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第1章 27節 「ガルガリン・ショック」

 町々を集めるライン川を下る。行き交う人の声や馬車の車輪を押さえて刀剣と火器が鍛えられるが、なおビールを造る匂いは強く漂ってきた。

 マラトとサルナはデュッセルドルフで川を西に渡った。また牛の多い平野を並んで走り、休むときには牧草を頂いたりウサギたちとリンゴを分けあったりする。

 プラハを出て7日目、北欧商業圏最大の貿易港アントウェルペンに入った。

 ここには全球から商品が集積している。広く目まぐるしい市場は輸出国別に屋根の布が色分けされ、白のフランスの上質な小麦やワイン、黄色いドイツのチーズやハチミツが賑わう。青のロシア市場も穀物、木材、砂糖、油、塩、毛皮など多様な品物を置く。また黒の西インドの取引所では金、宝石、真珠、大量の銀が卸され、赤いスペイン本国からも小銃や豚肉、青魚、貝が届く。

 サルナは一通り見る前に言った。

 「少し前だったらイングランドの羊毛もあったろうにな」

 スペイン人も頷く。

 「何より東インドの胡椒がない。小さい市場だったら貿易してるとこもあるけど、やっぱりここには無さそう」

 2人は南を向いて海から離れる。屋根の鋭い通りに迎えられ、路地を覗くと工房が音を立てていた。広場の教会は塔を持ち、最初正方形だったそれは円になって外からも4本の柱を伸ばし、上に行くと土台を境により細くなり、繊細な繰り返しをやがて天に収束させた。更に進むと旧ハンザ同盟の商館がある。

 広い1階部分から別れるように6つの壁が角ばった曲線を成し、その屋根は対称ではないが中央にいくにつれて高くなっていた。左側は高いが右側は太く、それぞれ堅く飾られた窓と柱を真っ直ぐ並べている。

 マラトはそこに人の流れが向かっているのが気になった。

 「ねえ、ちょっと行ってみない」

 サルナはウサギを撫で、商館を見上げる。

 「西欧には滅多に来ない。行っておこう」

 そうして教会に近づくと、入口で何列もの金のやり取りが行われていた。老夫婦や子連れも入っていく。サルナは看板の存在に気が付いた。

 「ほう。遥か東方、明国より演劇を輸入したらしい」

 「なるほど」

 言うが早いかマラトは背を向けて歩き出した。

 「馬を繋いでこよう。ウサギはきっと入れる」

 サルナはウサギたちを見回した。顔がほころぶ。

 広場に馬を置いて列に並んだ。

 それぞれスタッフに銀貨を渡して進む。ウサギは笑って通してくれた。

 中で合流するとまず広い空間がある。柱の散らばって立つ奥には屋台があり、やはり明国から輸入したと思われる滑らかな陶器や織物が売っていた。

 「商人たちの渾身のキャンペーンらしい」

 マラトは思わず見とれている。

 「おい」

 サルナに呼ばれて人の流れに戻り、左の廊下に入っていく。

 席に着いてしばらく待つ。合図があって観客が静まった。

 ヨーロッパの楽器でありながら山のように壮大な旋律が伝わる。それに乗って送られるは、上京の後に出世して豪華な生活に耽る男と、故郷で質素に生きる女を交互に取り巻く波だ。俳優の動静や巧みな言葉に引き込まれ、楽しむままに数時間が経ってしまった。

 2人は満足して商館を出る。夕方になっていたが、馬を外しに行くまで言葉も出なかった。

 マラトははっと思い出す。

 「あのさ」

 サルナもはっと振り向く。

 「すごかった、うん。ちょっと言葉を濁して、でもみんなにちゃんと伝わる感じとか。憧れる」

 「ああ」

 「自分もそういうのやってみたい。貴族だったら手紙とかたくさん送りあうでしょ。その、季節の挨拶とか礼儀作法とか、教えてくれないかな」

 サルナは、自分でも弾む心を抑えられないので、庶民ならこんなものかと思った。

 「宿で一休みしたら準備しておけ」

 そう言って歩き出すサルナに感謝を伝える。


 2人がカレーに到着したのは翌日のことだ。都市の門で通行料を払い、マラトは他に服がなかったので職員の無知を祈ったが成功した。イングランドに入国する。

 「むしろスペイン人こそ歓迎かもしれんな」

 サルナが言うとマラトは真っ直ぐに、少し暗く頷いた。

 「大砲とやらが実戦で使われないといいんだけど」

 そうして港まで歩き、人の壁を押し入って馬ながら最前線に陣取った。大きな船がより明るく見える。

 大砲が3つ置かれ、遥か海上に、おそらく無人の船が浮かんでいる。

 「あれに当てるのか?」

 観衆はざわめく。ほぼ点であり、更に波の僅かな揺れでさえ命中を阻む。

 船員が叫んだ。

 「みなさん、歴史的な瞬間へようこそおいでくださいました。これより行われますは、イングランドの優秀な国教徒が発明した、全ての戦争を沈める希望、ガルガリン砲の公開実験でございます」

 巨大な砲弾を掲げる。

 「こちら、なんと21キログラムの重量があります。これを、5キロメートル離れたあの船にぶつけてみせましょう」

 海戦に詳しい者はどよめいた。周囲にも伝播して恐怖さえ覚えさせる。

 「前置きはもう終わらせましょう。早速、ご覧あれ」

 砲弾を詰め込み、着火する。

 轟音が響いた。


 放たれた弾が船に当たる。反動は信じられないほど小さい。

 立て続けに2発目、3発目も着火し、遠方の船は炎上した。海中に沈んでしまう。

 船員は何も言わず腕を広げる。観衆の反応が揺れる時間だ。

 「星空にまで届くんじゃないか」

 「もはや世界一の技術国はスペインではないぞ」

 そう言われてマラトは少し下を向く。

 「大したことない。船はどうせ自沈だろう」

 「そう」

 2人の声は小さかった。

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