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第1章 13節 「湿原の魔女」

 月の目立つ深夜、恐怖の船々がポーランドに魔の手を忍ばせている。

 大陸とクリミアに挟まれた浅い海。その細長い暗礁を一列になって避け、ウサギナイトは先頭の個室で寝床に座っていた。ポンチョは壁にかかっており、白い長袖長ズボンで動物たちと地図を見詰める。

 オスマントルコの傀儡クリミア・ハン国から軍事通行権を頂いた。正確には特別に貸してもらった。ポーランド王はこれを知って彼らに宣戦するかもしれないが、あわよくばその方が好都合だ。

 中央ロシアの戦線は3つの要所に分けられる。

 まずは南部のブリャンスク東方。ロシア軍がポーランドの進撃を押さえ、脇腹を突くため北から援軍を送ったがポーランド側は師団を2つに分け、それぞれ一進一退の攻防となっている。

 中央部のロシア軍はオルシャを占領してドニエプルの西側を脅かすが、モヒリョウのポーランド師団と互いを拘束しあう形となっており動けない。

 北部では主軍がヴァルダイの丘に構える一方、小規模な軽装部隊をザパドニ川の湿地から渡らせ、ミンスクのポーランド軍が離れた際には瞬時に占領できるよう牽制している。

 「モヒリョウの師団を引き付けて、北の仲間にミンスクを総攻撃させる」

 サルナは地図を指で叩いた。動物たちを見回すと、純粋な瞳が光っている。

 「もう寝ようか」

 地図を机に置いて火を消し、布団を被る。


 艦隊がドニエプル川に入ると、運よく南の風が吹いてきた。漕ぎ手はなお強力な働きを献じ、神と人間の友愛が悪魔の喉元へ迫る。

 しばらくはクリミア側の東岸に沿っていたが、次のアレクサンドロフスクの町から両岸がポーランド領となる。逆茂木に挟まれた堀が構えられていた。

 サルナはポンチョを着込み、甲板でベルカに乗る。ウサギたちと共に通信兵に指示を出すため歩いた。旗を変え、全ての船を岸に近付ける。

 精鋭の騎兵を連れて陸に架けられた足場を見下ろす。珍しく槍を持っていた。

 力強く振り向く。

 「軍隊のいない町など肉のない熊同然。さっさと焼き払ってしまうぞ」

 兵士らも槍を挙げて応える。サルナが足場を越えて草地に着くと、勢いそのままに駆ける彼女を追いかけた。後ろの船からも擲弾兵が降りてくる。

 無人の要塞に迫るとサルナは後ろを確認した。騎兵は陣形を崩さず、擲弾兵の行進も早い。最後の船が岸を離れていく。

 サルナは前のめった。

 「止まるなよっ」

 逆茂木に突入するが素早い打撃で破壊してしまう。そのまま堀に飛び込むと小回りのウサギたちが背中まで跳ねてきた。石垣を見上げ、1匹ずつ投げて昇らせる。逆茂木を食わせてベルカから跳び、走りながら、手綱とは別に用意していた縄を引いて上がってもらった。

 「ロシアの力を思い知るがいい」

 小銃を撃ち、住民を1人殺す。ベルカに乗ると人々は逃げ惑った。

 この間に逆茂木を破壊して回る。騎兵たちが続々と上がり、走って馬を引いた。

 「殺せっ。奪え」

 サルナは騎兵を町に放つ。建物に押し入ると人々が脱出し、指揮官はそれを突き殺しながら中心部を目指した。

 広場で10人ほど殺すと橋を渡り始めた。人々を突き落とし、下流に船の列を見る。町の対岸に押し入った。

 殺戮のうちに擲弾兵が侵入し、サルナは対岸に煙が上がるのを見た。橋へ戻ると彼らがこちらへ走ってきている。

 炎の町を駆けると、やがて殺す人より交差する兵の方が多くなった。サルナは満足して町の北へ去っていく。両岸に船が止まると乗り込み、全軍が合流した。

 「素晴らしい働きだった、と伝える旗はないのか」

 サルナは通信兵を困らせてやる。

 今夜の飯は戦利品だ。町の食料庫から穀物や肉を奪っている。しかしサルナは個室で食べることにした。ベルカに燕麦を与え、ウサギたちに人参を食わせながら魚の串焼きに噛みつく。皿にはまだ3本あった。

 「弱肉強食、だね」

 頬張る声で人参を渡す。


 次の朝、サルナは自分の船を止めて岸に降りた。後ろに精鋭の騎兵も続く。125人の中隊と幾らかの補助部隊だ。

 全員が降りると、船は陸を離れて進んでいってしまう。ウサギを放って小走りで追い越した。

 「お前ら。内陸の都市はろくに要塞化されていない。お前らが貧弱でなければただの道路だぞ」

 叫びを返してもらい、加速する。

 彼らの任務は偵察だ。こちらの把握していないポーランド軍が川沿いに構えている場合もある。また船より早く町の大枠を叩いておき、スムーズに北上させる。自分たちには敢えて現地調達を強いることで背水の陣を敷く。

 屈強な騎兵たちが船の視界から消えた。

 町を見つける度に対岸まで略奪し、基本的には東岸を進む。しかしドニエプルは酷く太いところもあり、渡し舟しかない場合にはやむを得ず西岸を見逃した。

 その調子で平野を駆けると、いよいよキエフの町が姿を現す。ここを襲撃するのは難しい。

 サルナは後ろに振り向いた。

 「止まれっ」

 次第に馬は減速し、指揮官は走りながら転回して丘から兵士を見下ろす。ウサギが体に昇ってきた。

 「ここまでご苦労。しかしポーランド軍がいないか目を凝らさなければならない。人に見つからぬよう辺りを探索しよう」

 「はい」

 だがここも安全なようだ。少人数で平野を見回り夜に宿営する生活を3日続けると、艦隊と合流した。キエフに攻勢を仕掛ける。

 敵は北方で待ち構えている。

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