第1章 31節 「ロシア=ルネサンス」
戦利品を得た大地が初めての冬を迎える。広くなった領土はそれまでの巨体故に目立ちにくいが、鋼の東部スラブ人は暖炉を灯した。平和を取り戻した民に褒美が与えられる。
「やっぱすごいなぁサルナ」
マフラーを着けるウサギナイトは友人たちと旅行に出かけていた。モスクワで合流し、ロシア屈指の国際都市ノヴゴロドまで馬車を使う。ベルカは後ろを歩く。
右の少女ナジェージタに返した。
「でも勝つのにすごく時間かかった。あんまり納得いってない」
左の少女ケテワンが腕を組む。
「相手だって強いんだからさ、もっと自分を褒めなよ」
「そうだね」
その返事に2人は何かを察した。つついてはいけないときらしい。
サルナはウサギを更に大事に撫でた。その目が閉じ、肩と頭のウサギは見開く。
「ノヴゴロドまでどのくらいかかるかな」
「10日だって」
「遠いなー」
背もたれを使い、更に沈むように座り込む。
寒い旅路を終えてようやくノブゴロドに到着した。馬車を降り、ベルカだけ連れていく。
凍結した川にまたがっており、ロシア風の城壁と館を核としながらドイツ様式の建築が広がっていた。更に新築のラテン様式の住居が富裕な市民を温める。モスクワとはまた違う雪に活気を付けていた。
「かわいい町」
ナジェージタが呟く。ケテワンも見渡した。
「色々と小さいね。ウサギさんたちにちょうどいいかも」
サルナは片手でウサギをもふもふしていた。
「この子たちはおっきい方が好きだよ。走り回れるから」
「飼い主に似てるね」
「移動中走りたかったもん」
3人は微笑んだ。
「あ、見て見て」
ナジェージタが市場を指さした。
「フランスやイングランドのお洋服だって」
店を眺めると織物がおびただしく置かれている。ケテワンがはしゃいだ。
「これとか、これとか、どう?」
サルナは、マフラーとポンチョを気に入っていた。
「ロシア人には似合わないよ。でも案外悪くないかも」
そう言うとケテワンは何着か買った。ナジェージタも靴下を手にしてみる。
次に広場に行った。雪の下は緑が解放されているらしい。安心感のある触り心地を踏み抜いていく。
「走らせてみてよ」
ナジェージタに言われてサルナはウサギを放った。遠くまで走るとすぐに戻ってきて主人の周りをぐるぐるした。
「報告に来たみたい」
サルナはしゃがんで耳を傾げる。ウサギたちを腕に乗せた。
「ふんふん。ほうほう。へー! それでそれで」
2人が快く笑うと、サルナは立ち上がった。ウサギを撫でる。
「向こうに『おもしろそうなもの』を発見したって。行ってみよう」
「おもしろそうなものって」
寒さを溶かして笑う2人を背に歩き出す。
ウサギが走った方向には書店があった。中に入ってみる。
一通り回ってサルナは気が付いた。
「ここ、西ヨーロッパの本の専門店だね」
「ほんとだ」
「ロシア人っぽくない作者ばっかり」
目まぐるしくタイトルを見る2人をよそにサルナは1冊取ってみた。
「ローランだ」
中世フランスで生まれた騎士道文学である。サルナはほとんど名前のみ知っていた。
「ニーベルンゲン」
直して隣のものも取ってみる。
それを戻すとウサギたちに小声を出した。
「こういうの読んだことあるけど、すごくインチキ臭かったの。はまっちゃダメ」
サルナは、ひょっとして東洋の本がないかと探してみる。
それ以上のお宝を発見した。目が丸くなる。
「アウグスティヌスだって」
1000年も昔、ローマ帝国の教会作家である。その著作を2つ手に取った。
「ちょっと持っといて」
ウサギと一緒に片腕に抱く。
もう1周、きっちり見て回ると、両手に本が山積みだった。
「エラスムス、トマスモア、ラブレー。まさか売ってるなんて」
サルナは会計を済ませ、友人たちと観光を続けた。
帰郷後、沿ヴォルガの貴族は小さな劇場を建てるよう指示した。
中央ロシアから文学者や美術者を集め、サラトフにロシア演劇の聖地を築く。
サルナは冬の私兵訓練さえも任せて自室で読書に耽った。




