そして、未来へ
あれは、俺が初めて、天使に遭遇した時の事だったと思う。彼らの仕事、というモノを俺は初めて見た。その際に、自然にわいた問だった。それ以来、俺は天使に遭遇する度に、気に入った奴には、この質問をしてきた。だが、誰に聞いてみてもしっくりとした答えが返って来ないまま、百余年を過ぎたのである。
「何故、人を助けるのか、だと?」
「何故人を陥れるのか、だって?」
「はい」
『そ、それは……』
どもる二皇帝。やはり、神と呼ばれる存在でも、この答えは出せないのか……。ならば、と再び勇気を振り絞り、俺は畳み掛けるように、言った。
「俺……いや、私は分からないのです。私自身は、好き好んでこの仕事をしています。しかし、ある天使などは、“それが神の望みだから”などと言うのです。下の者は、それでも良いのでしょう。動く理由があれば、彼らは貴方達の手足となれるのですから。ですが、上に立つ方は、一体どのようにお考えなのでしょうか?」
黙り込む二人。すると、それを見かねたのかは定かではないが、意外な人物が、助け船を出してくれた。
「私も、気になります」
「レイユ……」
なんと風華、レイユ=タン・アナトーが、しかも神ではなく俺の側に、味方してくれたではないか。彼女は続ける。
「母上、私は時折思うのです。こんな事を続けても、意味が無いのではないか、と。何故なら、彼ら人間は、私達が介入する前から助け合い、また、殺し合い、いつにでも滅んでしまいそうな、今にも崩れてしまいそうな、そんな調和を保っているではありませんか。我らが介入した所で、一体何になると言うのですか?」
うーむ。良い事言うなぁ。でも、良い所取られたなぁ。それ、俺の台詞★
と、このピリピリとした緊張感漂う場所にそぐわない、下らない事を考えていると、ようやく、自分の娘の言い分が解ったのだろう。女皇が、口を開く。
「では其方達は、一体、我らにどうしろと言うのじゃ?」
「まさか……。昔みたいに、魔族も宙族も仲良く一緒に暮せ、とか、言い出すんじゃないだろうね?」
俺達の想いを察した親父が、念を押すように尋ねる。物腰こそ柔らかいが、その声は答えによってはただじゃおかないぞ、という威厳も兼ね備えていた。
「私は、そうしても良いのではないか、と」
「はい」
「僕も、そう思います」
親の思いを知ってか知らずか、子ども達は次々に意を表明する。
「そんな、今更……」
再びの沈黙。そりゃそうだ。事と次第によっては、数百年、数千年と続く、宙族と魔族の争い全てを、否定する事になる。それも、これを始めた神々自身が、意味のない事だったと認める事になるのだ。そんな重要な議題を、一応主要メンバーがそろっているとはいえ、こんな軽いノリで決めてしまって良いはずが無い。
――やっぱり、タイミング外したかな……
俺が後にも先にも立たない後悔していると、おもむろに女皇が口を開いた。
「反発は、すさまじいぞ?」
「ですが、やって出来ない事はないと思います」
話の主導権を取り戻してから、俺は言った。
「何故、そんな事が断言出来るんだい?」
「其方も知っておるじゃろう。魔族と宙族の、戦いの歴史を」
そんなもんは、当然知っている。仮にも俺だって、魔王の息子だ。問題児だろうが厄介者だろうが関係無い。全て、史実として残っている物は頭に叩き込ませられている。それに俺が生まれてからの事は、全て体感し、身を持って理解しているつもりだ。だからこそ、言えるのである。
長年抱き続けてきた野望を、ついに二人の神に伝える事が出来る。
「……似ている、と思った事はありませんか?」
『何?』
「勿論、外見上、髪の色や眼の色、翼の形なんかは違いますが、根本的な形なんかは、とてもよく似ていると思うのです。それに」
「それに?」
息を整えて、止めの一言を口にする。
「クリムの武器、“狙撃手”というのですが、よく、見てみて下さい」
「これです」
クリムはもう、俺の言わんとする所が分かったのだろう。二人の神に“狙撃手”を差し出した。
「これは……」
俺も、あれを見るまでは、こんな馬鹿げた事、思いもつかなかった。その衝撃は、二人にも届いたらしい。
