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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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プロローグ (2)

目印であり向かうべき場所でもある山が、まさに道の突き当たりにあるとあって、迷子の心配だけはせずに済むと安心したのが大きかったのか、そこそこに道を進んだ辺りになると、要は周囲の様子を観察するくらいの余裕を持って目的の八頼神社とやらへ向かっていた。


といって道行き、目に入ってくるものは想像していた田舎の風景そのまま。

特に退屈を紛らわすようなものは何も無い。


老警官の言っていた通り、大きな一本道の所々に細々とした横道が通っており、ちょうどそこを境目にし、まばらに建物が並んでいる。


そのどれもが古びた木造の民家であり、その民家と民家の間を埋めるのは、どこまでも広がる一面の蕎麦畑。加え、所々で大豆や小豆、根菜類なども栽培しているのが見える。


そんな、都会育ちにとっては退屈でしかない風景の延々と続く道を歩いていると、頭をよぎるのはここ、八頼町に来ることになった事情。理由。いきさつ。

涼やかに澄んだ空気を吸い、雲ひとつ無く高い青空を見上げると、要の思考はいやでもそこに向かい始めた。


始まりは昨日の晩に遡る。


その夜、自宅で要が仕事から帰った共働きの父母と、久しぶりに親子三人で揃っての遅い夕食をとっていた時のこと。


食事もあらかた終わった頃。時刻は夜の9時近く。父親の携帯へ一本の電話がかかってきたのが今思い返せば、すべての発端だった。


最初は何の興味も無く、小鉢に残った母の得意料理であるカジキと刻み生姜の甘辛煮をつついていた要であったが、時を経るに従い、普段では考えられぬほど狼狽した口調へと変わってゆく父にただならぬ気配を感じ取り、これも普段ならば食欲に身を任せ、満腹になるまでは絶対に食事へ伸ばす手を止めないはずの要が、口に運び続けていた箸を珍しくもテーブルに置いたその途端、


「要!」


大喝かと勘違いする迫力と音量で、父が自分の名を呼んだ。


瞬間、その驚きで撥ねた膝がテーブルを下から突き上げ、わずかに椀の底へ残った豆腐の味噌汁を溢す破目となったが、事態がそんな些細な事柄にかかずらっている暇も無い状態へ変化したのだということだけは、声を張り上げたのと同時に自分の顔を覗き込んできた父の眼に強く光る真剣さが、何よりも雄弁に物語っていた。


そしてその後に強いられた展開の速さもまた、重ねて今起きていることの重大さを、嫌でも要に知らせることになる。


名に続き、喚くように父は断言口調でひとつの指示を要に飛ばした。

内容だけは至って簡単。


「八頼の本家で一大事だ! 細かい話は支度をしながらでも聞かせてやるから、とにかくお前は出来るだけ早く本家に行け!」


これだけ。


無論、言った通りに父は急に出かけることとなった要の横で、やはり慌てた様子の母が自分の着替えなどを隣室でまとめ出し、ボストンバッグに収めているのをチラチラと見つつも、部分的ながら話は聞かせてくれた。


まず、本家とやらについて。


実は要にとって父が発した言葉の中ではこれが一番の謎であったため、ここから説明が始まってくれたのは正直、有り難く思えた。


何故なら、

元々、要は物心がついた時から父と母以外の身内を知らない。


普通なら父方もしくは母方の祖父母。もしくは兄弟姉妹くらいはいておかしくはないのだが、要の知る限り、自分と血の繋がった人間はただの二人。つまり父親と母親以外は生まれてこのかた、見たことも聞いたことも無いのである。


生来、妙に気の回る子供だった要は友人知人にとっては常識であった両親以外の血縁者という存在に関し、何やら特殊な事情があるのだろうと思慮し、今の今までそのことについて一切、触れることなく生きてきた。


実際のところ、普通に暮らしている分には必要の無い話題であり、不便が生じることも無い。


下らない好奇心でとんでもない地雷を踏む危険を冒すのも馬鹿馬鹿しいと、要は子供心に直感で心得ていたのである。


だが、いざ話し始めてみると父の説明は恐ろしいほど断片的だった。


本家とは、水朱家の本家だということ。

そして水朱家の本家がある土地の名が八頼だということ。

さらに本家の姓は水朱でなく、土地と同じ八頼という姓であること。

以上、三点のみ。


その他の説明はまるで無し。本家の一大事とやらについては一切、語ることが無かった。

当然、要も聞きはした。が、父は「本家に行けば分かる!」と繰り返すだけで要領を得ない。


結果的には押し切られる形で、八頼の本家とやらに向かうことに決まってしまった。


それからは父の独壇場である。


急ぎの旅支度が終わったのを確認するや、自宅から八頼町への交通手段を手早く近くにあったメモ用紙に書き殴ると、それに財布から取り出した十数枚の一万円札を合わせて要に手渡し、


