1-26:あなたの力を見せてやりなさい、ティンカーベル!!!
気分が最高潮に盛りあがってきたところで、前方に見えますのは傾斜の急な丘――というより今のわたしたちにとっては発射台。
それは遺跡に向かう途中で目印にした、通称〈雪男の腕〉なる特徴物。その名のとおり大きな手をあげたように頂上が空に伸びているため、極限まで加速したそりで駆け抜ければ羽がなくともぶっ飛ぶことができるでしょう。たぶん。
「あの丘を目指して征きなさい、マロック!! 前だけを見つめて天高くっ!! 音の速さも光の速さも超えて駆け抜けてっ! あの蒼い蒼い大空に向かってええええんっ!!」
「……盛りあがってるところ悪いんだけどさあ、赤ずきんちゃん。飛んだあとは? 女王ぶっ倒したとして着地とかどうするのさ。もちろん考えてあるんだよね?」
「ええと……そのときはそのとき!! 征け逝け!! 輝ける未来をつかむのですっ!!」
「うわああああっ!!! これ絶対ダメなやつだあああっ!!」
しかし着地の心配をしたところでもう遅いのです。
上空を舞う女王は最短距離で追ってきていますし、今はちょうど発射台となる〈雪男の腕〉と向かいあうかたちで直線上に並んだところ。
つまり崖からダイブしてティンカーベルをぶっ放すなら最高のタイミング。
だからわたしはとっておきの、マロックならば絶対に効果のある言葉をかけました。
「ご・褒・美!! なんでもしますからっ!! 裸エプロンだろうがきわどい下着だろうがどんとこい!! あーん!! もしかしてわたし、めちゃくちゃにされちゃうかも!?」
「よっしゃああああああ!! みなぎってきたぞおおおおおおお!!」
……うわ、やっぱり効き目ばつぐん。
本当に救いようのないおバカさんですね、この子。
とはいえおかげでマロックの走りは呆れるほど勢いを増し、一度〈雪男の腕〉の横を駆け抜けたあと、そりをくるりと滑らせて反転――まったく減速せずに今度は丘の上を目指して逆走します。
さすがの蛾の女王とて、逃げまわっていた獲物が急に向かってくるとは考えてもいなかったのでしょう。不意を突かれて動揺したのか、遠目からでも巨大な身体を震わせたのがわかりました。
でも驚くのはまだ早いですよ。
だってわたしたち、これから空を飛んでみせるのですから。
「風になるのですマロック!! 今のあなたは狼ではなく鳥っ!! さあ羽ばたいて!!」
「ぼくはああああ!! 赤ずきんちゃんとお風呂にいいいぃいいっ!!」
そして――トップスピードのまま、ダイブ。銀色の背中は優雅に宙を躍り、わたしを乗せたそりは地面を離れたあとも空に向かって滑るようにかっ飛んでいきます。
さあ、このタイミングで背後に爆裂魔法を……と思いつつも、蛾の女王の姿をチラリと確認しますと、真っ白な羽毛に包まれた羽がかすかに瞬いたように見えました。
「ねえねえねえっ!! あいつ、クソでか氷柱ぶっ放してきたよ!!」
「ああん……もう!! そりゃ攻撃してきますよねええ!!」
忙しなくて悪態をつく暇すらありません。空を舞うわたしたちのそりを撃ち落とそうと、巨大な氷柱の一群が見る間にぐんぐんと迫ってきます。
飛んでいるといっても実際は加速を利用して浮いているだけ。一撃でも食らえば余裕で墜落するでしょうし、そもそも当たらなくても勝手に自重で落下してしまうはず。
ならばいっそ、女王の攻撃をうまく利用させてもらいましょう。
「マロック!! わたしが今から爆裂魔法をぶっ放しますので!!」
「わかった!! 防御は任せたからねっ!!」
「魔法が当たったタイミングで氷柱に飛び移ってください!!」
「はあああああ??? さすがにムチャすぎじゃないのっ?!」
しかしほかの策を考えている余裕はないのです。わたしはティンカーベルを肩にかけ直し、前にいるマロックに頭をさげるよう指示を出したあと、早くも間近にすっ飛んできたクソでか氷柱めがけて、思いきり手を伸ばしました。
「暴虐の覇王よ! 我が願いに応じ憤怒の鉄槌を振るいたまえ! ――破壊の鎮魂歌!!」
詠唱とともに手のひらがまばゆく輝き、わたしの内なる魔力が破裂するかのごとく勢いで一気に解放されていきます。
直後、耳をつんざくほどの轟音とともに衝撃波が発生し、あわや衝突寸前だった巨大な氷の塊は空中で制止したように減速します。同時に魔法を放った反動でそりもふわりと浮きあがり、前にいるマロックは宙を蹴るようにしてさらに高く跳び――見事、クソでか氷柱の表面に着地。
この場に観衆がいれば、拍手喝采間違いなしの大曲芸。それを成功させた本人が一番驚いたようで、
「うっそ……!? マジで成功したよ???」
「はいはい、その調子その調子。まだ飛んできてるし高さも足りないので次もよろしく」
「はああ!?」
わたしのムチャぶりに唖然とするマロック。とはいえ彼が不平をこぼす間もなく第二陣の氷柱が放たれてきましたし、攻撃を放った女王もぐんぐんとこちらに近づいています。
『――キュエエエエエエエッ!!』
強大な魔物となった彼女はもはやお行儀よく話すことすらできないのでしょう、ごうごうと吹き荒れる上空の風を切り裂くように、甲高い咆哮をあげました。
わたしは再び眼前に迫ってきた巨大な氷柱に爆裂魔法をぶつけ、頼れる相棒くんも無事に二回目の曲芸を成功させます。そのうえ彼は氷柱の表面を駆け抜け、そりをさらに上空まで引きあげるという離れ業までやってのけました。
「赤ずきんちゃんっ!! 今しかないよっ!!」
「わかっていますってば!! この位置からであれば……なんとかっ!!」
覚悟を決めてそりから身を乗りだすと、横殴りの痛烈な風が肌を打ち、銃を構えるだけでも一苦労。そのうえ女王はこちらの攻撃を警戒したのか、渦巻く吹雪をさらに引き寄せて巨大なシルエットを包み隠そうとしています。
とはいえマロックのおかげで、今やそりは相手よりも高い位置。
赤ずきんちゃんの腕とティンカーベルの精度を考えれば、決して悪い条件ではないでしょう。素早く銃の照準を合わせて、高らかに叫びます。
「――あなたの力を見せてやりなさい、ティンカーベル!!!」
そしてわたしは女王めがけて、鉛玉をぶっ放しました。




