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第1章 33節 「第二次レヴァント戦争」

 厳しい冬が終わりを告げる。しかし今春の波は荒い。風が強く、ユーラシアの西にざわめく商船を港に足止めする。

 マラトは教皇領に入ってヴェネツィアの返答を報告したが、動向を監視しておくため再び同地へ派遣された。やはり商人たちの恐怖感は限界らしい。かつてヴァロワフランスとの大戦争に際してムスリムと衝突したレヴァント戦争は大敗だったにも関わらず、またローマ教皇、ジェノヴァ、マルタ、果てには不沈の国スペインという友軍を断ち切ってまで、百数十隻の軍艦を出撃させる。

 イオニア海からの撤退を要求してオスマン帝国領モンテネグロを占領。更に南下し、3月30日、同じく百数十隻のトルコ海軍とサザン島沖で戦闘となった。

 ヴェネツィア艦隊は東西に展開して壁を作った。これに対しオスマン艦隊は縦隊を組み、敵左翼に突撃する。

 小型船と大型船の間に隙間が生じる。しかし砲撃は大型船の方から始まった。射程の長い砲身を向けて弾丸を放ち、真っ直ぐに敵船を壊す。ヴェネツィア船も応戦するがこちらの射程では届かない。それを見た右翼が支援射撃で小型船を掃討しようとするが命中することなく海面にしぶきを上げ、むしろ彼らの動きを隠してしまった。

 こうして拘束された戦列に、小型船の巨砲が火を噴く。

 むしろ泳ぐ大砲と言っていい。爆音を響かせて重荷の船を揺り戻し、高い軌道の弾が敵船に大穴を開ける。致命傷に遠方から虫食いが飛んでくると船は形を失った。つらく天を見上げて沈んでいく。

 もはや防戦一方となったヴェネツィア艦隊に反撃のチャンスはなく、右翼と中央から撤退を始める。

 しかし左翼は遅れた。大型船に追いつかれて多くが拿捕され、痛い敗北を喫した。

 この海戦によってオスマン帝国のイオニア制海権は確固たるものとなった。モンテネグロを取り返し、南に戻ってケルキラ島とケフィロニア島も占領。これとの交換でキクラデス諸島とキプロスを要求した。

 しかしキプロス割譲を拒否されたため侵攻を開始。クレタ島のヴェネツィア艦隊は健在であり、決定的な勝利を掴めず、勢いを渡さまいと無理やりに陸軍を押し上げたが激しい抵抗に遭った。

 結局キプロス北部を手にするに終わり、ヴェネツィアは孤立しつつも失墜は免れた。

 戦争が過ぎ去り、5月。

 マラトはスペインに帰る前にヴェネツィア最後の日を休んでいた。市場を歩いて土産物を探す。

 「ばあっ」

 背後の声に驚かされる。

 お団子の女だ。

 「エレータさん」

 「奇遇だね。私もオーストリアから情勢把握のために来てたの」

 ちゃっかりした彼女に長い腕を腰に当てる。

 「まあ、ヴェネツィアはみんなから嫌われてるのか。戦争なんかしなかったらよかったのに」

 エレータは手を広げてその場を自転した。

 「でも都市の地力はピンピンしてる。ロシアの貴族が劇場を視察にきたみたい」

 「え?」

 きくが早いか手首を掴まれて連行された。

 ヴェネツィアは商業の代わりに上質な書物の出版でヨーロッパの頂点に立っていた。大衆の間で学問が栄え、同時にイタリア=ルネサンスを受け継いで演劇の中心地となっている。

 劇場の前にサルナがいた。

 「行ってこい」

 「ちょっ」

 何を言っていいか分からないまま飛ばされた。後からサラセタもやってきて、サルナに見つかる。

 瞬時に笑顔を作った。

 「奇遇だね。ここで何してるの」

 ウサギを撫でる少女に近付き、彼女は苦笑を浮かべる。

 「こっちがききたいが先に答えると、ロシアの貴族では芸術が盛り上がっていてな。ここまで勉強にきた」

 劇場を一瞬見て、マラトに顔を向けた。

 「お前は何だ」

 「スペインの使節としてヴェネツィアと話し合って、戦争するって譲らないから陣営を追放した。結局負けたね。その後も監視のために潜り込んでた。まさか君がいるなんて」

 豊富な髪に両手を回す。

 「今お土産を探してて。何かいいの知らないかい」

 サルナは、ベルカの手綱を見せた。

 「頼み事をきいてくれたら教えてやろう。馬を繋ぐ柵が見当たらなくてな。劇場を見ている間、こいつらの世話をしてくれないか」

 「なるほど。いいよ」

 マラトは手綱を受け取り、ウサギたちをその背中に乗せる。

 「すぐ戻ろう」

 サルナを見送って広場に動物が溢れた。

 サラセタとベルカが何かを語らう中マラトはウサギを見詰めた、撫でてみる。

 足で拒絶された。

 「ここはダメか、ごめんよ」

 それからは静かに過ごさせてやる。

 夕方になってサルナは外に出てきた。ウサギたちを昇らせ、ベルカに乗る。

 「遅くなったな」

 「全然。むしろ楽しかった」

 マラトも馬に乗った。

 「土産だったな。ここは編み物も優れているぞ。向こうの通りに店が並んでいる。ラテン人には似合うだろう」

 「ふーん。着てみよう」

 サルナは小さく頷く。

 「さらばだ」

 「また」

 そう言って2人はそれぞれの方向に小走りを始めた。

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