第1章 17節 「灯る呪い」
太陽が南の空をさっさと通過してしまい、北西を目指して落ちてしまう。その方に涼やかな風も吹いた。
マラトの髪が揺れる。
「平野ばっかりだ」
遮るものもなく光が一直線に差し込む。山がちなスペインが恋しくなってしまった。
だが鋼の智将は戦うことを恐れない。
「はい。明日も頑張ってね」
ベルカに餌を与え、ウサギに人参を渡しながらパンをかじる。行軍中のキャンプだ。
普段はテントで食べるが今日は外に座る。陣の真ん中で動物たちと火を囲んでいた。
「サルナ殿」
小隊長の1人が歩いてくる。
「西方にポーランド軍を捉えました。明日にでも会敵するでしょう」
サルナは、小さい口で飲み込んでから声を出す。
「そうか。報告ご苦労。兵士たちにも伝えてやれ」
「はい」
彼は背を向けて去っていった。
「だってさ。気合い入れようね」
ベルカの頭を叩くと餌を食べ終えていた。その場にしゃがみ込んでしまう。ウサギたちも背に乗った。
「眠れないくらい張り切ってほしいな、もう」
そう言うと下を向き、残りのパンを食う。
ポンチョを開いた。
翌朝、ロシア軍は西へ行軍を始める。
ポーランド軍は本格的にミンスク奪還に乗り出していた。西だけでなく南からも圧力を掛ける。
ワルシャワ方面から迫るのが32000人の師団。傭兵との混成部隊28000人もキエフから北上している。対するロシア軍はドニエプル上流の27000人が南下している。ミンスクには32000人いたが、サルナはこれを3つに分割する。自身は18000人の軍を率いてポーランド軍を迎撃し、7000人の軽装部隊がドニエプル方面の援護へ駆ける。残る7000人がミンスクを防衛した。
サルナは軍を進め、リダの町を過ぎると高地を見上げる。そのせいで向こうから来るであろうポーランド軍の動きは見えなかった。
「イワンの気持ちが少し分かったぞ」
サルナはここで行軍を止めた。騎兵を集める。
ロシアにはこの程度の丘も少ない。正確には数はあるだろうが広さ故に密度は薄く、視界良好で快速を踏み鳴らす軍が度々攻め込んできた。そのため防備を構えなければならない。いつまでも正教会に倒れていてはならない。
そうしても数で劣る場合は、過剰な攻撃もやむを得ない。
「私が直々に斥候に行く。もう他の奴は信用できん」
小隊長に説明すると、ウサギを放った。騎兵を率いる。
丘を駆け上り、頂上に立ってウサギを回収する。
敵の前衛が麓にいた。
騎兵の1人が話し掛ける。
「サルナ殿、戻りましょう。主軍はこの高地に間に合いません」
顔を傾け、ウサギを頬に付けて考える。肩と頭の3匹も集まった。
口角が更に上がる。
「少しちょっかいを出そう。こちらが攻め手なのだと叩き込みたい」
おもむろにウサギを放ち、急速に脇腹を蹴った。騎兵たちも続いて飛び出す。
剣を抜いた。
「去れ!」
反応の間も与えず突撃し、歩兵を斬り殺す。圧倒的多数の相手だが混乱に陥った。逃げか戦か中途半端な腰を流れるように破る。前のめり、逃げる者から首を奪った。
しかし主軍の先頭が小銃を構える。
斜面に跳び乗って避けた。
「帰るぞ」
無傷の騎兵が続き、弾の届かぬ高地から消えていった。
ポーランド軍は高地に南北に陣取った。ロシア軍と同じ形を取る。つまり南側が手薄だった。
サルナは気持ち悪ささえ覚えたが、そのせいで苦笑してしまう。小隊長を集めた。
「意表を突いて敵をひるませよう。左翼に突撃する。しばらく待機しておけ」
彼らが指示を出しに走ると、北へ歩くサルナの元には騎兵が駆ける。位置を見極めると止まった。戦列の前に出る。
「見ろ、あの構え方は我らの写本だ。滑稽極まりない。ロシアの戦い方をしっかと教えてやろうではないか」
戦意の拳が天を衝くと、ウサギを放った。脇腹を蹴る。
敵の騎兵が高地から出てこない。
サルナは戦列全体を眺め、風を感じた。
「開けっ」
騎兵が滑らかな動きで砲弾を避ける。敵の最左翼まで開いて円を幾らか作った。果てしなく分散する彼らに砲撃は割が合わず、遂には止まってしまった。代わりに騎兵が高地を飛び出る。
サルナはスピードを落とした。
「伸びろっ」
右回りと左回りで騎兵が円の頂点へ集まり、横隊を作る。小銃を構えた。
「放てっ」
先頭集団は撃ち抜くや右から反転し、縦隊で去ってしまう。2列目が現れると5列目まで続いた。波状攻撃がポーランド騎兵とぶつかり合い、戦線を停滞させる。
音速のサルナが突撃した。
かち合う騎兵の手首を掴んで斬り取る。腕を捨てて両刀を広げた。次の一騎打ちは右で払うと左が頭を割り、挟まれそうになると左に投げ刺して右を防いだ。また腕を捨てる。かつてないスピードで乱戦を駆け抜けた。
重厚なロシア騎兵の衝突でポーランド軍は薙ぎ倒され、高地まで後退する。しかし斜面で持ちこたえた。速い足場で技巧を見せつけると、血とともに滑り落ちる者が続出した。
この間、ポーランド軍中央は猛攻撃を仕掛ける。
高地にロシア軍の大砲は届かないが逆なら範囲内だった。構える戦列に轟音の滝を落とし、爆風をもたらす。更にはリダの町に届いて火薬庫を爆破した。
この大火事でロシア軍は煙に沈み、焦げた者が南へ逃亡する。北の騎兵と連携が途絶えた。
サルナはこの様子を横目に見たが、動じない。
乱戦を飛び出して強く笑った。
「放てっ」
敵右翼が砲弾に押される。
ロシア軍は逃げたのではなく、高速で展開したのだ。煙が奇跡的に行軍を隠してくれた。横隊のポーランド軍に縦隊で回り込み、広い面からの集中砲火で一点を粉砕する。密集していた右翼は一挙に崩壊した。
ポーランド軍は被害を抑え反撃するべく、縦隊に転回しようとした。
だが騎兵が駆ける。
サルナは斜面を横切って行軍を突き刺す。下に跳び降りると岩を踏んで上に返り、目まぐるしく両刀を振り回した。敵の陣形と方向感覚を乱す。
その間にも砲撃は続く。いよいよサルナの走る地点まで至ったので反転した。爆発から逃げながら師団を斬り殺す。
ポーランド軍は撤退するしかない。高地を西へ降りる。だがロシア歩兵が大砲を奪い、追撃を浴びせた。完膚なきまで血が放出され、規律は失せた。逃げる個人を騎兵が更に追い殺す。
ポーランド軍はほぼ全滅した。
サルナは、ワルシャワへの無防備な道に微笑む。