「今すぐタクシーで上野駅まで行け! この時間ならまだ急げば明日には本家へ着ける!」


そう言って、さらに支度をし終えた母からボストンバッグを受け取ると、これを乱暴に投げてよこし、ほとんど訳も分からぬうち、要は家を追い出されてしまった。


これ以降、要が辿った旅のルートは少しばかり込み入るため、簡便に述べよう。


家を出され、途方に暮れそうになる自分を叱咤し、父に渡されたメモの指示に従って家の近くを通る国道でタクシーを拾い、上野へ直行。


然る後、上野駅へと到着。即座にみどりの窓口で切符を購入。22時10分発の新幹線に乗り込み、しばらくして出発。


2時間ほどして目的の駅へ着くや、またメモの指示に従って駅を出る。


するとそこにはすでに地元のタクシー会社に父が手配済みだったタクシーが一台。


それへ乗り、今度は約3時間。次の目的地であるローカル線の駅に着いた。


ここで代金を払い、タクシーを降りたが、当然こんな深夜に電車が走っている訳も無く、始発までのおよそ4時間を駅の外に置かれたベンチで震えながら待機。


見知らぬ土地に深夜、一人ぼっちで寒空に放置される苦痛に耐え、ようやく始発の時間を迎えると駅に入り、切符を購入。


五駅目で下車してまたタクシー。ただこの移動は20分とかからなかった。


さらに別のローカル線の駅へ到着。切符を購入して乗車。


次は四駅目で下車。メモに記された地名をスマートフォンの地図アプリで検索し、徒歩でさらなるローカル線の駅に。


30分ほど歩いて見つけ、乗車して二駅。駅を出てまたしても徒歩移動。

ほとんど山道のような険しい道を一時間超。


徹夜した体には厳しい道程だったが、なんとかこれを越えると、ついに最後となるローカル線を発見。


乗り込んだその終点。と言っても全部で三駅しか無い、これまでのローカル線すら大きく思える小規模な鉄道ではあるが、ともかくその終着駅。


そこが八頼駅。


ホームに降り立ってからは、小さな木造の駅構内に置かれた見たことも無いメーカーの自動販売機で温かい緑茶を買ってひと息に飲み干し、形ばかりに備え付けられた粗末なベンチに座ってしばらく休むと、落ち着いたところで片手ずつにスマトーフォンとメモを持って最終目的地への道程を探ろうとして目に入ったのがメモの最後に書かれた説明だった。


記載されていたのは、この八頼という土地、町の特異性。


過疎化の進んだ田舎町であること。ひどく交通の便が悪いこと。そのため通信インフラも脆弱だということ。


この内容を目にした要の感想はといえば、まあ昔から真面目人間の父だけあって、恐らく確かな情報なのだろう……といった素直な感想。


おかげでスマートフォンが圏外を表示した際も、特に慌てず対応できた。

ひとまず、役立つ知識ではあったという感じである。


ただ、その対応……つまり件の駐在所に道を聞いた判断が正しかったかどうかについては自分でも正否を決めることは出来なかった。


後になってみて、こんなにも八頼家とやらがここの土地では有名な家だと知っていれば、郵便局のほうで道を聞いたほうが手間は省けたかもしれない。


とはいえ、これも(たられば)だ。


駐在所の警官が、あんなにも面倒な相手だとは事前に知る術は無かったし、もし郵便局で道を聞いていたとしても、郵便局員が必ずしもあの老警官より面倒でなかったかどうかも怪しい。


どちらにせよ、もう終わったことだという点だけは間違い無く幸いと言える。


それに老警官は終始、無駄話だけをしていたわけではなかった。


もちろん、不必要な部分が大部分ではあるか、取捨選択によって得られる貴重な町の情報も、少ないながら含まれていた。


例えば、蕎麦や大豆、小豆や根菜類を育てている畑は多く存在するが、それらの作物を育てているといっても、決してこの町の人々はそれを商売にしているわけではない。

あくまで自給自足。生活の足し程度の考え。


その証拠というわけでもないが、八頼町には農協も存在しない。

町にある交通手段は電車のみ。本数も限られる。しかし手立ては無くも無い。


通常の列車は一日二本だけ。かといって、これだけでは町の人間が暮らしていけるはずが無いので、二週に一本、深夜に三両編成の貨物列車が食料品や日用雑貨などを運んでくる。


やりようによっては荷物を降ろした後のスペースに野菜を積み込み、町外へ売りに出すという方法もあるだろう。

が、これを利用しようという発想は、どうやら件の老警官の曰く「無能な連中」である町議会の人々には無いらしい。


まあ、そこについても老警官が話していた内容を考えると必ずしも町議会の人々だけを責めるわけにもいかない。

この土地の人間はひどく閉鎖的だと、老警官は話していた。


そこを考慮し、また事実であると仮定するなら、もし町議会の人間がそうした提案をしたとしても、袖にされるのが関の山。

行動しようと行動しまいと、結果が同じならば、無駄な努力はせぬほうが良いともいえる。


などと、目的地までの長く退屈な徒歩を少しでも凌ごうと漫ろな思考で暇を潰し、ちょうど駅と山との中間地点辺りに差し掛かった時、


「おーい」


急に、広い道幅の横。要の歩んでいる横に立つ一軒の建物付近から聞こえてきた呼びかけ。


「そこのチビ」


続けざま、同じ声が言葉を継ぐ。そこまで聞いて始めて、要はその声が年若い女性のものだとだけは理解が出来た。


語気が荒く、音も少々低い。特徴的な声。


それでも、少なくともその声が女性のものだということだけは確かだと思えた。


何故なら、


呼びかけへ反射的に応じ、首を回した要の視界に入ってきたその声の主は、多少の問題点に目をつぶれば、少女であることには間違いの無い容姿をしていたからである。


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