表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

第1章 16節 「セウタ封鎖」

 雪解けの水は地に潜って草花に潤いを恵み、あるいは晴れた空に帰り、あるいは川を溢れて春の光と共に小麦を仕上げてやる。

 人の世も同じく、ウォヴィチュの戦いは戦争の流れを下りから上りに変えた。かつてない快進撃を見せていたロシア軍は守勢に回ることとなり、戦闘から1週間後、ワルシャワから撤退する。

 ポーランド人はドイツの傭兵に歓喜した。パンを焼き、新鮮な果実をためらいなく貪る。凱旋はそれまでのストレスを彼方へ放っていく。

 ロシア軍は二手に別れ、ビャイストクとブレストに布陣。兵站と連携を強力に固め、ポーランド軍はこれ以上攻めることができなかった。

 智将サルナは一旦戦線を離れ、モスクワに走る。戦果は十分であることを説明し、講話に入る許可を得るのだ。

 しかしイワンに門前払いを受けた。ワルシャワを占領するまで戦え、とのことらしい。サルナは戦いよりも説得の方が面倒だと判断し、3週間で往復を終えて現場に戻る。

 一方のマラトも休戦の申し入れを提案したが拒否された。ちょうどハプスブルク家の対外政策が準備万端となっていたのだ。

 「セウタが封鎖された?」

 ビャイストクのサルナ。思わずウサギをもふもふするスピードが上がる。

 「海賊の急増を理由に、民間商船保護のためスペイン海軍が動きました。セウタだけでなくカナリアからマルタまで至り、果てにはカリブでの外国船活動も封じています」

 「お節介なことを」

 マラトも不安げに平野を見詰める。

 「しかし、実際問題としてイングランドとオスマン帝国は裏で海賊を支援しています。これはスペインとしては当然の対処なのです」

 「そうじゃなくて」

 マラトは戦火が広がることを危惧していた。

 だが眠れぬ日々も1週間ほどで終わる。

 スペインは巨額を投じて港町の生活を保障した。海賊のみが餌場も庭も寝床すら奪われる。傲慢の王エリザベスはそれでも当たり前のように開戦を指示したが、側近の反対に遭い、封鎖海域の外側で軍備を増強するにとどまった。オスマン帝国もこれに同調し、地図としてポーランドを押しているロシアよりも地中海の軍に物資を集中する。

 そうして春は過ぎ、7月。いよいよマラトは動き出す。

 英雄的勝利によってポーランド軍の指揮権をも任せられた彼だが、智将と正面から戦って再度勝てる実力はない。

 それでも瞳は澄んでおり、まつ毛は落ち着いていた。

 「君たちはブレストの軍を挑発してきて。大きな戦いになりそうだったらそのときは逃げよう」

 マラトは小隊長の1人に伝えた。彼が深く頷く。

 「お気を付けください」

 「どっちのセリフだよ」

 微笑むと、マラトは愛馬の脇腹を蹴った。

 「みんな、本気で走れ!」

 ポーランド、ドイツ、そしてスペインのカトリック教徒が平野を去っていく。


 ポーランド軍はヘウムの町を南から過ぎ去った。一挙に戦況を動かしに掛かる。

 マラトはオスマン帝国の情勢に着目した。ロシアへの関心が薄くなっており、強靭な敵軍に唯一のぐらつきが生じる。そのウクライナに大遠征を敢行し、背後の支え奪って剣で刺してやるのだ。

 真夏の太陽が筋肉を搾る。マラトは馬の背の水筒を取った。給水し、喉仏が震える。

 幾らかの騎兵が丘に立っていた。

 「サラセタっ」

 旋回し、剣を挙げて叫ぶ。

 「敵の斥候を生かすな」

 彼らも気付いた。丘から駆け下りていく。

 マラトが率いるのはポーランド騎兵の精鋭だ。指揮官に遅れを取らない。丘を側面から越えると斥候は川を渡った。

 「止まれー!」

 小銃で1騎を殺し、坂を利用し跳ねる。対岸に着地するとポーランド騎兵も続いて何人か斬った。

 分散して森に入るが、騎兵たちは担当を決めていた。それぞれ陰にあっても見失わない。

 マラトは鞭を打った。

 「跳べっ」


 馬は木の幹を蹴ると左に跳びまた蹴った。それを繰り返すうちに高度も上がり、やがて2本飛ばしさえ習得し斥候を追う。

 敵は恐れおののき右へ旋回したがマラトも続く。木々の間に三日月の線を見通し、外回りを駆けた。サラセタは羽の如き回転で壁を踏み抜く。追いついて先行した。

 「降りろっ」

 斥候を睨み、一騎打ちで腕を落とした。反転し体を踏み、とどめを刺す。

 もう1騎とすれ違うと小銃で撃ち殺した。追っ手が旋回し、2人掛かりで斥候を斬る。

 マラトは森を抜け出した。やがて騎兵たちも日の下に現れ、集まる。

 「全員、任務は果たした」

 「はい」

 マラトは安心し森に戻った。川を渡るときに水を飲ませ、丘を越え、主軍に戻る。

 死体を1つ持ち帰らせていた。その服を模して何枚か複製すると、遊撃隊が着る。

 「ブレストに行って、何もなかったと報告するように」

 マラトはダミーを送り込むと、主軍を率いて東に進みはじめる。


 9月7日、予定よりぐんと早くキエフからロシアの補給部隊を追い払った。

 ちょうど収穫時期となっていた小麦の現地調達で高速度の進軍を達成し、人々の協力もあってドニエプルの支配を取り戻した。ロシア軍の勝利を巻き返す。

 サルナはワルシャワ寸前まで迫っていたが、この動きを受けミンスクに軍を後退させる。兵站線を維持するにはこれしかない。

 ちょうどその頃、スペインの海賊掃討も完了してしまった。

 セウタの封鎖を解くがオスマントルコはアルジェリアに対して何もできず、影響力は失墜した。

 カトリックに奇跡の連続が舞い込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