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カナメノカナメ  作者: 花街ナズナ
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ヤライトサバキ (6)

千華代がサバキについての事柄を語り始めた時、要はふたつの理由で不安を感じていた。


ひとつは自分の知識が千華代の話を理解するに足るほどのものがあるか。

今ひとつはサバキという存在に対する漠然とした恐怖感。こちらは間違い無く前者よりも厄介である。


知るも怖い。さりとて知らぬも怖い。始めてその名を聞いた時からまず敵だという前提だけは知らされているだけに、しかも神やら何やら得体のしれない表現を通されているのも不安感を増大させた。


が、幸か不幸か要の危惧はまず前者から始まることになる。


「要、そなたは火之迦具土神ヒノカグツチという名の神を存じおるか?」


それがサバキについて語り出した千華代の最初の一言であり質問。


当然ながらこれには要も苦い顔をした。悪い予想が見事に当たってしまったという意味で。


「あー……確か、古事記に出てくる日本の神様……でしたっけ?」

「サバキとは、その火之迦具土神に由来する荒御霊アラミタマ……そなたにも分かるように申さば、人に害を成す神の一柱と、主家の八頼と他の三家には伝えられておる。とはいえ、その存在を知る者はほとんどおらぬがの」

「僕も……始めて名前を聞いた時にもピンときませんでした……大して神道に詳しいとは思ってませんけど、それにしても聞き馴染が無さすぎて……」

「さもありなん。現存する文献、書物を始め、日本中のどこにもサバキの存在を示す物証など無い。唯一、八頼家とその守護を任されていた我ら三家にのみ伝わっておるだけじゃからの」

「はあ……」

「火之迦具土神は生まれてすぐに自分を産んだ伊邪那美イザナミに火傷を負わせ、死に至らしめた神。そのため、後に父である伊邪那岐イザナギに殺された。古事記ではその際に火之迦具土神の血と遺体から様々の神が生まれたとされておるが、恐らくサバキはそこに記載されなかった神の一柱だったのではというのが栖の考えじゃ。であったの、栖?」


急に話を振られたにも関わらず、横で控えていた栖はその言葉に即座反応し、軽くうなずいてから千華代に代わって答え、話し始めた。


「サバキが火之迦具土神から生まれた神だという私の推測は、言葉の通りであくまでも推測でしかありません。が、そう判断できる材料が揃っている。その点は確かです」

「と……いうと?」

「火之迦具土神はその名の通り、火を神格化した神です。そして古代における言葉の解釈からすると、に通じます。扱いを間違えれば命を落とす……そういう危うさがサバキの忌避され、忘れ去られた理由のひとつだと思われます。今も昔も、人間にとって火は扱えれば極めて便利ではありますが、一旦その扱いを誤れば簡単に命を奪われる。人間もまた動物である以上、本能的に恐れるものはいつになっても変わることがないということですね」

「……なるほど。いるってことを認めるのも怖い神様だから、必死になってみんなで忘れようとした……そんな感じですか?」

「簡単に言えばそうです。が、先ほどもお話ししたように、忘れたからといって事実が消え去ることはあり得ません。特にそれが単なる想像の産物などではなく、真に存在するものならばなおのこと。臭いものには蓋を……などという現実逃避は、所詮ただ真実から目を背けるだけで何ひとつ解決はしないということです」


この栖による説明に、要は納得による安堵感も感じてはいたが、同時に焦燥感も感じていた。


確かにサバキという神についての説明は進んではいたが、いまだ話の全体像を把握するのには情報不足が否めなかったためである。


しかし、要のこうした危惧も数瞬後には杞憂と化した。

栖の説明が、いよいよ話の点と点を繋ぎ出したのである。


「さて、サバキに関してさらに詳しく説明するに際し、また付け加えるものがあります。申し上げた通り、サバキは火之迦具土神に所縁の神……もしくは近しい神と推察しています。何故なら、サバキは火を自在に操る力があるからです」

