第1章 20節 「懸けられた太陽」
戦争はまた年を越し、西欧の暦で1561年。ポーランド軍はスモレンスクを占領していた。立派な都市に雪が降り、ドニエプルは氷結している。師団はドイツの傭兵と共に雪合戦を始め、また酒を飲んで語らっている。
最後の戦闘が起こったのは去年の11月10日だ。その1週間後にポーランド軍はスモレンスクに入城する。しかし撤退したロシア軍は十分な体力と統制を保っており、こちらも追撃するには戦力不足であった。そのため極寒の地で冬の宿営に入り、しばらく戦況は動いていない。
「寒い。寒い」
マラトは冬服を持ってきていなかった。宿の個室をきっちりと閉ざし、暖炉の前で膝を立てる。サラセタは昼寝をしている。
少しマシになって体を開いた。両手を後ろに置き、長い脚がだらける。真上を向いて欠伸をすると、喉仏とまつ毛が際立った。
サラセタの方を見る。
「お前はそうか。筋肉が燃えてくれるのか」
左の袖をまくり、腕を見回す。血管が出ていた。
「寒っ」
また暖炉の至近距離で縮んだ。
そうして冬をやり過ごし、軍隊の動ける気温になる。
しかし気温だけだった。道には泥が溢れて補給を妨害し、兵站線の長いポーランド軍はしばらく待機となった。
一方のロシア軍もチャンスを逃してしまう。
自国領内のキーロフの町がポーランド遊撃隊に襲撃を受けるが、指揮官は報告をきくとこれが主軍だと勘違いし、無駄な行軍に時間を費やした。
両軍とも大きな戦果を得られないまま、春が大地に乗り上げ、4月。ポーランド軍は東へ進軍を開始した。モスクワを目標に定める。
しかしすぐにロシア軍が現れた。
4月9日、両軍はヤルツェヴォの町を挟んで向かい合う。
北を丘、南を森に挟まれた町で、視界が悪い。ロシア軍の数少ない防衛地点の1つだ。
一方の数ではポーランド軍が優勢。36000人に対するロシア軍は22000人。智将もうかつには攻撃したくない。
そのサルナはヤルツェヴォの町に潜り込み、教会の窓から敵軍を偵察していた。ベルカは外に繋いでいるがウサギたちは一緒だ。額から顎のラインが繊細で麗しい。
「やっぱり向こうからこっちは見えてなさそう」
一通り眺めると、後ろに振り向いた。階段を降りる。
陣地で小隊長たちを集めた。
「会心の一撃でこの戦いを終わらせよう。小回りの効く騎兵は森から行く。お前らは丘を登れ」
「はい」
早速ウサギを放ち、小走りで騎兵を整える。森の寸前で振り返った。
「敵の不意を崩すのだっ。速く来い」
返事を背中で受け止めて鞭を連打する。猛スピードで突入した。
木々を滑らかに避け、光に飛び出す。
敵の準備は遅れていた。
「倒せっ」
一挙に5人を斬り、立っているだけの戦列を砕く。ロシア騎兵は地震を起こした。サルナの震源地から血が広がり、後続がそれを加速させる。地面ごとえぐる波が砲兵を叩き付けた。
サルナは剣の先端で鎖骨の間を刺す。抜いて反動を振ると弾丸を切った。その歩兵が逃げるのを討ち果たし、旋回して戦列の背後を剥がし走る。
ここでポーランドの騎兵がやってきた。大地震に更なる波をぶつけ、ロシア軍は勢力を譲ったかと思えばまた激震を起こして奪い返した。
拮抗する大陸と大陸を駆け、サルナは丘を見上げる。
ロシア軍はいなかった。
行軍が遅れているらしい。彼らが攻撃するはずであった敵左翼の軍団までもがこちらに迫ってきている。
さすがにそれには対処しきれず、サルナは乱戦を飛び出してしまった。
「全軍、戻れっ」
ロシア騎兵は瞬時に反応して森へ転回する。ポーランド軍が追撃に来るとサルナは速度を落とした。後ろを向き、小銃で騎兵の頭を撃ち抜く。その後は剣で馬を払い続けた。森の寸前になって鞭を打ち、加速する。
ポーランド騎兵が森にやってくるが、追撃はそれだけではなかった。
敵軍のほとんどが森に迫ってきている。このまま通過してロシア軍を壊滅させるつもりだろう。丘の方を見ると、ポーランドの別働隊がこれを占拠しようと駆け上っている。
サルナは森を抜けて騎兵を反転させた。敵軍と血の波を起こし合い、これ以上の進撃を食い止める。
轟音が響いた。
森に爆風が起こり、その中心部が燃え立つ。
丘からロシア軍の砲撃が続いた。
サルナは主軍の行動を遅らせ、時間差で敵左翼を押し出すよう指示していた。砲弾の雨は木を倒し、大砲にも着弾して火薬を燃やす。凄まじい炎が立ち上がった。
ポーランド軍は傷だらけになり、森を西へ脱出していく。
今度はロシア軍の番だ。ポーランド騎兵を振り切って歩兵たちに突撃し、辛うじて保っていた隊列を叩き折る。乱戦のうちに丘からロシア軍も駆け下りてきた。無惨にも血の波で挟み込む。
それを追うポーランド騎兵は、もはや戦いを諦めた。何とか逃げ延びる歩兵の護衛に集中し、これ以上の衝突を避けて撤退した。
このヤルツェヴォの戦いで、ポーランド軍は守勢どころか逃亡に回ることになる。智将はたった800人の損失で15000人という被害を与え、その回復には長い長い時間を費やした。兵站線を戻って僅かな軍隊を吸収しながら、スモレンスク、ミンスクまでをも手放してしまう。援軍の見込みもない。
戦争はサルナのてのひらの上だ。




