第18話 異世界冒険と勇者トロ
第18話―――異世界編①
その世界は、静かに死につつあった。
大地は黒くひび割れ、かつて森だった場所には灰色の苔しか残っていない。
風が吹けば、土は砂のように崩れ、空気には腐った鉄の匂いが混じる。
十五年前、突如復活した邪神とその軍勢は、地上に生きる人間や生物を滅ぼさんと進撃を開始した。エルフ、ドワーフ、獣人たちも協力し、反撃したが、敵はあまりにも強かった。
幾つもの星を滅ぼしてきた終焉の邪神。星そのものを「終わらせる」存在。
星の命――
この世界では、それを「星の精霊」と呼ぶ。
かつては大地を巡り、海を満たし、空に命を与えていた存在。
だが今、その鼓動は、ほとんど聞こえなくなっている。
―――
神殿の最奥。
白い石の床に、ひとりの女が膝をついていた。
女僧侶。
かつて勇者やその仲間達と共に、破壊神と戦った、唯一の生き残り。
共に戦った仲間達は破壊神と相打ちになり、みな逝ってしまった。若い彼女だけが生かされた。生き残ってしまった。
四十歳になった彼女の髪には、隠しきれない白が混じっている。
神殿では高位に就いているが、その肩は常に重く、背中は少し丸まっていた。
「……今日も、祈ることしかできません」
声はかすれ、唇は乾いている。
祈りの言葉は、もう何万回も口にしてきたものだった。
――勇者とその仲間達が死んでから、二十五年。
破壊神は倒された。
世界は救われたはずだった。
だが、邪神はそれよりも、はるかに残酷で絶望的な敵だった。
「神よ……どうか……我々を」
答えはない。
もう何年も、神からの啓示は途絶えている。
女僧侶は祈りながら、ふと、胸の奥がひどく冷えるのを感じた。
希望が、すり減っていく感覚だった。
「……私が、もっと強ければ……」
回復しかできなかった。
最後まで、守られる側だった。
勇者は、仲間たちは、命を懸けて世界を救ったのに。
「みんな……私は……一番弱かった私が死ねば良かった…うう…ニーシャさん…ダレン……勇者様……」
「誰か…お願い…」
「誰か…助けて…」
女僧侶は一心に祈り続けた。
そのとき――
ごごごごご……
神殿全体が、震えた。
「……地震?いえ、まさか邪神の軍勢がここまで」
「大司祭様!ご無事でしょうか?この音は!?」
違う。地震ではない。
音は、上から来ている。
ごごごーっ!!
雷鳴のような轟音。
天井の装飾がきしみ、神殿の外がざわめく。
今は大司祭となった女僧侶は、ゆっくりと立ち上がり、静かに告げる。
「邪神の手の者かもしれません。私が出ます。」
最後まで諦めない。生かされた者の意地。
諦めて……たまるものか!
勇者様、ニーシャさん、ダレン、お願い、私に力を貸して。
最後まで見守っていて。
女僧侶の手は震えていた。
―――
空を見上げた瞬間、言葉を失う。
そこには――
この世界には存在しない、巨大な鉄の鳥があった。
翼を持ち、腹から風を吐き出し、あり得ない速度で降下してくる。
邪神の配下のドラゴンではない。
「……なに、あれ……?」
「大司祭様を守れ!武器を取れ!」
轟音と共に、鉄の鳥が大地に着陸した。
砂塵が舞い、衝撃が走る。
神殿の兵たちが武器を構える中、鉄の鳥の、横腹が開いた。
どこからか階段のような物が現れ、降りてくる人影。
敵?
