第1章 21節 「鋼軍」
春も薄くなって夏に近付いていく。風は大地の諸々の生命を解放するどころか発破をかけるに至り、自由な昼が広がる。
一方のポーランド軍の退却は長く苦しかった。泥道に体力を吸われ、背後のロシア軍からも散発的な攻撃を受ける。兵士たちの不断の歩みが戦果を実らせるよう、態勢の立て直しに注力する。
しかしワルシャワまで戻るようなことはしたくない。ポーランド軍はヴォルコブスクの町に入り、ここの川を渡って対岸に構えることにした。振り返って陣形を南北に並べると、川の両岸は森に閉ざされている。幾重の斥候を遣わしてロシア軍の到来を監視した。
6月24日、マラトの元に報告が入り、師団は戦闘準備を始める。
とにかく防御を極めた構えだ。2本の歩兵戦列で砲兵を挟み、両翼は騎兵で蓋をする。マラトは左翼側に陣取った。
「また森が燃えるかもな」
呟いて少し苦笑した。サラセタを憐れんで撫でる。
「今度もおいしい餌いっぱいあげるから」
サルナはベルカを励ます。西日に向かって進軍していた。
だが森の反対側に敵軍ありとの情報を受け、ヴォルコブスクの町の前で止まる。斥候と話しながらウサギを撫でた。
「森はどれくらいの深さだ」
「大したものではありません。見通しは悪いですが、隊列を組んでも進めます」
「川は渡れそうか」
「問題ないでしょう。かなり穏やかです」
「なるほど」
その方を眺める。鼻と耳に澄み渡ってきそうだった。
「いい森だ」
片手に手綱を持つ。
「今日はもう遅い。だが少し小突いてこよう。敵が我々に恐れを成すようにな」
ウサギを放って小走りになると、一通り小隊長に話をし、騎兵を集めた。
美しい動線で木々を通り抜け、西日の影を飛び出す。
小銃を向けられた。
「放て!」
軽快な陣形で被害をやり過ごす。急加速した。
槍兵が出てくる前に銃兵を荒らし、その勢いで弾き倒す。素早い判断が槍を避けて斬り去った。
サルナは右と見せかけけて左から迫って槍兵を殺す。顔と右腕が舞うと槍を取った。同時に歩兵を斬り捨て、掲げながら走る。
大砲に投げた。
爆発を起こし、周りの大砲に連鎖して火事を起こす。砲兵が離れるとその隙に斬り回った。
ここでポーランド騎兵がやってくる。
「全軍、戻れっ」
森に向かって反転し、小競り合いの場を譲る。その背を狙ってポーランド騎兵は追いかけた。影に入ってなお追撃が続く。
サルナは赤紫の軍服を見た。
「お覚悟!」
飛び降りてくるのを薙ぎ払い、右へずれて走る。
前方の木々を壁に小銃を構えてきた。
こちらも木に跳んで避けた。
そのまま、方向転換にもたつく彼を置き去りにする。
森を出ると夜になっていた。暗い時間帯の戦闘は危険であり、ポーランド騎兵はこれ以上追ってこなかった。
陣地に戻ったサルナは、兵士たちに普段より早く就寝を命じた。テントに入る。
横になって布団を被ると、ウサギたちも入ってきた。
「眠いね」
欠伸をし、頬までしっかり被る。
翌日、マラトはまだ暗いうちに起きてしまった。目の前に敵がいる状況で寝るに寝られなかったのだ。
「お前もか」
サラセタに乗り、ろうそくを持って辺りを散歩してみる。
眠りながらも戦列全体は整っていた。南北に真っ直ぐ並び、スムーズな戦闘準備のため構えている。
斥候たちと共に森を抜けてみると、暗くてよく見えないが相手も真っ直ぐに寝ているようだ。静かに反転し、サラセタに一瞬だけ水を飲ませ、西側に戻る。
別の斥候が走ってきた。
「マラト殿っ。敵軍が動いています」
「え?」
指揮官は森に振り返った。何もきこえない。
「一部の部隊を残して南から回り込んできているのです。朝までに我々を包囲してしまうつもりでしょう」
「なるほど」
言うが早いかサラセタの脇腹を蹴る。戦列に叫んだ。
「起きろー! 戦闘だー」
兵士たちはおもむろに立ち上がり、また小隊長たちも組織系統で起こして回った。暗い深夜に武器を取る。
マラトが南を見詰めると、僅かに灯りが動いていた。東西の縦列で進んでいる。背後は取られたくない。
マラトは左翼に戻った。軍を反転させ、これを右翼にする。
「全軍、回転っ」
北の軍団から反時計回りに移動し、更に全体としても南下していく。ロシア軍に圧力を掛けた。
こうしているうちに、真っ暗闇にも関わらずポーランド軍左翼がロシアの右翼と衝突した。
騎兵が慌てて突撃を敢行するが歩兵のサポートは得られず、むしろ視界不良のために混乱の中で同士討ちが発生した。ロシア軍は広い面から砲撃を行い、乱戦の嵐へ集中砲火する。
ポーランド騎兵は壊滅し、日が昇ってしまうと逆に押し込まれる形となった。
その最中でも師団の大回転は続き、遂にマラトの右翼が敵左翼に攻撃を仕掛ける。
中央からも砲撃を集中して左翼を沈め、側面から騎兵が突撃する。ロシア軍は猛攻撃を前に後退する他ない。
ここで鋼の騎兵が飛び出した。
ポーランド軍左翼と右翼の間に生じた隙間を突き刺し、砲兵を轢き殺して楔を打つ。西に旋回して敵右翼に反撃すると、戦線全体が北へ西へ破れて崩壊していった。
左翼が破裂して逃亡し、ロシア軍は一挙に回転を始めた。大兵力で敵右翼を三方向から潰し込み、遂に撤退を決意させる。
この戦いで、ポーランド軍は21000人のうち7000人の兵を失った。対する18000人のロシア軍は2000人が戦闘に参加せず、同じ2000人の被害で済んだ。
もはやポーランド軍にロシア軍を止める力はない。




