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司書の先生から聞いたこと

 玄吾たち以外の学生がいなくなった図書館は、まるで空気が止まったかのように、静かでゆっくりとした時間が流れていた。

 読書感想文を書いたノートと借りた本を持ち、玄吾たちは貸し出しカウンターに向かった。司書の先生は片付けが終わったようで、何かのハードカバーの本を読んでいる。

「先生、この本、ありがとうございました」

 そういうと、玄吾は持っていた本、「ひとつかみの世界」を司書の先生に手渡した。

「あら、早いわね。もう三人とも読み終わったの?」

「そのことなんですけど」

 玄吾がそういうと、乃木斗と夢月は自分の読書感想文ノートを開き、司書の先生に見せた。

「これは?」

「これ、私たちがさっき書いた、この本についての読書感想文なんです」

 夢月がノートをカウンターに置くと、司書の先生は乃木斗と夢月のノートを見比べた。玄吾も読書感想文ノートを開いて司書の先生に渡す。

 しばらく静かに読んでいたが、夢月の読書感想文を途中まで読んで「え?」と声をあげた。

「これって、最初の方全部同じじゃない」

 玄吾の持っていた読書感想文まで読んで、先生は「どういうこと?」と少し不機嫌そうな顔で聞いた。

「実はこれ、私たち三人とも本を読まずに書いた感想文なんです」

「何言ってるのよ。本を読まないでどうやって感想文が書けるのよ」

「信じられないかもしれないですが、さっき実際まったく本を開かずに、三人同時に読書感想文を書いたんです。そしたら、私と玉口君、それに王里君の感想文がこうなっちゃって」

「へ?」

 一体どういうだろうという顔で、先生は感想文を見直す。

「ただ机に本を置いて、その本の表紙を見て、イメージしてたら勝手にあらすじが思い浮かんでくるんです」

「ついでに感想文も、まるでその本を読んだことがあるかのようにスラスラ書けてしまうんです」

 玄吾と乃木斗の言葉に、先生はどうにも信じられないというような表情を見せる。

「それで、こんなことが出来るのはどうしてか先生に聞こうと思ったのですが……」

「さすがに、本を読まないで感想文を書いたなんて話は……」

 司書の先生はそこまで言って言葉を止めると、顎に右手人差し指を当てて何か考え事を始めた。そしてすぐに「そういえば」と続けた。

「前の司書の先生から聞いた話なんだけど、昔本を読まずに読書感想文を書いてきた子がいたらしいの」

「その生徒っていうのは?」

「あまり詳しくは知らないんだけど、その先生が言うには、本を読まずに感想文が書けるという証拠に、あなたたちと同じように本を机に置いて、読まずに感想文を書いたらしいの」

「ということは、他にも同じことができる生徒がいるかもしれない……と」

「どうかしら。聞いたのはその話くらいで、他にも本を読まずに読書感想文を書いたっていう話は聞かないから。読書感想文って、本を読んでから書くものだし、そもそもわざわざ宿題でもないのにそんなにたくさん読書感想文を書く人がいないから」

 たしかに、と玄吾たちは自分たちのノートを見返した。こういうことをしている生徒は他にはいないだろう。


「もしかしたら、他の人でも同じことができるかもしれないね」

「何言ってるんだよ。こんな面白いこと、他の奴に教えてたまるかよ」

「意地悪いなあ、ノギは」

 結局司書の先生からはあまりよい情報が得られず、玄吾たちは帰路につくことにした。

 太陽は沈みかけているものの、アスファルトに蓄積された熱が放出されるかのような暑さはまだ続く。時折吹く風が、生ぬるくも心地よく感じた。

「結局なんだったんだろうな、この感想文」

 玄吾は手に持った感想文ノートを広げ、書いてあるページをめくりながら言った。

「まあいいじゃん。面白そうな特技手に入れたわけだし、それでみんなを驚かしたり、宿題楽にやったりできるわけじゃん?」

「宿題、ねえ」

 読書感想文の宿題なんて、夏休みの宿題くらいだろ、と思いながら、感想文ノートをかばんにしまった。

「ねえ、これって他のことに応用できないかな」

 不意に、夢月が玄吾に話しかけた。

「他のこと?」

「例えば、テストの問題を先に知るとか、教科書の中身を知るとか、そういうの」

「なるほど。でもどうかな、本以外に効果はあるのかな」

 たしかにそういうことができれば、テストでいい点を取るのも楽になるだろう。教科書もまとめたものがあれば、理解が早いかもしれない。

「やってみないとわからないじゃない。明日、やってみようよ」

「面白そうだな。ムツキの言う通り、明日やってみようぜ、ゲンゴ」

 何故この二人はこういうことに関しては乗り気なのだろうか、と玄吾が考えていると、乃木斗と夢月が顔を寄せてきた。

「わ、わかったよ。とりあえず、明日な」

「うん、じゃあ私こっちだから。また明日ね、玉口君、王里君」

 いつの間にか住宅街の十字路に着くと、夢月は右の道へと向かって言った。それを玄吾と乃木斗は、手を振って見送った。


「それにしても、まず何で試そうか」

 二人で歩く帰り道、乃木斗はううん、と腕を組んで考え込んだ。

「それはとりあえず明日考えればいいんじゃないかな。別に急いでいるわけでもないし」

「そうだな。でも、本当にテストの内容が分かったりしたら面白いな」

「カンニングだろ。大体、もし感想文が書ける条件が近くに本があること、とかだったらそういうのも無理じゃないのか?」

「あ、確かに」

 おお、と感激する乃木斗に、玄吾は「それぐらい考えろよ」と突っ込みを入れた。

「まあでも、どのくらいの範囲に適用できるかは気になるよな」

「だよな。もしかしたら、世界を支配できるかもしれないし」

「支配したところで管理できないだろう。ろくなことを考えないな」

「まったく、ゲンゴは夢がないよな」

 あーあ、と乃木斗はつまらなさそうに空を見上げた。

「でも、こういうことが、誰かの役に立てれば、とは思うかな」

「お、ゲンゴにしては珍しいこと言うな」

「ん、そうか? どっちにしろ、どういうことができるのかって言うのは知っておいた方がよさそうだしな」

「そうだな。いろいろと実験してみようぜ」

 気が付けば商店街の入り口。玄吾と乃木斗は、ここから帰り道が違う。

「じゃあ、また明日な」

「うん、帰りに事故るなよな」

 そう言ってお互い手を振り、それぞれの帰路についた。


「役に立てれば、か。本当に役に立つのかな、こんなこと」

 玄吾がつぶやいた言葉は、ゆっくりと赤くなっていく空に吸い込まれていった。

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