黒い髪。
見慣れない服装。
だが、その立ち姿――その顔立ち。
「……勇者様……?」
喉から、自然と名前が零れ落ちた。
そんなはずはない、ありえない。だがその黒髪の人物は、かつてこの世界を救った勇者トロに生き写しだった。
その青年は顔を上げ、自分と目が合った瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
「……君は……君の…名は? 」
「……あ、あなたは、ゆう……いえ、私は、この神殿の司祭をしている者です……」
「ああ…その声…サマンサ…君なのか」
気がつけば、二人とも涙を流していた。
青年の声は、確かに違う。髪の色も、肌の色も違う。
女の見た目は、歳は重ねたものの、今でも美しいあの頃のまま。
「サマンサ、俺だ。信じられないかもしれないが、君と、ニーシャとダレンと共に、破壊神シドレーンと戦った…勇者トロの生まれ変わりだ」
「勇者トロの頃の記憶も、ちゃんとある」
膝から、力が抜けた。
サマンサと呼ばれた女僧侶は、その場に崩れ落ち、顔を覆う。
「……ああ、神よ……」
―――
破壊神と相打ちとなり、地球へと転生した元勇者、そして現Aランクダンジョンハンター。
―――土呂野ヨシヒトが、目を潤ませながら優しく言った。
「変わらないね、サマンサ」
「もう、すっかりおばさんです」
「とても綺麗だ」
「勇者様は…そう言って私を口説いたこともありましたね」
「いや、それは言わないでくれよ」
巨大な鉄の鳥の横腹から、人影が現れる。
信じられない程の美貌の、十代半ばに見える少女、その少女に付き従うメイドの格好をした若い女性。
そして、二十代前半に見える不思議な雰囲気の女性と若い剣士。
さらに――
宙に浮かぶ、見たこともない箱型の何か。
『いやーここが異世界か』
『時間の流れ、日本とほぼ同じなのか』
『結構早く着いたな、三時間くらいか?』
『アノジョセイナイテマース』
『ほえーゲームを現実にした感じだな』
『賞品の異世界往復航空券、本当に使えるとはね』
『部屋でポテチ食べながら異世界をライブで見られるなんてね、時代も進んだよ』
この絶望の大地に、配信ドローンを通じて地球の視聴者達の頼もしく、愉快なコメントが流れる。
その光景を見て、女僧侶ははっきりと理解した。
神に祈りが、届いたのだと。
―――
サマンサは一行を神殿へと案内する。
かつては白く輝いていた大理石の回廊は、今や所々が欠け、黒ずんだ染みが残っていた。
邪神の影響は、ここにまで及んでいる。
「……ここも、ずいぶん変わったな」
元勇者は低く呟く。
床の傷、壁に刻まれた修復の痕。
それらはすべて、勇者がいなくなった後の年月を物語っていた。
「勇者様達が守ってくれた平和は、確かに続いていました、しかし十五年前に…」
サマンサは、震える声で世界の現状を語る。
邪神。
死につつある星。
たとえ邪神を倒したとしても、救えないかもしれない未来。
話を聞き終え、元勇者は共に鉄の鳥――飛行機でやってきた一行に深く頭を下げる。
「……すままい、助けてほしい」
レンは、霊刀富士山を握りしめ、一歩前へ出る。
「見過ごせません。
土呂野さん、僕は共に戦います」
こずえは静かに首を振る。
「私は、ごめん。直接は介入できない。女神の世界にもルールがあるの。人間のあなた達が戦うのよ」
『同じ人間同士、俺らが力を貸すぜ』
『拙者らがいれば心配はありませぬ』
『サマンサちゃん、大船に乗ったつもりでね』
『ワタシモイッショニタタカイマス』
『邪神狩りじゃあああ』
『仕方ない。邪神とやらをわからせてやりましょうか』
地球の同胞達が、力強い言葉をくれる。
―――
神殿の最奥。
分厚い扉が、重々しい音を立てて開かれる。
そこは、祈りの間であり、同時に――
英雄を祀る場所だった。
壁には、かつて破壊神を破った一行の銅像。
戦士、魔法使い、僧侶、そして勇者。
そして、その中央。
台座に静かに安置されている一本の剣。
元勇者は、懐かしそうに呟いた。
「……まだ、あったのか」
トロの剣。
勇者トロが愛用した両手剣。
破壊神と相打ちになった瞬間まで、その手に握られていた勇ある者の剣。
だが、剣身には無数の細かな傷が刻まれている。
それは磨耗ではなく、数多の強敵達と戦った証そのものであった。
しかし今――
「……その剣に、力は、ほとんど残っていません」
サマンサの声は、わずかに震えていた。
そのとき、謎の美少女が一歩前へ出た。
小さな美しい手が、そっと剣に触れる。
――瞬間。
空気が、わずかに震えた。
サマンサは、はっと息を呑む。
この神殿にまで及んでいた、邪神の気配が、絶望の空気が晴れた気がした。
「……土呂野さん、頑張ってね」
そう言って美少女が剣を元勇者に渡す。
剣が――唸っている。
また暴れようぜと、やれるよな?と。
元勇者―――土呂野ヨシヒトははっきりと理解した。
「……あ、これやばいやつだ」
―――人類の反撃が始まる
第19話に続く。
あの当時は、カデットが抱き合わせで売られていたんですよね。
抱き合わせのホラーゲームも面白かった。
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