古今東西、人間が荒御霊あらみたまを鎮めたって話はよく聞くけど、退治したなんて話は聞いたことがねえからな。有名どころだと、素戔嗚尊すさのおのみこと八岐大蛇やまたのおろちを退治したっつうのがあるが、あれは神様同士のケンカだから厳密に言ったらノーカウントだし、かといって神様同士は神様同士でも、荒御霊と和御霊にぎみたまとが戦って、和御霊が勝つ展開なんてのはどうやったって想像もつかねえしなあ……」


悩ましげにそう語る巳咲を、しかし要は呆け顔で見つめる。

というより、呆け顔で見つめるしかなかったというべきか。


ただ、しばらくしてそんな様子の要に気が付いた巳咲もまた、違う意味で呆けた表情を浮かべると、すぐさま今度は何やら疲れた顔をして、


「……悪い。テメェがこの手の話を何も知らねえってのをまたつい忘れちまってた。ちゃんと一から説明してやるから安心しろよ。いちいちそんなツラすんなってば」


そう言い、堪えた溜め息を静かに口の端から漏らす。

これに対し、要は申し訳なさそうな顔をして小さく頭を下げる他無い。


どこをどう聞いても、何も要に非は無いのだが何やら巳咲に気の毒なことをさせている気分に苛まれてしまう。


こんなことの繰り返しばかりで、いい加減、要も間接的ながら栖や千華代に対し腹が立ち始めたのも当然の成り行きだろう。


「ところで、ちょっと前に言ったよな。サバキにとってヤライは、ヤライにとってもサバキは自分自身だって」

「はい……びっくりするほど意味が分からなくて、頭が真っ白になりました……」

「だろな。基礎知識も無しでこんなこと言われたりすりゃ、頭ん中が綺麗な雪景色みたいにもなるだろうさ」


受け答え、巳咲は一瞬視線を落としたと思うと、すぐに顔を上げて要の目を見つめ、えらく真剣な姿勢になって説明を再開する。


「じゃ、早速だけどその辺の説明を始めんぞ。いいかチビ、神道の考え方では魂ってえやつはふたつあるっていう考えが基本なんだよ。それは神様に限ったことじゃあなく、魂ってものの考え方自体がな」

「ふ……え? 魂が、ふたつ……ですか?」

「中国の道教なんかでも似たようなことを言ってる部分があるな。魂魄こんぱくっていう考え方だ。魂は精神を司り、魄は肉体を司るって感じの役割分担よ。ま、軽く横道に逸れた話だから忘れちまってくれていいぜ」

「はあ……」

「細かく話すと、神様には大きく分けてふたつの性質がある。荒々しく野性の猛威を振るうのが荒御霊。穏やかな理性で、自然の恵みを与えてくれたりするのが和御霊。ここまで話せば、もう分かるだろうけど、サバキは荒御霊。ヤライは和御霊。とはいえ本来はどちらも性質が異なってるだけで同一の神格なんだよ。ちなみに余計な話をすると、これをさらに発展させて一霊四魂いちれいしこんていう思想もあるけど、これは後世の人間が勝手な解釈で手を加えた思想だから気にしなくてもいい。本質はとにかく荒御霊と和御霊の二面的霊性が正式な概念だ。そこだけ頭に入れとけ」

「……気にしないでいいんだったら、何でわざわざ説明するんですか……何か頭が混乱しちゃいますよ……」

「一応そういうのもあるって知っといたほうがいい場合もあるだろ?」

「少なくとも今は必要な説明だけでお願いしたいですけど……」

「ったく……チビだけあって頭のほうもキャパシティが足りねえやつだな……まあ、そういうことなら話を戻して……そうさな。分かりやすく人間で例えるなら、おんなじ人間でも機嫌の良い時と機嫌の悪い時ってのは性格がまるで別人みたいに変わるだろ?」

