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夏休み終わりのある日のこと

 読書感想文。

 夏休みの宿題としては実にベーシックなもので、毎年生徒児童たちはこの難関に立ち向かわなければならない。

 本を丸々一冊読み、そのあらすじや思ったことを、原稿用紙三枚から五枚にまとめ上げる。その労力が、小中学生にとってはかなりの重労働だ。

 そんなわけで、昔からまともに感想文を書かずに、様々な裏技を行う生徒児童たちが少なからずいるものだ。

 一番多いのは、あとがきを読んで感想文に流用することだ。もはや、感想文でも何でもない。

 そんな何のためにやっているのかわからない読書感想文を、こんな方法で乗り切る中学生がいた。


 夏休みも残り一週間。この時期になると、残っていた夏休みの宿題の追い込みに入る子供が多くなる頃だ。

 宿題なんて早々に終わらせた子供や、自由研究だけという子供、あるいはほとんど手つかずな子供と、残りの宿題量にはっきりとした差が出ると、子供の行動にも余裕のあるなしでどういう状態かがはっきりとわかる。

 心にゆとりをもって遊んでいる子は、既に宿題をほとんど終わらせている子か、あるいは完全に宿題の提出を諦めた子だ。

 付き合いが悪くなったり、外に出歩かなくなった子は、おそらく今必死に宿題をしている頃だろう。

 玉口玄吾(たまぐちゲンゴ)もそのうちの一人で、各教科のワークブックは終わったものの、読書感想文の本を迷っていた。

「家にある本は全部読んだし、図書館に行くのもめんどくさいし、新しいのを買うのもなぁ……」

 ゲームなどあまりやらない玄吾は、父親が買ってきて置いてあった本を、小学生の時から暇な時に片っ端から読んでいたため、家にある本は全部読んでしまっている。おかげで、漢字や言葉の意味については、小中学生レベルなら大体わかるようになっていた。

 小学生の時は、その本の中から読書感想文用の本を選んで書いていたのだが、小学生向けの本があまり多くなかったため、そのような本もほとんどなくなってしまった。

 中学生向けの書籍はいくつかあったものの、いまさら読み返そうと思わない本ばかりだ。

 もう一度、読んだことがない本は無いか本棚を探していると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「あれ、乃木斗、どうしたのさ?」

 青い短パンに白いシャツを着た、玄吾と同じくらいの身長の来客は、友人の王里乃木斗(おうさとノギト)だった。

「やあ玄吾、ちょっくら宿題を教えてもらおうと思って」

「なんだ、まだ終わってなかったのかよ」

「国語と英語と、後数学のワークブック」

「ほとんど終わってないじゃないか。……まあいいや。とりあえず、上がりな」

 玄吾に言われ、乃木斗は「おじゃまします」と靴を脱いで上がった。


「その問題は文章中に答えがあるから……」

 風が通る和室の居間で、玄吾と乃木斗は冷たい麦茶を片手に、国語のワークブックを開いて宿題をこなしていく。

 玄吾は既にその大半を終わらせていたので、ほとんどもっぱら乃木斗の教師役をしていた。

「てか、これ答え見ながらやればいいんじゃねえの?」

「じゃあそうすればいいじゃないか。わざわざここに持ってくる必要はないだろう」

「いや、しかし完全に写すとばれるじゃないか。だから、リアリティを持たすためにだな」

「なら自分でやって、わからなかったところを赤ペンで修正すればいいじゃないか。別に僕に頼ることはないだろう」

「いやいや、さすがに自分でやったらわからないところだらけだから」

 乃木斗のいい加減さにはあ、とため息をつきながら、玄吾は空になったグラスに、冷たい麦茶を注ぎ込んだ。


「そういえば、ゲンゴはあと宿題何が残ってるの?」

 シャーペンを持った右手で頬杖を突きながら、乃木斗は玄吾に尋ねた。

「ん、後このワークブックが大体二ページずつ、それと読書感想文」

「読書感想文? だったら家にある本から適当に選んで書けばいいんじゃねえの?」

「だって、もう全部読んだし、読み返すのも面倒だし」

 手を止めている乃木斗と違い、玄吾は手を動かしてすでに最後のページを解き始めている。

「だったら、読んだ本でいいじゃないか。別に、先生は何を読んだか読んでないかなんてわからないし」

「んなこと言っても、読み直すの面倒だし」

「いやいや、だから、読んだ本の感想文を書くんだよ。内容は知ってるだろ? 俺はそれで済ませたから」

「へ、何それ」

 玄吾がぽかんとしていると、乃木斗は持ってきたかばんから、原稿用紙を取り出した。

「これ。去年読んだ本なんだけど、中身わかってるからそれについて書いた」

「去年読んだ奴だと、結構内容忘れてるんじゃないか?」

「それが結構覚えてるもんだよ。わかんないところがあったら、一度読み返そうと思ったんだけど、案外読まなくてもスラスラ書けたよ」

「へえ、そんなものなのかねえ」

 乃木斗の話を聞きながら、玄吾はぺらぺらと原稿用紙をめくっていく。

 本当に本を読んでいないのかどうかはわからないが、大まかなあらすじとそれに関する感想は、本を読んだ後のようにしっかりと書けている。

「これ、本当に中身読んでないのか?」

「ああ、読むの面倒だから、読まずに書いた」

「よくこれだけ書けたな。内容完全に覚えてたのか?」

「いや、そんなに覚えてないつもりだったんだけど、、書き始めたら意外と思い出して」

 原稿用紙に一通り目を通すと、玄吾は乃木斗に返した。

「そういうわけで、読書感想文はこの手で行こうよ」

「いざとなったらね。とりあえず、こっちを終わらせるのが先だろ?」

 玄吾は国語のワークブックをとんとん、と叩いて言った。

「もう面倒から答え写しちゃえ」

「ノギ、お前何のためにここに来たんだ?」


 乃木斗が帰った後、玄吾は再び読書感想文用の本を探し始めた。

 とりあえず中学生向けのものを数冊と、少し難しい本を数冊。

 しかし、どれも読んだことがある本であり、改めて読もうと思えない。

 夕食が済んだ後もどれにしようか迷っていたが、結局どれも同じだと思い、取り出した本から目をつぶって適当に選んだ。

「えっと、『ペンギンの空中墓地』か。えっとどんな内容だっけ」

 玄吾は原稿用紙を広げると、適当に選んだ小説、『ペンギンの空中墓地』というタイトルの本を机に置いた。

 いつか空を飛びたいと夢見ていたペンギンたちが、空に向かういろんな方法を試しながら、最後に空にある墓地で息を引き取るという話だ。

「なんかあんまりおもしろくなかった気がするけど、まあいいや。書いてみよう」

 何も書かないと始まらないと思い、玄吾はシャーペンを原稿用紙に走らせてみた。

「まずは大まかなあらすじを……。えっと確か最初はペンギンたちが……」

 何も思いつかないと思ったが、いざ書き始めると、ついさっき読んだように内容が思い浮かんでくる。

 大まかなあらすじを書くと、次は感想文だ。普段なら一旦ここでどういうことを書こうかと悩むところだが、今回はすらすらと感想が出てくる。

「ペンギンたちが最後まで諦めずに空に向かって行く場面で、努力すれば願いが叶うんだと思いました、っと。なんか、あっという間に終わったな」

 結局は読む本を探すのに時間を取られ過ぎただけか、と思いながら、書き終わった感想文をかばんにしまった。

 読書感想文が終わると、残りはワークブック数ページ。玄吾は入浴後、残った宿題に手を付けた。

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