9話 手紙。
4時間目終了のチャイムが鳴り響き、学生にとって最も幸せな時間が始まる。
「やっと終わった~。」
「川は三時間目からだから楽だったろ。」
「いやいや、気持ちの問題だよ。」
「そんなもんかね、飯はどうする?」
「あ~、蒼夜。悪いけど俺の分も適当に買っといて。俺は先に圓城起こしてくるよ。」
「あぁ、部室で寝てるんだっけ?」
「そ。しかも、昼休みに依頼が一件入ってる。」
「なるほど、ならさっさと起こして来い。」
さすが、頭の回転の速い奴は違う。
「了解。」
俺は急いで部室に向かった。
《探偵部前》
メールを送ったけど返事がない。まだ寝てんだろうなぁ、俺はそっと扉を開けて中を見渡す。ソファーに仰向けになっている圓城。俺が出る前に掛けた毛布がそのままなので起きてないのだろう。……だが、毛布以外にも余計な物が乗っかっていた。
「い、今起こすよ。マイハニー。」
まだ眠っている圓城の口元にそいつは目を瞑り自分の唇をゆっくりと近付けていた。
俺は携帯で写メを撮ってから、その男の顔面を蹴り上げた。
ガンッ‼
「グハッ!」
男は勢い良く空を飛び壁にへばり付いた。
「クー!イテテテ、何しやがる、馬鹿川!」
「馬鹿はお前だ、卯月。圓城に何しようとしてんだ。」
頭を抑えながら立ち上がったこいつの名前は武鳥卯月。金髪の髪にガタイの良さから不良に見られるが、イギリス人とのハーフの金持ちお坊ちゃん。圓城に惚れている正真正銘の馬鹿だ。……ちなみに金髪は地毛だ。
「見てわかんねぇのか?あまりの美しい寝顔に思わず口づけをしたくなっただけだろ。」
「わからねぇよ。まずは起こしてやるだろ。」
「キスでか?」
「普通に!白雪姫か⁈」
確かに目覚めるかもしれないけどさ、…不快で。
「おい!圓城!お前もいい加減に起きろ!依頼人が来るぞ。」
俺は圓城の顔をぺちぺち叩きながら声をかける。少し痛そうな顔をしながらもゆっくりと目を開けた。
「ん?なんだ、もうそんな時間か?……川、
もう少し優しく起こしてくれないのか?」
「悪いな、キスじゃなかっただけマシと思え。」
「……キス⁉お前が⁈」
圓城の両眼が大きく見開き顔を真っ赤に染めている。驚き過ぎだ、……そんな事しないから。
「いやいや違うよ、卯月がな。」
俺は後ろにいる卯月を親指でさしながら答える。
「陽菜!おはよう!やはり君を起こすのは俺の方が良かったな!」
卯月が満面の笑顔で語りかけて来るのとは裏腹に圓城は顔を青ざめながら俺に近づき小声で聞いて来た。
「……いつからいた?」
「俺が来る前から。一応キスは未遂だ。」
「……そうか、恐ろしい。」
圓城は小刻みにプルプル震えている。まぁ、無理ないか。目が覚めたらキスされてるとか怖いだろうし。
「おい、2人で何ヒソヒソと話しているんだ?」
「別に何でもないよ。それより卯月、お前は何でここに来たんだ?探偵部に依頼か?」
「違えよ、今日学校に来たら昨日、探偵部の入部試験があったって言うじゃないか。俺と陽菜がデートの約束した日に。」
……あぁ、可哀想だよな。
「しかも、陽菜はデートに来なかった。」
……あぁ知ってる。
「陽菜も学校に来てないと思ったからお前と蒼夜に話を聞こうと探偵部に来てみたら、」
……あぁ
「陽菜が寝ていたんだ。それはもうキスするしかないだろ!」
俺の後ろで圓城が『キモイキモイ何だあれはマジで言ってるのかヤバイキモイ』とブツブツと言っている。……俺もそう思う。
「…話が逸れたな、つまりだ!何故俺がいない時に入部試験などをするかと言う意味だ!…陽菜も来ないし。」
卯月は怒っているのか俺を睨みながら聞いてきた。……俺に聞かれても困るのだけど。俺は圓城の方をチラリと見てみると、あとは任せた。とアイコンタクトを送ってきた。いや、この状況で丸投げか?
