第10話 カラオケと謎の歌
第10話
イオニモールの一角にあるカラオケルームは、昼間ということもあって比較的空いていた。
「ここが……カラオケ」
防音ドアの向こうから漏れてくる音に、少女は少しだけ目を丸くする。
「そうです。日本人の娯楽の代表格ですね」
レンがそう説明するが、声に自信はない。
「“空のオーケストラ”でカラオケ。日本で生まれて、今じゃ世界中でナウでヤングなナウヤンにバカウケなんですよ♪」
「まあ……僕はあまり来ないんですが、きっと気に入ってもらえると思います」
追尾型配信ドローンも入れるようにと、少し大きめの部屋を選び、三人はソファに腰を下ろした。
「きゃー、お嬢様の瞳って見る角度に寄って色が違うのね、キレイすぎるー」
「まずはドリンクを頼みましょう、メニューに写真がありますから」
まずは飲み物をオーダーする。少女が選んだのは、色が綺麗だったからかメロンソーダ。レンは無難にコーラ、こずえはハチミツ入りりんごジュース。
「じゃ、順番決めましょう! まずはレン君からで! レン君は配信者なんだから、何を歌うかは視聴者の皆様に決めていただきましょう」
『いいね、ただ音痴っぽいしなー』 『元国民的アイドルグループの歌に一票』 『レンの歌なんか、なんだっていいって』
「え、僕から!? 困ったな……」
「……楽しみ」
有無を言わせない流れだった。
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一番手:ダンジョン配信者
望月レン
配信者投票で決まったのは、解散してしまったあのグループの代表曲。レンとはだいぶ世代が違うが、一応知っているようだった。
前奏が流れ出す。
『まあレンには期待してないし』 『また懐かしいのきたな』 『レン君頑張って』 『お前、オレとそこ代われー』
レンは心を込めて真面目に歌っているが、特筆すべきところはなく、正直言って凡庸だった。視聴者たちも空気を読んでか、コメントは途中から控えめになった。
画面に表示された点数は、42.8点。
分析レポートには、
「もう少しお腹から声を出して、自信を持って歌いましょう、あとやっぱり君にはナンバーワンになってほしい」
と、優しめの評価が並んでいた。
「レン君は、ダンジョンアタックもいいけど、歌ももう少し頑張りましょうね」
「……うん、とてもよかった」
少女はにこりと笑ってそう言った。
超越的美少女は、気遣いのできるお嬢様だった。
レンは深く頭を下げ、静かにマイクを置く。
「……はい、次の方どうぞ」
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二番手: 配信事務所スタッフ
佐川こずえ ( ? )
「じゃ、次は私いきます!」
イントロが流れた瞬間、部屋の空気が変わる。
大人気アニメの劇場版主題歌。顔からノコギリが生えてくる、あの作品だ。
『いいじゃん、これ大好き』 『映画見にいった』 『駄女神普通に楽しんでるな』 『これ歌うのムズいよね』
「♪――! 死ぬくらいかわいい~」
ノリノリでダンスを踊り、少女やドローンに向かって上目遣いで歌う。
「マイダーリン♪ マイダーリン♪ マイダーリン♪」
(……こずえさん、性格だいぶ変わった気がする。何かあったのかな。元々よく知らないけど)
『うまっ』 『え、普通に上手い』 『この速さなら言えるけど、女神様から体を貸してくれたら好きな小説の世界に転生させてあげるって言われてOKしたの』 『この子好きかも』
コメントが勢いよく流れる。
こずえは心から楽しそうに歌い、流行りの振り付けまで完璧にこなしていた。
少女も満面の笑みで、自然と体を揺らしている。
画面に表示された点数は、97.6点。
分析レポートには、
「普通に上手だったし、踊りも完璧だった。でもキミ、あとでワシのところに来なさい」
「おしいー。あ、やべ、アイツに見つかった。まいっか、イエーイ♪アリガトー」
汗を拭い、ハチミツ入りりんごジュースで喉を潤す。
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三番手: 超越的美少女なお嬢様
名前は表示不可能
「じゃあ……次は、お嬢様ね。はい、マイク」
こずえにマイクを渡され、少女は一瞬だけ戸惑った。
「……歌」
――その瞬間だった。
画面が、一度だけ暗転する。
「……あれ?」
そして、曲名が表示された。
だが、それを読める者はいなかった。
『なんだ、読めないぞ』 『バグった?』 『これ外国語?』 『おお、お嬢様がお歌を!?』
文字は、見たことのない形をしていた。
「……これ」
少女は画面を見つめたまま、静かに言う。
「知ってる」
前奏が流れる。
とても静かな曲だった。
子守唄のようで、どこか遠くへ引き延ばされるような旋律。 音の輪郭が曖昧で、時間そのものがゆっくりと薄まっていくようだった。
少女は、そっと立ち上がり、歌い出す。
ドローンが意志を持ったかのように、少女へとレンズを向けた。
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世界中の人々が、固唾を飲んで画面を見つめていた。
息をするのも忘れ、ただその歌に耳を傾けている。
言葉は、誰ひとりとして理解できなかった。
地球上に存在しない言語。 字幕も表示されない。
それなのに――
『……あれ?』 『なんでか分からんけど』 『涙出てきた』 『ウツクシイー』
声は小さく、決して力強くもない。
だが、不思議と音が途切れない。 息継ぎの気配すらなく、声だけが空間に残り続けていた。
少女は、静かに歌っていた。
まるで――
「大丈夫」と、確かめるように。
レンは、気づけば涙を流していた。
こずえは、幸せそうに気絶していた。
やがて歌が終わる。
拍手は、なかった。
誰も、すぐには音を出せなかった。
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「……ちょっと、はずかしかったかも」
少女はマイクを置き、恥ずかしそうに少しモジモジしながらレンとドローンのレンズを見る。
軽く指を振ると、こずえが蘇生した。
コメント欄が、遅れて動き出す。
ダムが決壊したように、世界中から拍手と歓声が溢れ出した。
『撮ったか!? 録画したか!?』 『すごい……』 『なんでこんなに泣いてるんだ俺』
バグっていた画面が、何事もなかったかのように正常へ戻る。
表示された点数は、なぜかひらがなで――
「まんてん」
分析レポートには、一言だけ書かれていた。
「全ワシがないた」
配信の再生数が、異常な速度で増えていく。
機械の処理が追いつかないほどに。
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そしてこの時、誰もが想像だにしていなかった。
この歌が、世界に何をもたらすのかを――。
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