「ああ、はい……」

「他の言い方をするなら、理性がきちんと利いてる時の性格と、野性が剥き出しになってる時の性格なんて、まさしく二重人格かよってぐらいに人が変わっちまうもんだろ?」

「……確かに」

「神様もまた然りってことさ。ただ人間よりもその辺の区別が極端なんだけどな。何たって別人格どころか、まったく別々の神様として扱ったりするくらいだ」

「別々……あ、そうか!」

「そうゆうこった。ヤライもサバキも元々はおんなじ神様として扱われてたけど、荒御霊と和御霊の性質の差があんまりにも激しいせいで、分離して扱われるようになったんだよ。普通だと荒御霊を鎮めて和御霊へと変わってもらい、凶事や厄害を転じて吉事や幸運をもたらしてもらうってえのが筋なんだが、サバキはそこいらにいる並大抵の祟り神とはタチの悪さが段違いなんだ。鎮めるったって、生贄のひとりふたりじゃ満足なんてしやしねえ。それこそ村ひとつ全滅させるぐらいしないと治まらねえっていう、もう神様ってよりはほとんど悪魔みたいな存在だったのさ。そこで、昔の人間はこの神様をヤライとサバキっていう別々の神様ってえことにし、厄介な荒御霊……サバキは存在そのものを忘れて、無かったことにした。んで、和御霊のヤライだけは細々と信仰を今に残すに至っていると。そんな流れだわな」

「なるほど……なんか、妙に納得しました。そうですよね……穏やかな面であるはずのヤライでさえ、猟師が焚火を消し忘れたのに怒って、近隣の人たちをみんな焼き殺そうとしたってぐらいですから、よっぽどに気性が荒いんでしょうね……」

「何たって使いっ走りに使ってる動物が狼だっていう時点でおおよそ性格が察せるだろうよ。落ち着いてる時でも鬼みたいに怖くって、機嫌を損ねたら鬼より怖いなんて、出来るなら絶対に関わりたくねえ神様だぜ。本音を言わせてもらえればな」


長話で喉が渇いたのか、そこまで話したところで巳咲は湯飲みに番茶を注ぎ、ぐいと、ひと口で中身半分ほどを飲み干す。


確かに最後の言葉はうなずくより無い。


こんな癇癪持ちみたいな神様、望んで関わりたいと思う人間なんているとは思えない。


(触らぬ神に祟り無し)とは、よく言ったものだ。


だが困ったことに、要はどうやらその神様……ヤライと思いきり関わっている。


ここまで話を聞くと得心せざるを得ない。始めに巳咲が言った言葉を。


自分の生まれを呪えという一言を。


しかしそうしたことへ考えを巡らせている暇を、巳咲は与えてはくれなかった。


当然ではある。話はまだまだ先が長いのだから。


「はー……と、こんなもんで下地に関しちゃ大丈夫だろ。そろそろサバキにケンカを売ることにした経緯を話すとしようか」


疲労からか、けだるそうに言いつつ巳咲は中身を残した湯飲みを置くと、再び話の続きを語り出した。


「これも話したと思うけど、何もサバキにケンカを売ろうって考えたのは昨日今日の話じゃあねえんだ。それこそ、サバキはいないもんとして扱うようになってからずっと考えられてた。何せどう無視したところで、サバキは消えてくれるわけじゃあねえからな。そりゃ出来るならほんとにいなくなってほしいと思うのが人情だろうさ。で、これまで何度も議論はされてきたんだが、やっぱ難しいからってんで、いつも話すだけ話して、結論は先送りで終わるってのを三千年も続けてきた。ところが、ついに重い腰を上げる時が来たってわけだよ」

「……三千年もどうしようかどうか迷っていたのが……そんな急にですか?」

「当たり前だけど理由はあるぜ。ひとつはこのままじゃ、どう転んでもジリ貧になっちまうってこと。守りに徹してても、時間はサバキの味方なんだ。サバキに滅ぼされるか、時に滅ぼされるか。どっちにするかってところまでこっちも切羽詰まってきてたのさ」

「時に……滅ぼされる?」


不思議そうな顔をし、疑問をつぶやく要へ、巳咲はもう慣れたとばかりに話を補填する。


「やっぱこの話もしてやがらなかったか……まあ、これはいきなり話すとショックが大きいだろうからって気遣いでしなかったのかもしれねえけど、もうこの期に及んでそんなこと言ってられねえやな……」