「……えーと、圓城はお前とのデート忘れてたみたいだぞ?」
取り敢えず、妥当な答えのつもりだったが。圓城に背中を強く摘ままれた。痛い痛い!だって他に言う事ないだろっ!
「陽菜!本当なのか⁉」
圓城は俺の顔を憎々しげに睨んだ後、卯月に申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。昨日は部活の事で頭がいっぱいになってしまって…、」
「ああ!わかった!」
圓城の謝罪に卯月は即答で返事を返した。…最後まで言いきってないのに。
「……納得早いなぁ。」
「当然だ!陽菜の言うことに間違いなどない!陽菜がそうだと言えばそうなのだ。」
「あぁ、そうかい。じゃあ、用件も済んだんだし帰れば?俺たちこれから依頼があるんだよ。」
俺の言葉に卯月は首を振る。
「いや、入部試験の話がまだだ。特例で俺にも受けさせてくれ!」
あぁ、その話がまだだったな。俺はもう一度圓城の顔を見るとかなり嫌そうな顔で見返してきた。だが、暫く見つめ合っていると観念したのか深い溜息を吐いて圓城はおずおずと俺の背中から顔を出しはじめた。
「……私が約束を忘れたのがいけませんしね。武鳥君、特例で貴方には入部試験を受けさせます。少し厳しくなりますがいいですか?」
それを聞いて卯月の目が輝く。
「あぁ!勿論だ!」
「……では、次のテストで全教科満点を。」
卯月の目が黒く歪んだ⁈
「……ちょっとまっ『頑張って下さいね。』」
圓城は笑顔で微笑む。うわー、鬼だな。卯月って確か赤点以外取った事のない馬鹿の筈、地理のテストで答え全てを地球と書いて出したのは今や伝説になっている。○でも×でも△でもなく?で戻ってきたのを見たのはあれが初めてだ。
「テストまであと一週間もあるんです。頑張れば大丈夫!武鳥君が本当に入りたいと思っているなら必ず乗り越えてくれると信じています。」
圓城は卯月に向かって最高の笑顔を魅せる。
「頑張ってくださいね♪」
「はい!頑張ります!」
そう言って勢い良く部室から飛び出して行った。外からは勉強するぞー!と言う声が響き渡っている。
「…ふぅ、ようやく行ったか。」
「いや、圓城。お前、酷すぎないか?いくらなんでも全教科満点なんて。」
「まず無理だろうな。」
…合格させる気ゼロかよ。
「言っているだろ?あいつをいれるつもりはない。…それより依頼人はまだ来てないのか?少し遅いな。」
そういえばそうだな。あれから結構な時間がたっているのに。
「いや、もう来ているぞ。」
俺と圓城が声がした方に顔を向けると扉の前に蒼夜と一人の生徒が立っていた。
「中が騒がしかったからな。外でしばらく様子を見ていたんだよ。ほら、川。昼飯だ。」
そう言って蒼夜は俺にパンを渡してくる。
「サンキュー!」
お!アンパンか、なかなかのチョイスだぜ蒼夜!
