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「ただの掃除係はいらない」と聖騎士団を追放された私、実は王城の結界を支える特級鏡面技師でした

作者: AI之助
掲載日:2026/09/25

「――アリア、貴様のような泥臭い掃除係は我が聖騎士団にいらん。今日限りで出て行け」


 王城の大修練場に、怒鳴り声が響いた。

 甲冑姿の聖騎士団長ゼノスは、床に跪く私を見下ろし、解雇を言い渡した。

 傍らには新入りの魔法使い・ミレイが、くすくす笑いながら寄り添っている。


「団長ぉ、こんな古い布で床や壁を拭くだけの女、いなくても困りませんよね? 魔法の光でパーッと照らせば埃なんて一瞬で吹き飛びますのに」

「ああ、ミレイの言う通りだ。そのような地道な雑用係など、我が第一聖騎士団には無用だ」


 私は手元の使い古した雑巾を見つめた。手袋越しに伝わる石畳の冷たさ。

 ゼノスが私を追い出したい理由は、痛いほど分かっていた。


 私には派手な攻撃魔法が使えない。

 毎日朝から晩まで這いつくばり、城中の壁や床を特殊な布と研磨剤で磨くだけの「無能な掃除婦」に見えていたこと。そして、可憐な魔法を振りまくミレイを隣に置いた方が、騎士団の見栄えが良くなると踏んだこと。