「火を……自在に?」

「にわかに信じろとは申しません。こうしたものは実際に目で見ないと信じられない類のものですからね。しかしそうだとすれば、八頼とサバキの因縁について少しは思い当たるところが出てきたのではないですか?」

「……あっ……」


はたと思い、要が小さく短い声を漏らす。ようやくに繋がった点と点。線で繋がった八頼とサバキに関する事柄によって。


「その様子だと気付かれたようですね。八頼は山の神。山にとって火はまさしく死です。ゆえに火を操るサバキとはどちらにせよ友好的な関係となれる立場ではないわけです」

「確かに……狩人が消し忘れた焚火だけでもすごい騒ぎだったんですから、相手が火を操るとなったら、印象が良いはずがないですよね。でも……」


この時、要は自分の中に生じた疑問を口にするのを躊躇した。何故かについては理屈でなく、感覚的なもの。何やら説明のつかない危険を察知して。


何か、この質問をするともう自分はこの一件から『抜け出せなくなる』のではと、そう感じたのである。


とはいえ、ここまで首を突っ込んでしまった。すでに関わり無しを決め込むのも困難。となれば、聞かないよりは聞くほうが良い。途端、腹を決めて要は再度、口を開いた。


「……こちらに来る前、駅前にある駐在所のお巡りさんに言われたんですが、『ここでは火事は起きない』って……これってそのサバキとかいう神様と、何か関係があるんですか……?」


内容そのものは大したものではなかったが、話す要の背中には冷や汗すら滲む。


どうということでもないはずの質問に、これほど神経をすり減らすのは要としても始めての経験だったが、その無用とも思えた心構えは、当人の本意はともかく役立つこととなる。


「厳密に関係が無いとは申しませんが、どちらかといえばその事情はサバキというよりヤライに関わることですね……」

「と……いうと?」

「ヤライは今でこそ八頼などと当て字をされています。これは文字通りに考えるなら、八つやつごとの頼りとなる……つまり様々なことに対して助けや力となってくれるという意味です。が、これは信仰する側の人々が自分たちの都合に合わせ、当てがった字にすぎません。実際には当てられた字はもう一種類、真実……または本来の当て字とでも言うべきものが存在します」


これを聞いた時、実は要の頭にはある一文字の漢字が浮かんでいたのだが、まさかそれが的中するとは要自身も考えていなかった。それだけに栖がそれを口にした時、要は自分自身の中から自分とそれを取り巻く状況を見るような、まるで夢の中にでもいるような非現実感に襲われることになる。


そう、栖の一言によって。


「見遣るという言葉の遣という漢字、これをもってヤライと読みます。この当て文字こそが、真実本来のヤライを表していると言えるでしょう」

「本来の……ヤライ……?」

「遣という字には追い払う、追い立てる、追いやる等の意味がありますが、それこそヤライという神の持つ力を正確に表しています。ということは無論、ヤライから血を受け継いだ八頼の人間にもそのような力は備わっています。ただし本家である八頼以外の三家については多少、力の形が変わってはいますが……」


このように話されるに及んで、要はそのヤライという神の力とやらがどのようなものであるのか、そしてどのように形を変えているのかを想像しようとしたが、残念なことに事態は要のそんな思考よりも早く急転した。


いや、結果だけを考えるのなら、無駄な予想をせずに済んだという点ではむしろ幸運であったかもしれない。


「ひぃやぁああぁっっ!」


悲鳴。それも危急を知らせる必死の声。


何に対してか、恐怖から声が上擦って聞き取りづらくはあったが、そうした感情だけは不思議と声音だけでも知らせてくるものである。


と、要がその悲鳴の理由へ思考を巡らす暇も無く、千華代が声を上げた。


「栖!」


これに応じ、すぐさま栖は首を垂れて千華代に返答する。


「は、千華代様。これにおります……」

「外には町の衆も数多くいよう。誰ぞに万一などということは、なかろうな?」

「母屋に巳咲がおりますので、まずそのようなご憂慮の必要は無いかと存じますが、念のため私も参ります。その万一があっては、八頼の家名に泥を塗ることになりますので……」

