第1章 28節 「分断された敗戦国」
港の後背地まで喧騒が響き、丘から下る風さえも押し込む。海については革命の器が見送られ大いに盛り上がった。おびただしい人が町を出入りする。
その中をマラトとサルナは歩いていた。ウサギをポンチョに入れ、静かに東へ去っていく。落ち着いた平野に出ることができた。
サルナはポンチョを開かないまま馬に乗る。
「お前の家はブルゴスだろう。ここから南に帰るのか」
マラトもサラセタに乗った。まだ東を向く。
「何年も戦争してて故郷が恋しい。でももしポーランドをお供して欲しいなら、それも楽しそう」
「荷物だと言っただろう。だがせっかくフランスまで来た折、寄りたい場所があってな」
ベルカを右に回す。
「ジャンヌダルクは知っているだろう。100年前、フランスに奇跡を起こしたヒロインだ。その聖地オルレアンに行きたい。お前も道中だろうから、来るか」
マラトは勢いよく回れ右した。
「断る理由が見当たらない。行こう」
ポンチョからウサギが飛び出ると2人は脇腹を蹴った。
北フランスの緑豊かな田園風景は孤立する住宅にも草花を彩っていた。丘と巡り合うとその麓には町が広がり、塔を備える城壁を登って教会を見上げる。中世の伝統的な精神が形に垣間見えた。
そうして由緒ある国を駆け抜け、ヨーロッパ最大の都パリに入る。
伝統の中にあって流行を見逃していなかった。奢侈品に混じって菓子の甘い香りが漂い、楽人の歌が通りに解放されて多くの書店も盛況を見せている。中世社会の集大成であり次世代の先駆を成していた。
ようやくセーヌ川を渡るともう夕方だった。2人は馬を走らせて更に南を目指す。
翌日、無人の平野を見渡すマラトは指をさした。
「あれ、何だろ」
サルナも減速した。2人は隣り合う木の背後に隠れ、その光景を観察する。
兵隊の行進だ。
小走りで荷馬車を引き、歩兵は小銃を持っている。大砲は貴重に囲っているのか見えなかった。軍服は、少なくともフランス王国のものではない。
「先頭に行ってみるぞ」
サルナの呼びかけで東に飛び出した。隊列の何倍も速く駆け抜け、先頭を捉える。
「おーい、尋ねたいことがある」
マラトが言うと指揮官は振り向いた。
並走して小走りになる。
「こちらはカレーより参った旅の者。貴官の兵はどういった集まりで、何用のため東へ向かっているのか」
指揮官は笑顔を返した。近付いて1枚の紙を手渡す。2人で覗き合った。
「君たちも来るがいい。私はブルボン家の当主ルイ。フランスカトリックを束ねる大貴族ギーズ家の対抗として王の母君に気に入られた、新教徒である。ジュネーブにいらっしゃるカルヴァン殿との会談、外交を一任されたのだ」
サルナが斜め前から顔を出す。
「道中でカトリックの強いブルゴーニュを通るだろう。伯爵より通行の許可は頂いているのか」
「くれる訳がないだろう。スペインの属国だ。無理にでも通させてもらう」
マラトも先行して剣を抜いた。振り向いて幅のある面を見せつける。
「そのようなことをすれば戦争になるぞ。またしてもフランスの大地をスペインに掠め取られてしまうのだ」
だがルイは高笑いを見せた。
「何を言うかね青年よ。カルヴァン殿にお会いし、お力を頂き、こちらも力を注げばフランスの土地も威厳も全て取り戻すことができる。勝つか負けるかではない。我が兵団が崩壊しようとも最後の1人をジュネーブに送るのだ」
サルナは素早い剣を首に突き付ける。
「イングランド人の私が言うのも変だがやめておけ。お前らの国はまだ弱い。スペインの侵攻に抗う力があるのか」
そっと払われ、彼は加速した。マラトは右に避けてから並走する。
「止まれっ」
「無理なことだ。王太后のご命令である。そうでなくとも、何としてでもカルヴァン殿にお会いするのだ」
しばらく黙っていたが、間を縫ってサルナがこちらへ来た。小声で話す。
「出発したばかりで現実が見えてないんだ。私たちもついて行こう。国境の直前となれば恐れおののくだろうから、そこを説得する」
マラトは頷いた。ルイに叫ぶ。
「そういうことならば協力しよう。フランスの地理には自信がある」
「理解してくれたか」
ルイが腕を伸べる。それぞれ握手した。
「カルヴァン殿からお力を頂くぞっ」
兵士も雄叫びを返して加速した。