「それで、彼が今日の依頼人だ。さっき会ってそのまま連れて来た。」
蒼夜は横にいる生徒を部室に入れる。
「名前は姫星織彦。見た目だけじゃ分からないが正真正銘、男子生徒だ。」
整った顔立ちに肩くらいまで伸びた栗色の髪、身長も圓城と同じかそれより下で線も細く、私服で会ったなら間違いなく女の子と思うだろう。…ちゃんと男子の制服を着ている。
「あの、今日はわざわざ僕のためにありがとうございます。どうしても探偵部に解決してほしくてお願いしました。」
「はい。話は聞いています。私達も色々調べて見たのですが、…ストーカーに付き纏われているそうですね?」
姫星はコクリと頷いた。……またストーカーかよ。最近多いな。まぁ、あれだけの容姿なら解らなくもないけど。
「誰かに見られてる気配は特にないんですけど、手紙が送られて来るんです。しかも、毎日。」
「その手紙は…」
「今、持って来てます。……これです。」
そう言って姫星は鞄から数枚の手紙を取り出した。その内容はあからさまにおかしかった。
織彦、おはよう。朝は言えないから手紙で言うことにするわ。昨日、寝坊したからって朝食抜いたでしょ!昼までふらふらしてたじゃない。だから鞄に宿題入れ忘れるし、通学路で人とぶつかったりするのよ?貴方はもっと身体を大事にして、いつも見てるんだからね。
こんな内容の手紙だった。
……うわ、ほぼ一日中ストーキングされてるじゃないか。
「これが毎日家の郵便受けに入っているんです。いつ入れられているのかも、見られているのかもわかりません。」
姫星は悲しそうに俯いている。圓城は顎に手を当て何やら考えている。
「あの、姫星君。誰か心当たりはないのですか?例えばあなたが振った女性や最近恨みを買った覚えなどは。」
姫星は言いにくそうに口を開いた。
「いえ、恨みを買うような事は特にないはずです。それに僕は振る前に降られてばかりですから。」
「振られる?貴方が。」
「はい、実は中学の頃から彼女はよく出来たんですけど、一ヶ月もしないうちに振られてしまって、理由は誰も教えてくれませんでした。」
……妙だな、何がっていうとわからないが違和感がある。
「わかりました。では、調べてみます。その間なんですけど、なるべく放課後1人で帰らないようにしてください。今日は川君と私と一緒に帰ってもらいます。」
そう言って俺を指差す。
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
お互いに目が合い頭を下げた。
「それでは昼休みもあと少しですし、ご飯にしましょうか。姫星君はどうされます?」
「あ、教室に弁当があるから大丈夫です。」
「そうですか。では、放課後に。」
「あ、はい。それじゃ、失礼します。」
そう言って姫星は部室から出て行った。やれやれ、今日も放課後はボディーガードか。流石に今日もストーカーに襲われたらひとたまりもないな。……まぁ、今はそんな事を気にしても仕方がないか、蒼夜に買って来てもらったアンパンでも食おう。
「蒼夜、お前はどう思う?」
「恐らく、親しい人間だろうな。親、兄弟、親戚、彼女、友人のどれかだろう。」
「あぁ、振った彼女という線もある。蒼夜は知り合い、家族のアリバイと情報を集めてくれ。」
……どうやらのんびり考えているのは俺だけみたいだ。
「なんだよ。もうそんなに分かってんのかよ。なら、解決も時間の問題だな!」
俺はアンパンを齧りながら軽く言ってみたつもりだが、圓城と蒼夜はかなり呆れ顔で見てきた。
「川、この犯人は手紙だけで一度も姿を現してない。もしお前がストーカーだとして姫星に気付かれず家から学校までストーキングできるか?」
まず無理だな。
「しかも、知り合いの可能性が高くてだぞ?よっぽどのプロでも意識させないのは難しいだろう。」
「じゃあ、どうやってつけてるんだよ。」
圓城が言う。
「恐らく、家か姫星君に盗聴器がつけられているだろう。私も今日一緒に帰ってそれを探す。川は姫星の注意を引いてくれ。」
「わかった。」
「蒼夜も頼む。」
「了解。」
姿を現さないストーカーか、一体どんな奴なんだろう?俺はアンパンを腹に納めると放課後について考える。
……何か忘れているような。得体のしれない不安感が俺を襲いながら昼休みはあっという間に過ぎて行った。