「……任せるぞ栖」

「はっ!」


返事をしたが早いか、栖は風切るように部屋を出る。おかしげなことだが、廊下を走る足音も一切、立てることなく。


古い木造の建物。どんなに忍び足で歩こうとも、わずかに軋む音ぐらいは聞こえてきそうなものだったが、それを栖は駆け抜けていった。


まるで空気の上でも滑るようにして。長い廊下を一気に無音で飛ぶように馳せる。


この突然の状況に、要はしばし呆気にとられたものの、はたと気を覚ますや瞬時に状況を理解し、行動に移す。


まずは正座の姿勢から、すっくと立ち上がると……その場で派手に転んだ。

両足の感覚が完全に無くなっていたにも関わらず、無理に起立した代償のひとつである。


ひとつと言ったからには、もちろん代償は複数。しかもどれも痛烈であった。


転んだ際、軸足である左足から転んだため、胸ポケットに入れていたスマートフォンが下敷きになり、ポケットの中で液晶の砕ける感触を要ははっきりと味わった。が、そんなことを気にかける暇も無く、先ほどまで一切の感覚を失っていたはずの両足が、さながら足の肉の内側を大量に虫が這うような耐え難いこそばゆさに襲われ、思わず上着の両袖を掻き毟りながら床をのたうち、鳴き声にも似た呻き声を漏らす。


なのに、それだけの苦悶の状態にありながら、それでもなお要は床を這いずって少しずつ廊下へと向かっていった。


だが、ふと再び我に返り、部屋から廊下へ出る直前で体勢を少しばかり立て直すと、いまだに落ち着いた様子で座し、こちらを見つめている千華代へ問う。心なしか平然としている表情の中に、どこか心配の色を浮かべている千華代へ。


「あ……の、火伏……さん……」

「何じゃ? いや……それより、そなたは吾に何か問う前にその始末をどうにかせぬといかんであろうに……大事は無いのか?」

「だ、大丈夫……です……ただ、足が痺れてるだけで……」

「ならばよいが……で、吾に何を問うつもりであった?」

「……僕を……」


こう、言いかけて要は露の間を空けたが、ついに問うべき問いだと覚悟をし、きゅうっと唇を強く噛んでから、かくのごとく言葉を続けた。


「僕を……産みの親から離して……今の両親に預けたって話……本当ですか……?」


要からすれば必死の問いである。


自分が血の繋がった親だと信じていた両親が、実は赤の他人かもしれない。そうした不愉快でかつ、飲み込み難い話が真実であるかを確認する重大な問い。要自身にとっては血を吐く思いの問いだった。にもかかわらず、


「真じゃ」


即答される。最悪の答えを。瞬間、要の心へ軋みとともに微かな傷が走ったが、それが後々に彼を含めた人々の進むべき道を迷わせることになる。


といっても、それはまだ先のこと。今、話している千華代の言葉はまだ継がれている。


「そなたを実の父母から離した理由は主に三つある。ひとつは、そなたが八頼の家に生まれたこと。八頼の家に生まれたからにはサバキの標的となるのが目に見えていたからな。サバキの望みは八頼の滅亡。今となってはサバキと戦える者もそうはおらん。八頼が滅べば、自然とサバキの世が来よう。火と死を辺りに蔓延らせ、この地上を黄泉の国へ変えんと、奴は縦横に力を振るうであろう。それを避けるためにも、そなたを死なせるわけにはいかなんだのじゃ。それゆえの方途よ」

「なら……もう、ひとつは……?」

「実の親といっても、生きておればこそ親の役目も果たせようが、死んでしまってはどうにもならぬ。だから育て親をあてがった」


刹那、またしても要の心へ傷は走り、見えざる血が流れた。足の痺れも忘れ、四つん這いで床に伏せながら。


「このことについての仔細は栖に聞くがよいであろうが、ともかく事実としてそなたの母親はそなたを産んで後すぐに息を引き取った。さらにそなたの父……今まで話したことから分かると思うが、八頼の血は一滴たりとも持ち合わせておらぬそなたの父は、幼きそなたを無事この土地から逃すため、サバキの囮となって命を落とした。何の力も持たぬのに、ただ、我が子を生かしたいという執念ともいえる一念のみでな……」