「な……何です? 何かあまり良くない話なんですか……?」

「アタシらは慣れてるからいいけど、テメェにゃ刺激が強いかもしれねえ。つっても……言わないで済ませられる方法は無いし、とりあえず覚悟だけして聞くだけ聞けよ」

「……はい」

「八頼とその守護三家には女しか生まれないって話は何度も聞いたと思うが、実は問題はそれだけじゃあねえんだ。つか、女しか生まれないってだけでも十分に問題なんだけど、そのうえもうひとつシャレになんねえ性質がうちらにはあってね」

「……女性しか生まれないってだけじゃなく……さらにですか?」

「そう。それだけでも大変だってのに、加えて八頼か三家に生まれた女は一度でも子供を産むと必ず死んじまう。早ければ子供を産み落とした途端に死んじまうし、遅くても後産を待たずに息の根が止まる。『八頼と三家の乳知らず』なんて言葉が昔から言われてるくらいさ。母親の乳を飲む間も無く、顔も知らずに死に別れるのがアタシらにとっちゃあ当たり前なんだよ。ほんと、息苦しいっつうか、重々しいっつうか、暗い家系に生まれたもんだと、我が身の不幸を嘆いちまうぜ、マジで」


台詞の内容に合わず、軽い態度と口調で巳咲は言った。


が、要は違う。


極端。真逆の反応。

重苦しく顔を落とし、手で顔を押さえて微動だにしない。


さりとて、巳咲はそこで慰めの言葉を掛けるような性格ではなかった。


誤解を生まぬように補足するなら、薄っぺらな優しさで場を誤魔化し、安上がりに心の負担を軽減しようとしない性格。人に対しても自分に対しても。


ゆえに要のこの様子を見ながらも、巳咲は説明を続行する。


「さて、こうなると血の濃い薄いなんてだけじゃ話は済まねえ。女しか生まれないうえに一度しか出産できないんじゃあ血縁者は自然、漸減してく。必ずしも全員が子供を産むとは限らないからな。むしろ感心するぜ。よくもこんなんで三千年間も滅びずに今まで血筋を残せたもんだってさ」

「……」

「そこを考えるに、血を分けるってのは三千年前の時点でもうやってたんだろうよ。そうでなけりゃ、初代の八頼から火伏、犬神、狗牙って分家が派生するわけがねえ。女しか生まれない以上、子供を産むって方法じゃ数はそうそう増えねえんだから、血を分けて血縁を広げる以外にゃ分家が出来るなんて有り得ないもんな」

「……」

「そんなわけで、八頼の血が断絶したのも納得だろ? それで、これ以上はマジでやべえって思ったってっのがまず理由のひとつ。それから……」

「……何を……」

「あ?」


いきなり無言を通していた要が話へ割り込んできたのに多少、巳咲は驚きはしたものの、口を利ける程度の気力はまだ残っているのだと分かり、少しく安心してその聞き取りづらいつぶやきへ耳をそばだてた。


「……何をどうしたら……そんな呪いでも受けてるみたいな体質に生まれなきゃいけないんですかこの家系は……」


聞いてみると、内容自体は至極まっとうなことを言っていたので、巳咲は妙に感心する。


けだし正鵠を射た表現だと。


「呪いかあ……言われてみりゃ、その通りだわな。確かにこんな体質、ほとんど呪いみたいなもん……つうか呪いそのものだぜ」

「……同意されても、うれしくないですけど……」

「そう言うなって。これでも褒めてんだからさ」

「でも……だとすると、狗牙さんのお母さんって……」

「もちろん、とっくの昔に死んでるよ。聞いた話によると、へその緒を切る前には死んじまってたって。栖のかあちゃんは運良く栖の顔を見るまでは生きてたらしい。ま、死んじまったらおんなじだろうけど、少しはマシな死に方かもな。テメェのかあちゃんについては、悪いけどまったく知らねえ。なんたって腐っても八頼の母親だからさ。下っ端の狗牙家のアタシなんぞじゃ、話も聞かせてもらえないんでね。知りたかったら栖か千華代にでも……」

