第11話 歌声とバフ効果 【挿絵あり】
第11話
モンスターは、ダンジョンの外へは出てこない。 それはダンジョンマスターが定めた、絶対のルールだった。
――例外が、ひとつだけ存在する。
現代兵器によって、ダンジョンそのものを破壊しようとした場合だ。
八年前。 愚かにも、その禁を犯した小国があった。
結果、ゾンビ、スケルトン、ミイラ―― アンデッドの群れがダンジョンから溢れ出し、その国は数日のうちに壊滅した。
今もその地では、死者たちが彷徨い続けている。
生き残った人々は、巨大な壁に囲まれた都市を築き、抵抗を続けていた。 ダンジョンマスターの報復を恐れ、国連は、あからさまに手を貸すこともできない。
―――
亡国
壁の上。 レジスタンスに参加する二十代の青年が、ぼんやりとスマホを眺めていた。 疲れ果てた彼の目に、もはや光はない。
画面に映っているのは、今、世界中で話題になっているという遠い国のダンジョン配信。 若いハンターの青年と女性、そして――異様なまでに美しい少女。
眼下では、アンデッドの群れが蠢いている。 この壁も、いつまで持つかわからない。 壁が破られた時、自分もゾンビとなって彷徨うのだろう。
アンデッドに殺された者は、アンデッドになる。
彼の家族も、あの中にいる。
最初の二人が歌った日本の歌は、歌詞こそ分からなかったが、嫌いではなかった。
青年のほうは、正直、少し微妙だったが。
そして次は、あの美少女の番らしい。
――なんて、心に染みる歌なのだろう。
疲れ切った体の奥から、静かに力が湧いてくる。
そして、見た。
壁の下にいたゾンビの一体が、かすれた声のような何かを発し、 柔らかな光に包まれて、静かに消えたのだ。
続いて、もう一体。 さらに、もう一体。
青年は息を呑む。 何が起こっているのか、理解できない。
戸惑いながらも、何かに導かれるように、 彼はスマホを緊急放送用のスピーカーへと繋いだ。
音量を最大にする。 なぜそうしたのか、自分でも分からなかった。
少女の歌声が、壁の内と外へ、静かに響き渡る。
国を滅ぼされ、死してなお人々は尊厳を踏みにじられてきた。忌むべき存在、そして哀しき死者の群れ。
「……」
喉が鳴ったが、声にはならなかった。
次々と光に包まれ、 白く、淡く、まるで夜明けの霧が溶けるように消えていくアンデッドたち。
あまりの眩しさに、青年は思わず目を細める。
その耳に――
「ありがとう」
誰かの声が、確かに聞こえた気がした。
―――
同じころ、日本
まだ幼い少女は、生まれつき原因不明の病を患っていた。 自由に外を歩くことはできず、この病室だけが、彼女の世界のすべてだった。
そして、その彼女の見る世界には――色がなかった。
色のない世界でも、それでも彼女は、決して悲観的ではなかった。 日々の小さな楽しみを、大切にしていたからだ。
そのひとつが、スマホで見る配信。 ダンジョンハンター・レンの配信だった。
何度も肝を冷やしたが、恐ろしいモンスターに立ち向かうレンの姿に、彼女は憧れていた。
私も、いつかハンターに。
もちろん、それが決して叶わない夢だということは、分かっている。
今日の配信は、どうやらカラオケらしい。
レンの歌は、正直、とても褒められたものではなかったが、 少女は目を閉じ、一生懸命に歌う彼の声に、静かに耳を傾けていた。
次の曲は、知らないアニメソング。 テンポが良く、とても素敵な歌だった。
そして――
目を閉じたままでも分かった。
空気が、はっきりと変わった。
――奇跡が、彼女の耳に届いた。
何の言葉なのかも分からない。 それなのに、涙が、止めどなく溢れてくる。
気がつけば、生まれてからずっと当たり前だった胸の苦しさが、 嘘のように消えていた。
手で涙を拭い、ふと窓の外を見る。
そしてはじめて知った。
この世界の、なんと美しいことか。
――空が、青い。
それはまるで、
生まれつき視力の弱い赤ん坊が、
初めて眼鏡をかけて、
目の前の大好きなお母さんの顔を見た瞬間のような、
そんな笑顔だった。
……
その日、日本中で。
そして、世界のあちこちで。
説明のつかない奇跡が、静かに報告されていった。
あの赤ちゃんの笑顔は忘れられません。
どんな笑顔?の形容詞として最強だと思っています。
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