聞き終えた時、這いつくばっていた要の視界がまたしても歪む。


歪んで、晴れて、目の前の床板に涙が滴り落ちた。そうしてまた視界は歪み、溜まりかねた涙が落ちると視界が晴れる。その繰り返し。


気が遠くなるほど長く感じた。三文芝居のようなお涙頂戴の張本人が自分であると自覚してからの時間。無意識に爪を立てた床板に落ち続ける己が涙を見つめている時間。


ところが、現実の時間はそう長くは過ぎていなかった。


「ガアァァァアアァァッッッ!」


ついさっき聞こえてきた弱々しい悲鳴とは明らかに別。それ以前に悲鳴ですら無い。


何かの雄叫び。何か……獣か何か、少なくとも人間以外の咆哮。


その声が地鳴りかと錯覚させる強烈さで本殿内部の空気を震わせたのを機に三度、要の意識は現世へ引き戻される。


今度ばかりはさしもの要も力ずくで自分自身を律した。そうして、


「火伏さん!」


自分で自分の上げた声の大きさに軽く驚きつつ、要は痺れが治まった……というより痺れている事実を無理やり頭の外へ放り出し、まだ小刻みに震える両足を踏ん張って立ち上がる。


「ひとまず……今は僕のことについては置いといて……外で何が起きてるのか、知っているのなら教えてくれませんか……?」

「ふむ……」


奇妙なことだが、千華代はこの質問に対し、始めて即答するのを躊躇った。


そこには千華代の勘働きとしての懸念があってのことだったが、結局は自分が話すと話さざるとに関わらず事態は動くだろうと思い直し、壁に掴まりながらやっと立っている要へ、やおら語り始めた。


「……ここへ来るより前、参道で焚火をおこなっていたのをそなたは見ておろう?」

「えっ? あ……ええ、すごい火でしたけど……それが?」

「あれはサバキを寄せ付けるための撒餌じゃ」

「!」


回答を聞き、目にも明らかに言葉を失っている要へ構わず、千華代は続ける。


「サバキは火と死を好む。火急の事態とはいえ、そなたをこの地へ何らの策も無しに戻すのは危険すぎると思うてな。それゆえ、そなたを呼び戻すに際し、安全を少しく図ったわけじゃ。サバキ自身にかような子供騙しのはかりことは通用せぬとは先刻承知じゃが、奴の手先程度ならば愚かにも喰いつきおるであろうと、な」

「て……ことは今、外には……」

「吉報は、そなたが無事に八頼の地まで戻り果せたこと。凶報は、単なる手先にせよサバキがこの地にまでやってきたという事実じゃ。手先がそなたのことを嗅ぎつけたなら、サバキ自身の出番もそう遅くはあるまいからのう……」


言った当人である千華代に自覚は一切無かったが、これだけで要がこれから取る行動を決定するには十分であった。


なお痺れ、震える足を引き摺って廊下に。つまりは外へ。


これにはさすがの千華代も予想外のことで面喰ってしまい、至極間抜けな問いかけをする。


「……要、どこへ行く? そんな痺れた足を引き摺って何を……」

「外……に、決まってるじゃないですか……」

「決まっておるとは……? 吾には何がどう決まっておるのか分からぬが……」

「僕だってよく分かりませんよ……でも、話からしてここの外には何か、危ないのが来てるんでしょ? だとしたら、あの焚火番をしてたお年寄りたちを助けないと……」

「助ける……?」


千華代は自分がどれだけ呆れた声を出しているかを理解していたし、同時にどれだけ要に呆れているかも理解していた。


それゆえ、ほとんど絶句する形で、ぎくしゃくとした足取りの要が廊下を歩み進んでゆくのを黙って見つめながら、ただ思考を巡らせる。


助けるとは、どうやって?