「……必要無いです……」

「?」

「僕の母なら……東京の家にいますから……」


弱々しくもはっきりとそう言明した要の一言に、これは先ほどとは違う意味で巳咲は感心することしきりだった。


知っている事情も知らない事情もあるだろうに、産みの親より育ての親へ。


単に義理立てなのか、真の親愛によるのかは分からないまでも、よほどでなければこれほど頑なに変わらぬ態度を取り続けられるものではない。


長所となり得るかは後々までを見ていかなければ判断できないものの、少なくともひとつだけ確かなのは、要には芯が通っているということである。


それも、とてつもなく頑健で強固な。


「……なるほどねえ、やっぱり腐っても……ならぬ血は薄くても八頼ってわけか。頑固だとか石頭だとか、そんな生易しい意地の度合いなんぞ超えてるもんな。とりあえずその根性だけは素直に認めてやるよチビ」

「……」

「そんで、どこまで話したっけ……? ああ、こっちが数を揃えられるうちにケンカを売ろうってところまでは話したんだったな。そうなると次の問題はサバキの居場所。奴がどこにいるかが分からねえとケンカを仕掛けるにも仕掛けようが無えからよ。だから撒餌を用意することにしたのさ」

「撒餌……って、あの……参道の焚火ですか?」

「いやいや、あれはテメェの匂いを誤魔化すためのチャチな餌だ。それにあの程度じゃあ引き寄せられるのはせいぜい今回と同様、小物の手先が限度さね。大物を釣るには餌も上等じゃなきゃダメだ。といって、テメェを囮にするわけにゃいかなかった。そりゃテメェなら確実にサバキをおびき寄せられるだろうけど、リスクがデカすぎる。テメェは八頼の復活には欠かせない大事な大事な切り札だからな。てことで、別の餌を用意した」

「……別の餌?」

「期待はしてねえけどテメェ、十種神宝とくさのかんだからって聞いたことあるか?」


この問いに、要は逡巡無く首を横に大きく振って答えた。


「ま、そうだろな。そんなに知名度の高い代物でも無えし、神道に興味があるってんなら話は別として、テメェの知識は学校で習った程度ってことを考えりゃあ当然か」


言いながら、巳咲は何故か含みのある笑いを浮かべ、言葉を継ぐ。

無論、笑いの意味は話の中で明らかになったが。


「十種神宝は天神御祖あまつかみみおや饒速日命にぎはやひのみことに伝えたってことになってる十個の神宝なんだが、書物で残ってるこの伝承はほぼデタラメだ。実際はなんていう神が作ったのかも分からないし、一般にはその所在も知られてない。偽物を有り難がって祀ってる社があったりしてなかなか笑えるぜ……と、また話が逸れちまったな。とにかく、その中のいくつか……もちろん、こっちのは全部本物だけど……は、八頼の社にあるんだよ。ただし、何でこんなものが八頼の社にあるのかまでは分からねえらしい。お偉い火伏の千華代ババァでも、分からないこともあるんだって知った時は正直、愉快だったね」

「……はあ……」

「でだ。この神宝ってのがすごくてさ。それぞれにいろいろと効能があるんだが、そのうちのひとつ、生玉いくたまは千華代のババァが千二百九十四歳にもなってピンピンしてる秘密だよ。こいつは常に強い生気を持ち主に与える。おかげであのババァ、あの歳でもアタシらより若い姿のまんまなんだ。で、そんな十種神宝の中のうちからひとつを餌にしてサバキをおびき出そうってことになったってわけ。なんつったって神様にも欲はあるからな。力を秘めた価値ある神宝なら餌としては十分に役立つだろうって考えさね」

「うーん……そう言われればそうなのかな……僕はそんなに神道は詳しくなかったですけど、今まで教えてもらってきた神様の性格って、変に人間臭いところがあるし……」

「その予想は当たってるぜ。神様なんて偉そうにしてても結局性根は人間とおんなじだ。物欲に性欲に権威欲。下手すりゃ人間よりタチの悪い連中さ。特に荒御霊に関しては無条件にな」

「そこまで言いますか……」

「たとえ相手が神様だろうが、敵に気を遣ってやるほどアタシはお優しくはないんでね。それにそんぐらいの腹積もりがなけりゃ、サバキにケンカ売ろうなんて考えるわけねえだろ?」


返しつつ、巳咲は隠しもせずにニヤリと笑った。


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