始業式の一日のこと
「おはよう、ノギ。宿題は終わったか?」
始業式の日の朝、玄吾は教室であくびをしている乃木斗の肩を叩きながら言った。ちょうど玄吾は乃木斗の前の席だったため、そのまま教科書を机の中にしまい、かばんをロッカーに片付ける。
「ん、まあ、あとワークブックが何ページか残ってるけど」
「まだ終わってないのかよ。ったく、宿題忘れたら今日の放課後居残りだぞ?」
ロッカーから戻ってくると、玄吾は椅子に後ろ向きに座りながら言った。
「わかってるよ。とりあえず、一緒に付き合ってもらおうか」
「何でだよ。俺は終わったらさっさと帰るの」
玄吾が机の背もたれで頬杖をついてため息をついていると、朝のホームルームのチャイムとともに、担任の先生が入ってきた。
「はよ席に着けよ。ホームルーム終わった後、各教科のワークブック以外の宿題集めるから、準備しておけ」
担任の号令に生徒が全員慌てて席に着くと、朝礼当番が「起立」と声をかけた。
「ああ、そういえばワークブックは教科ごとに集めるんだったな。と言うことは、まだ時間に余裕が……」
「いいから今日やれよ」
ぼそぼそと話しかけてくる乃木斗に、玄吾はため息をつきながら宿題を机に並べた。
その日の放課後、三限で授業が終わりと言うこともあり、ほとんどの生徒は部活動に向かうか、そのまま帰宅していた。
教室内には、話をしている何組かと、机で宿題をしている何人かの生徒が残っている。乃木斗も、宿題居残り組の一人だ。
乃木斗はワークブックを広げて、頭を掻きながらシャーペンを動かしている。玄吾はそれを後目に、かばんに教科書を詰めて立ち上がった。
「じゃあノギ、お先に」
「ちょ、待てよ。一緒に残ろうぜ」
宿題中の乃木斗を玄吾が置いて帰ろうとすると、思いっきり制服の袖を引っ張って引き留めた。
「何で僕がノギの付き添いしないといけないのさ」
玄吾はしぶしぶ自分の椅子を乃木斗の方に向け、そこに座った。
「どうせ暇なんだろ? ならば、友人の勉強を見届けるという大役を果たすべきなのだ」
「言っている意味がわからん。自分で残したことなんだから、自分でやり上げろよ」
今日何度目かのため息が、教室中に聞こえそうなほどの大きく響く。
「まあまあ。で、ワークブックはともかく、読書感想文のことなんだけど」
「はい?」
読書感想文は、既に朝礼後全員分担任が回収しているはずだ。いまさら何の話があるというのだろうか。
「実はあの後、別の本でも読書感想文を書いてみたんだ」
「書く暇があったら宿題やれよ」
「まあまあ。で、さすがに二冊目は面倒かなと思ったんだけど、最初と同じくすらすら書けたのさ」
「本を読まずに?」
「もちろん。あ、一度読んだ本なんだけどね」
そういうと、乃木斗は一冊のノートを取り出した。
「今回は原稿用紙じゃなくてノートなんだけど」
それを玄吾に手渡すと、玄吾は最初のページを開いた。
中には一ページ分びっしりと、本のあらすじや感想が書かれている。
「あれ、これこの前読んでたラノベじゃね?」
「うん、あんまり堅苦しいのだと面倒だと思ったから」
「しかし、あのラノベ、結構ページ数なかったっけ? よく覚えてたな」
「好きなものは大抵覚えているものさ」
玄吾がノートを返すと、乃木斗はそれをかばんにしまった。
「ということで、お互い本の感想文書いて見せっこしね?」
乃木斗が突然アップで迫ってきたため、思わず玄吾は後ろにのけぞった。
「い、いや、何でわざわざそんなことするんだよ。交換日記じゃあるまいし……」
「何話してるの?」
不意に後ろから、聞きなれた女の声が聞こえた。
「お、ムツキ、ちょうどいいところに来たな。実は今ゲンゴと、読書感想文の見せっこしようぜって話してたんだ」
「読書感想文? 宿題の?」
「いや、そうじゃなくて」
そういうと、乃木斗はさっきしまったノートを取り出し、やってきた女生徒、伊本夢月に手渡した。
夢月はノートの一ページ目を見ると、ふむふむ、と頷きながら書かれている感想文を読んだ。
「へぇ、これを見せ合うってわけ?」
「そういうこと。でも、ゲンゴの奴が乗り気じゃないみたいで」
「面白いじゃない。私もやる!」
読んでいたノートを返すと、夢月は長い髪をなびかせて自分の荷物を取りに行った。
「ちょ、ちょっと待てよ。何でこんなことを……」
「いいじゃない。ちょうど文章書く練習しようと思ってたところなの。次の発表は来週の月曜日ね。じゃあ、私帰るから」
自分の机からマシンガンのように話すと、夢月は長い黒髪を揺らしてそのまま教室から出て行ってしまった。
「というわけで、ゲンゴも参加しろよな」
夢月が出るのを見届けると、乃木斗が玄吾に向かって言った。
「いやいや、というわけで、じゃないだろう。大体宿題終わってない奴に言われたくないよ」
「え、もう終わったけど?」
そういうと、乃木斗はすべての問題を解答したワークブックを玄吾に見せつけた。
「……いつ終わったのさ。そんな早くできるならさっさとやればよかったのに」