「これは……矢か」
「元々はそうです。それを少し改造して」
「短槍にしたんだったよな?」
「うん。……天使としての誇りも持って、悪魔として、生きていく為に」
俺達が初めて出会った時、まだガキだった俺にクリムは自ら、自分の武器を見せ、丁寧に説明してくれた。聞いた時こそ、なんだそれ、ただの逃げの手段の正当化じゃないか、と思ってしまったけれども、今はきちんとその言葉の重さも分かる。
「だから、元は同じだから、仲良くできる、と?」
「はい」
少なくとも、もう何十年も前から、俺はそう信じている。青臭い野心だが、俺はそれをそんな世界を、心から望んでいる。
「下らん。戯言もいい加減にするんだな。我らの世代は、頭の硬いのが多い。そんな事言っても、聞く耳を持つ奴はまずいないだろうな」
気持ちの良いほどに一蹴して、女皇は去っていった。もう顔も見たくない、と言う事か……。
「やっぱ、無理だったかなぁ」
はぁ、と肩を落とす俺に、親父は言う。
「シャルル。彼女はね、別に、出来ないって言ってる訳じゃないんだよ?」
「え?」
「“私達の世代は”と言っただろう? 僕達ももう年だからね。そろそろ、引退しようと考えているんだ」
格好付けた上に、ウィンクまでしてみせる。
「それじゃあ」
「皇帝はこうおっしゃったんだよ。“お前達の時代は、好きにしろ”ってな」
『!?』
「ミッシェラ……。お前、何故ここに……」
女皇と入れ違いに現れたのは、先に俺が倒したはずの雷皇、ロデット=ラ・ミッシェラだった。
「皇帝が直々に助けて下さったのです。そして、貴女方の居場所も、教えていただきました」
「母上は、他に何と?」
「いえ、特には」
「そうか……。母上らしい」
うむ、やはり親子だからこそ分かる事もあるのだろう。レイユはそれで、納得したようだった。
「……話がそれてしまったな。シャルル=ロワ=グランデ」
「はい!」
風華にいきなり名前を呼ばれた俺は、思わず背筋をしゃきっとさせる。
「お前となら、上手くやっていけそうだ。これから宜しくな、シャルル」
「此方こそ」
俺達は、固い握手を交わした。
「私も、役に立とう」
「おう。雷皇がいるのは、此方としても心強いからな」
彼女とも握手を交わす。これで、天使組との協力体制は万全だ。此方はそもそも、抜群の人気を誇るミイネと、ある種英雄視されているクリムもいるし、うん、大丈夫だろう。
己の夢を実現させる為、策をあれこれ巡らせながらだったから、ミッシェラに何故かついでにハグられたのを無視する。ものの、無視出来なかったのが、三名ほどいた。
『!?』
彼女達は口々に、ミッシェラに噛みつく。
「ミッシェラ、貴様、良い度胸だな。私の未来の伴侶に何をする」
「!? ちょっと、姉さん、それにミッシェラ、ローワは僕のだよ?」
「はっはっは。何を言う」
「早い者勝ちさ」
「そうですよぉ。お兄ちゃんは、私のですよ?」
『え?』
やれやれ。俺の周りのごたごたは、まだまだしばらく続くらしい。
「んじゃ、まぁ、とりあえず帰ろうか」
すっかり忘れ去られた親父に促され、俺達はひとまず、自分の住処に帰った。
こうして――袂を分かつた天と地は、再び一つとなる。
そして、共に人間達を見守っていく事になる。
のだが……それでも、やはり俺は想うのだ。
人間とは何と愚かで、何と儚く、何と――愛おしい存在なのだろう、と。
「愚かで浅はかな人間達に、神の御加護があらん事を」
ビルの屋上から見上げた空は、青く澄んでいて、とても綺麗だった。
最初は2000字ほど、つまり今回の第一話分ほどしかなかった内容を、膨らましに膨らませて作ったのが、この作品です。
悪魔と天使と人間、これらに対する僕の考え方が割とよく表れている小説に仕上がっていると思います。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました!
ではでは、また他の作品でもお会いできる事を祈りつつ。
皆さんにも、神のご加護があらん事を。
もっとも、その神が何なのかなんて、分かりませんけど(笑)