まだ何の力も持ち合わせていない要が、どうやって?


強い疑問に口を栓されたようで、千華代は唖然と要の後ろ姿を見ているしかない。

思い始めたその時、まさしくその時、である。


外に向かって廊下を直進していた要が急に引き返してきた。慌てた様子で。


千華代はまたしても驚き、要が何を考えて動いているのか皆目見当がつかず、思わず眉をひそめてしまったものだが、その行動理由は改めて部屋に戻ってきた要自身がつぶやいていた。


「……バ、バッグ、バッグ……」


部屋へ戻るなりまた床にへたり込み、泣き腫らした目もまだ赤いその顔に困った表情を映して置き忘れたボストンバッグを必死で掴む要を見ると、一転し千華代はクスクスと笑いながら、ようやっとバッグを持って部屋を後にしようとする要に口を開き、


「要よ」

「……は?」

「本来ならば吾は火伏家の当主。八頼守護筆頭の身。そなたがサバキ、もしくはその手先のおるやもしれぬ場所へ行こうとしているのなら、止めるが役目。それが使命。当然のことじゃ。しかし……」

「……?」

「行くがよい。そしてその目でしっかと見よ、サバキを。その力を。そなたはまず自分が何者であるかを知るために、敵を知ることから始める必要があるようじゃからの……」


微笑みつつ、そう言った千華代の真意はこの場合、とてもまともに頭が回る状態でない要には何の効果も果たさなかったし、実際、要はこの言葉を聞いてポカンと口を開け、しばし千華代を見たほかには何もしなかった。だが、


「おお、そうじゃ」


ポンと手でも叩きそうな前置きをして、さらに千華代が話した内容については、いかな半思考停止状態の要も、相応の反応を示すことになる。


「そなたを実の父母から別れさせ、この地から離れさせた理由は三つあると申したであろう。最後のひとつ、その理由とはな……」

「あ……はい……?」

「要、そなたが男子であったからじゃ」


言われて現時点、理性的思考が通常時の1%程度でも出来れば御の字であった要の頭が動く。


動いて、驚嘆すべきことにその1%の稼働によって答えに近しい疑問を導き出した。


風船が目前で割れた時の人間がしそうな、愕然という言葉を体現して。


さりながら、である。


「あっ、そうだ! 確か八頼の家系には女の子しか生まれないって、あんなに言ってたのに、僕はおと……って、そんなこと考えてる場合じゃなかったっ!」

「あ、これ、要……」


付け加えて話すことがあったわけではないが、急いて部屋を出てゆく要へ釣られるようにして半端に声をかけた。が、継ぐ言葉もあるわけでなかったせいもあり、見る間に要の姿は廊下の先、部屋の中からでは見えぬ角度にまで走り……歩き去っていた。ぎこちない足音だけを延々と響かせて。


しばらくし、その足音も聞こえなくなった頃、千華代は呆れ顔をしつつも微笑み、溜め息ひとつを溢すと、


「まったく……自分の無力は承知でなお人を守らんと動くか……産みの親と育ての親なら育ての親に似るものだと話に聞くが、これもどうして当てにはならんな。あの性格……死んだあれの父親に瓜二つではないか……」


感慨深げに独り言をつぶやく。双眸を閉じ、何かを懐かしむように。


「……それにしても、器量は母親によく似ておるが、性格がこうも父親似となるとやはり血の薄さはどうにもならんか……気は進まぬが当初の思惑通り、初代様の血にお頼りするほか手もあるまいな……さても、あの子も気の毒な生まれをしたものじゃ……」


薄暗い部屋の中。じっと同じ姿勢のまま座り続ける千華代はわずか、顔を下げて嘆息する。


それが要の境遇に対する憐みからのものであることは、もしその様子を見る者がいたなら、誰の目にも明らかな憐憫の表れだった。


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