 彼らは私の「掃除」を、ただの表面的な身だしなみ整えだと思い込んでいた。


「……そうですか。かしこまりました。今すぐ荷物をまとめて出て行きます」


 私は一礼した。ゼノスは鼻で笑い、ミレイと肩を寄せて奥へ消えていく。

 二人は気づいていなかった。立ち去る直前、私が最後に磨くはずだった大広間の「中央鏡石」に、研磨途中の手袋をかすめさせたまま放置して城を去ったことに。


「ふん、潔くて結構だ。二度と敷居を跨ぐなよ」


 その声を背に、私は王城の門をくぐった。



 私がこの聖騎士団に雇われたのは三年前のことだ。

 当時の団長は私の技術を正当に評価してくれていたが、半年前の世代交代でゼノスが団長に就任してから、現場の空気は一変した。

「魔法一発で済むことを、なぜわざわざ手作業でやっている?」――それが彼の口癖だった。


 彼らは知らなかった。

 私が毎日磨いていたのは、単なる飾り石でも綺麗な床でもない。

 王城全体を包む防御結界を支える基盤――「鏡面光導体」だった。


 城中の壁、床、柱に埋め込まれた研磨石は、外敵の魔気を反射し、城内の聖なる力を増幅・循環させる巨大な回路として設計されている。

 私は王国で唯一、特殊な研磨剤と古伝の技法でその回路の精度を保てる『特級鏡面技師』だった。


 雇用契約書には、前団長の手でこう明記されていたはずだ。

『本技師が現場を離れた時点で、結界維持のための研磨作業は即座に停止する』と。


 だが、書類をろくに読まず、体裁ばかり気にするゼノスは、その一文の重みを理解しようとしなかった。


「アリアちゃんさぁ、もっと可愛い服着てパトロールとか行けないの? むさ苦しい格好でゴシゴシされてると、騎士団のイメージ下がっちゃうんだよね」

 ミレイは事あるごとに私を笑った。彼女の「聖光魔法」は確かに映えるが、その光を城内で安定させているのが私の磨いた鏡面石だという事実には、最後まで気づかなかった。


 どれほど怒鳴られても、どれほど蔑まれても、城の人々と騎士たちの安全のために耐えてきた。

 だが、もう十分だった。

 自分の技術とプライドを踏みにじる男のもとで、これ以上尽くす理由はない。

 私は荷物をまとめ、港町へ向かう馬車に乗った。



 私が去った後、ゼノスとミレイの慢心は頂点に達していたという。


「見ろ、あの雑用女がいなくなっても城は何も変わらんではないか」

「本当ですね団長! あんな女に給料を払っていたなんて、無駄だったんですよ」


 大広間で酒を酌み交わしながら、二人は私の悪口で盛り上がった。

 ゼノスは配下の騎士たちに命じ、私が残した手入れの記録や研磨道具を焚き火に放り込ませた。


「これからはミレイの聖光魔法で城をいつでもピカピカに保つ。手作業などという原始的な真似は一切禁ずる」


 騎士の中には、私の仕事の重みをうすうす察していた者もいた。

「しかし団長、アリア殿の手入れがなくなってから、館内の光が心なしか鈍くなっているような……」

 そう言った若い騎士は、ゼノスの怒りを買った。


「黙れ。貴様もあの無能女と同類になりたいのか。嫌なら今すぐ辞めろ」


 異論は封じ込められ、ミレイは毎日のように派手な魔法を城内で放った。

「ほら見てください! 私の魔法で城がこんなに光っています」


 だが、それはただの表面的な発光にすぎなかった。

 私が去って三日、手入れの途絶えた鏡面石は、目に見えない魔素によって急速に曇り始めていた。

 反射率は落ち、循環するはずだった聖なる力は行き場を失い、石の中に滞っていった。

 城を護る結界には、すでに亀裂が入っていた。



 王都を離れた海沿いの港町で、私は潮風を浴びながら仕事を続けていた。


「やあ、アリアさん。今日もいい仕上がりだ。君が磨いてくれた灯台の反射鏡のおかげで、うちの船団は嵐の中でも無事に港へ戻れたよ」


 そう声をかけてくれたのは、隣国でも名の知れたグランヴェール商会の会長だった。

「特級鏡面技師」としての私の腕は、王城の中だけで通用するものではない。大型客船の光導鏡、大灯台の集光レンズ、精密な魔導具の核まで、私の技術は世界中の技術者から評価されていた。


「アリアさんのような人材を手放すなんて、あの団長は正気じゃないな」

「いいえ、おかげで私は自由になれました。工房と美味しい紅茶があれば、それで十分です」


 明るい工房で紅茶を一口すする。穏やかな時間だった。

 ただ、頭の片隅には一つの懸念があった。暦を見上げる。

『年に一度の魔獣大侵攻』――王都周辺から魔獣の群れが人里へ押し寄せる時期が、すぐそこまで迫っていた。


「ゼノス様……貴方は知らないでしょうね。結界の強度が落ちた状態で、あの波を迎えることが何を意味するのか」


 去り際に「中央鏡石」に残した、かすかな未研磨の傷。

 あれは最後の警告であり、同時に崩壊の引き金でもあった。



 運命の日は、私が城を去ってちょうど三日目にやってきた。


 地鳴りのような響きとともに、数百の魔獣が王都の目前まで押し寄せた。住民はパニックに陥ったが、ゼノスは笑っていた。


「動じるな。我が城には最強の防御結界がある。魔獣どもなど門に近づくことすらできずに消える」


 城壁の上でそう言い切った直後――


 ガラスが割れるような音が王都に響いた。

 魔獣を退けるはずの光のバリアが、一瞬で歪み、弾け飛んだ。


「な……結界が、破れた……?」


 なだれ込む魔獣の群れ。

「出撃だ、迎え撃て」とゼノスは剣を抜き命じたが、結界からのエネルギーを失った鎧は本来の強度を発揮できず、聖騎士たちは容易く傷ついていった。


「団長、助けてください」

「ミレイ、魔法で敵を焼き払え」


 ミレイは必死に呪文を唱えた。光の束が放たれる。

 だが、その光が向かった先は魔獣ではなかった。


 手入れを怠り曇りきった壁に当たった魔法は、正常に反射せず、思わぬ角度に跳ね返った。


「熱い、魔法が味方に……!」


 ミレイの魔法は乱反射し、前線の騎士たちの背を焼いた。


「無理です団長、魔法が壁に反射しないでヘンテコな方に飛んでいくんです……!」

 ミレイは杖を放り出し、逃げ惑った。


「くそ、なぜ結界が機能しない。ミレイ、もっと光を強めろ」

 ゼノスの声は、悲鳴と魔獣の咆哮にかき消された。



 逃げ延びた老技師の一人が、ゼノスに向かって叫んだ。


「団長、だから言ったのだ。アリア殿の『研磨』こそが、この城の光導回路の命だったのだと」


「何を馬鹿な、あいつはただの雑巾がけの女だぞ」


「知らんのか。地下保管庫の『王国建国記』を読まなかったのか。この壁も床も、聖なる光を増幅する巨大な魔導鏡なのだ。アリア殿は、その純度を保てる唯一の『特級鏡面技師』だったのだぞ」


