同じ本のあらすじのこと
「さて、さっそく始めようか」
席に着いた三人は、真ん中に借りた本、「ひとつかみの世界」を置き、読書感想文用のノートの白紙ページを開いた。
そしてシャープペンを持って白紙のノートの上に置く。
「それで、ここからどうすればいいんだ?」
そこまでやって、その先どうすればいいかわからず、乃木斗がシャーペンを構えたまま玄吾に尋ねた。
「この本のことを考えながら、思ったことをノートに書いていく」
「それだけ?」
「それだけ」
「そんなこと言われても、すぐには思い浮かばないだろ……」
乃木斗が言いかけた瞬間、夢月が「あっ」と言いながら手を動かし始めた。
「え、ムツキ、もう何か思い浮かんだのか?」
「うん、おもしろいね。読んでないのに、本のあらすじがどんどん出てくる」
夢月が書くそばで、玄吾も手を動かし始めた。
「ちょ、二人とも、早いって」
二人が手を動かしているのを見て焦っていたが、乃木斗もふと何かを思いついたように、右手を動かし始めた。
「あ、なるほど。一度出てきたらすらすら行くねこれ」
周りの生徒が一人、また一人と席を立って図書室から出て行く中、三人は静かにノートの上にシャーペンを走らせる。
そして、二十分ほど経った頃、夢月が一番に感想を書き終わり、シャーペンを置いた。
「よし、出来たよ」
早く終わった余裕からか、夢月は玄吾と乃木斗の感想文を書いている姿をじっと見ていた。
しかし、その間もなく、すぐに玄吾が書き終わり、続いて乃木斗も書き終わった。
「よし、これで全員書き終わったかな。じゃあ、一人ずつ回して読みあおうか」
乃木斗がそういうと、それぞれノートを一周して他の人の感想文を読みあうことにした。
まずは玄吾が夢月の、夢月が乃木斗の、乃木斗が玄吾の感想文を読む。
夢月からノートを受け取った玄吾は、軽くページ全体を眺めた。女子だからだろうか、丁寧な字でぎっしり書かれている。
僕もこのくらい丁寧な字なら、と思いながら玄吾はあらすじを読み始めた。が、すぐに異変に気が付いた。
「あれ、このあらすじ……。ノギ、お前の見せてくれないか?」
「あ、私も、玉口君の見たい」
少し読んだ後で、それぞれもう一周して読んでない人の感想文を読みあった。つまり、玄吾が乃木斗の、乃木斗が夢月の、夢月が玄吾の感想文を読むことになった。
「まさか、これって……」
「やっぱり?」
三人とも、あらすじ部分を読んで、顔が引きつっている。
「三人とも、あらすじが同じだ」
ほとんどの生徒が帰宅した図書室内で、微動だにしない空気の感触が伝わってくる。
まったく意図せずに、しかも読んだことのない本のあらすじが一致するという事態に、三人は混乱していた。
「な、何これ? 新しい手品?」
「いやいや、手品だったら何かタネがあるだろう。そうじゃなくて、何と言えばいいんだろう」
「わかってるけど、でも不思議ね。三人とも同じあらすじ書くなんて」
「それにしてもおかしいよ。ほら」
乃木斗は三人のノートを並べ、冒頭分を指でなぞった。
「あらすじだけが同じならまだしも、一言一句同じなんだよ?」
「句読点の位置まで同じ……って、そんなことありえるのか?」
「やっぱり、何かおかしいよな。本当に、俺らが書いたものなのか?」
玄吾と乃木斗は、三人のノートのあらすじを読みながらあれこれと比較した。もちろん、それぞれの書いた文字であることは間違いないし、ましてや目の前でお互い書いていたのだから、他の人が書いた文章というわけにはならない。
「実は、全員この本を読んだことがあるとか?」
「ゲンゴ、お前この本読んだことあるのかよ。それに、仮に全員読んだことがあっても、ここまで一致することはないって」
「そうだよなあ。僕も、この本の内容は知らないまま書いたんだし」
玄吾と乃木斗がノートを見ながら考えていると、夢月が玄吾のノートを取り、最後まで目を通していた。
「あ、でも、感想は全員バラバラだよね。いいと思ったところとか、悪いと思ったところとか、感動したところとか、三人とも全然違うじゃない」
そういうと、夢月は「ほら」と三人のノートの、あらすじから後の部分を指さした。
「三人とも同じ感想を持つはずがないから、感想のところだけは違ってるんじゃないかな」
「だったら、あらすじの書き方も違うんじゃないのか?」
「確かにそうだけど、あらすじって、結構ある程度決まった書き方するじゃない?」
「そんなもんかな?」
「そうだよ、だって、みんな似たようなもんだもの」
夢月の説明にイマイチ納得していない玄吾だが、実際にはそんなものなのかな、と無理やり解釈することにした。
「それにしても、何でこんなことが起こるのかな。もしかして、三人とも運命の黄色い糸で結ばれてたりして」
「それを言うなら赤い糸だろ? 大体、別に三人で恋人同士って言うのもおかしいだろ」
「だから黄色なの。なんとなく、友情って感じしない?」
「どっちかというと、青色だと思うな。イメージ的に」
玄吾と夢月が謎の言い争いをしていると、乃木斗が自分のノートと「ひとつかみの世界」を手に取って立ち上がった。
「とにかく、司書の先生に、この本の感想について言ってみよう。何かわかるかもしれないから」
「そうだな。先生も、楽しみにしているだろうし」
三人は自分のノートを手に取ると、荷物を持ってカウンターへ向かった。