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第1章 7節 「義勇戦争」

 冬は過ぎ去ってしまったが、よく腕を広げればほんのりと香りが分かる。巨大な潮の変動にも関わらず、船はきっちり速力を維持していた。

 「暇だ」

 マラトは座り込んでサラセタに背を預けている。チュニスからイタリア、最終的にはドイツへ向かう旅路だ。

 ロシアとポーランドの戦争に際して英西という2つの大国は、火種が飛んで直接衝突、世界を巻き込む大戦争に発展することを恐れた。しかし異教が強大化するのを見過ごす訳にもいかない。

 そこで、物資支援をしながらも軍事的援助は加えないと誓い合い、今後の紛争についてもなるべくこれを踏襲することとした。

 ロシア側にはイングランド、オスマントルコ、デンマークが、ポーランド側にはスペイン、ローマ教皇、オーストリアが立ち、両国の背中を押し合う代理戦争が幕を開ける。

 ロシアの統制が乱れているのは言うまでもないが、ポーランドの方も着々と戦争準備を積んでいた訳ではない。しかし、誇り高き騎士たちは迅速に集まり、3つの師団に分かれて雷撃の如く中央ロシアを蹂躙する戦術に覚悟を決める。

 南の師団が最初にロシア貴族の兵団と会敵した。最精鋭の部隊が出撃する。雪の溶けかけた平野でも整いを崩さず破壊力を放ち、1騎1騎の技巧が地獄のように折り重なって敵を沈めた。

 殺戮を続けるうちに、指揮官はあることを直感する。それを確かめるため自ら森に突入した。

 木々を縫って走り、視界のよい位置を取ると、兵団の行進が見える。

 長蛇の全容は捉えきれず、しかし突撃を敢行した戦列を超えるのは自明だ。彼らは陽動で、主力が森に隠れて背後を奇襲する作戦だったのだ。

 指揮官は森を飛び出し、自軍の本営に報告しようとするが遅かった。不明の方角から砲撃を食らった師団はバランスを崩し、勢いそのままに薙ぎ倒されていく。

 だが、騎兵たちは己で判断し、最小限の戦力を残して指揮官の下に集合した。ほぼ無傷であるこの軍団が舞い戻る。

 行きよりも遥かに太い光速を叩き出すと、一本槍で敵を急所から通過し崩壊させた。更に森に火を放って退路を絞る。ポーランド主軍は直ちに反撃に転じ、兵団は狭い空間から命からがら逃亡した。

 かくしてブリャンスクの戦いはカトリックの大勝利に終わり、軍は更に前進する。

 しかし1週間後、3つのうち中央の師団が智将に直面する。見事に翻弄されて敗走し、国境を越えて押し戻されてしまった。

 攻撃の足並みが崩れ、また兵站の問題からもポーランド王は全軍に撤退と遅滞戦術を命じるが、南の師団は独断で突き進む。半包囲を受けてなお突破を試み、戦線は停滞した。

 これを受け、オーストリアハプスブルク家はカトリック教徒の義勇兵を提供することにした。イングランドにとっては面白くないどころか危機さえはらむ話だが、スペインハプスブルク家は介入に消極的であり、またオスマン帝国の支援を信じて追及を避ける。

 一方、緑の制服のマラトも指示を受けていた。優秀な保安官としてドイツの治安維持の司令塔となるのだ。

 信じられないほどの早朝に叩き起こされ、4日目にジェノヴァに着くと伝えられたが、チュニスでの多くのやり残しに気は浮かない。2日目の中だるみは特に酷い。

 マラトは伸びをした。大きな帆を見上げ、そのまま立ち上がる。昼寝中のサラセタを撫でた。

 「ちょっと歩いてくるね」

 そう言うと起こしてしまった。苦笑し、共に甲板を回る。

 船の向きに従っても抗っても過ぎ去っていく波。あまりの果てしなさに微分され、水平線に帰す。極めて穏やかな海だ。

 しかし完璧に平穏な訳ではなく、遠くの波を一隻の船が乱している。進行方向は同じだろう。

 「ん?」

 マラトは細目を作ってよく睨んだ。

 はっきりとは見えないが、あの帆に覚えがある。

 「ちょっと待ってろ」

 マラトは甲板の中央へ走った。帆を高く張る塔に跳び、縄を掴む。スキップするように上って見張り台に立った。先客が1人あり、やはり船の方を眺めている。

 「ねえ。あれってもしかして」

 男は確信し、頷く。

 「海賊だ。こっちに来ている」

 マラトは甲板を見下ろした。

 「海賊だー!」

 直ちに船員が飛び出し、状況を確認する。それぞれ武器を構えた。大砲も僅かにある。

 向こうから飛んできた。


 塔の根元に着弾して大きく揺れたが、傾くだけで耐えてくれる。

 マラトは男の手首を掴んでいた。彼を縄の方まで運び、掴ませる。次いで自分も降りていった。

 気付くと海賊はもう目の前だ。小銃の届く距離で銃撃戦が始まる。

 「サラセタっ」

 急いで乗馬し、走り回る。海賊は馬を狙って撃ち込むが繊細な動きを捉えられない。

 装填時間になったのを確認し、甲板で助走をつける。

 「無茶だっ。やめとけ」

 船員の叫びを全く無視し、海に跳んだ。


 着地すると、サラセタは元の船で慣性を消そうと走っている。馬の授けた跳躍は海賊船さえはみ出しそうになったがマラトは踏ん張った。周囲の海賊を倒し、斬り付ける。その隙に船員たちが小銃を構えると、もう降参する他ない。

 彼らを縄で縛り、操縦室を占領し、一件落着だ。

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