 ゼノスの顔から血の気が引いた。


 追い打ちをかけるように、王宮長官が駆け込んできた。

「ゼノス、貴様、契約書を確認しなかったのか。『技師が離れた時点で研磨は停止し、三日以内に光導回路は永久に不全となる』と書かれていた。貴様が追い出したのは、ただの掃除係ではない。この国の命綱そのものだったのだ」


「そんな……」


 ゼノスは膝から崩れ落ちた。

 無能な女を追い出し、華やかなミレイを隣に置き、自分の力を示したつもりだった。

 だが、彼が踏みにじったのは、二度と代わりの利かない「王国の心臓」だった。



 その日の戦闘で、聖騎士団は潰走した。


 近隣の自警団や他国の援軍が駆けつけたことで王都の壊滅は免れたが、第一聖騎士団の威信は地に落ちた。

 ゼノスは「愚行によって王城を危機に晒した罪人」として、地位と財産をすべて剥奪された。


「団長ぉ……こんな貧乏で落ちぶれた男と一緒にいるの嫌ですぅ。さようなら」


 あれほど甘えていたミレイは、ゼノスが財産を失ったと知ると、あっさり見切りをつけて別の貴族のもとへ去っていった。


「待ってくれ、俺を見捨てるのか」


 誰もゼノスを振り向かなかった。部下からは軽蔑され、民からは石を投げられた。

 着の身着のままで城を追われ、あてどもなく街を彷徨う身になった。



 一週間後。


 港町の工房のドアを、激しく叩く音が響いた。


「アリア! アリアはおらんか」


 扉を開けると、髪はぼさぼさ、顔は泥と涙で汚れた、見る影もないゼノスが立っていた。


「頼む、戻ってくれ。お前がいないと騎士団が駄目になる。俺が悪かった。何でもする、どうか城に戻って鏡を磨いてくれ」


 彼は石畳に膝と額をつき、なりふり構わず訴えた。


 私は作業用のエプロンを整え、手にしていた研磨布を丁寧に折りたたんだ。


「ゼノス様。貴方は以前、私の仕事を『古い布で床を拭くだけの無駄な作業』とおっしゃいましたね」


「違うんだ、俺は知らなかったんだ。お前がそんな技術を持っていたなんて」


「いいえ、知ろうとしなかっただけです。私が毎日どれほどの思いで石の状態を確かめ、微小な曇りを取り除いていたか。貴方は仕事の表面だけを見て、価値を理解しようとしなかった」


 私は静かに告げた。


「契約書にもあった通り、私の技術は信頼と正当な評価のもとにのみ提供するものです。価値のわからない方に差し出すものは、もう何もありません」


「そんな、頼むアリア。このままだと俺は……」


 そのとき、外で待機していた王宮の警護兵が踏み込んできた。

「ゼノス前団長、無断で追放地域を離脱した罪で拘束する」


「いやだ、放せ、アリア……!」


 引きずられていく声を、私は静かに見送った。



 その後、王城からは正式な謝罪文と破格の条件での復帰要請が届いたが、丁寧に断った。

 代わりに、信頼できる弟子を数名派遣し、基礎的なメンテナンス方法を指導させるにとどめた。一度壊れた信頼は、金を積まれても元には戻らない。


 ゼノスは開拓村での終身刑を言い渡され、かつて「泥臭い」と馬鹿にしていた力仕事を、今も続けているという。

 ミレイもまた、取り入ろうとした貴族に詐欺師と見破られ、街を追われたらしい。


「今日もいい天気ですね」


 工房の窓を開け、差し込む光を浴びる。

 テーブルの上には、磨き終えたばかりの小さな手鏡。

 澄んだ鏡面には、青い空と海、そして少し晴れやかな顔をした私が映っていた。


 私は今日も、光を求める人々のために、静かに鏡を磨き続ける。

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