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第1章 10節 「死神艦隊」

 激しい銃撃戦は冬を葬ってしまった。

 目覚ましく気温が上がり、雪を殺して泥にしてしまう。

 サルナは単騎で雨の中を駆けていた。ポンチョは取れず、ウサギたちをみぞおちの辺りで支える。

 ドイツ人傭兵とは厄介だがこちらにも見えざる力がついている。

 イングランドとオスマン帝国は依然地中海の覇権を堅持しており、戦地から離れたアルハンゲリスクより素早い導線で支援が届く。1月の貴族集会で南ルートの交易の申し入れは決定しており、モスクワ動乱のちょうど前日に賛同を取り付けていた。

 その恩恵を受けるため、イワンに頼んでドン川に軍団を創設し、自身もまた南へ向かう。

 中央ロシアの戦線は膠着状態だった。

 「ベルカ、ゆっくりでいいよ。風邪引く」

 愛馬に顔をつけてやり、鋭い雨を和らげる。

 やがて、夜になったということをサルナは把握した。辺りを見回すが宿になりそうなものはない。

 「ロシアは何と広いのか」

 冷たい風を受けてウサギたちを見下ろす。

 1匹いなかった。

 「嘘っ」

 ベルカの前足を引き上げて止める。焦るようにその場で回らせると、遠くの丘をオオカミが上っていた。

 「嫌だ」

 脇腹を蹴って飛び出す。銃を構えようと思ったが火薬は濡れていた。鞭に集中し、急いで頂上を競う。

 剣を抜いた。


 オオカミの首に投げて刺す。斜面から滑り落ちていくと、サルナは登り切って止まった。またその場を回る。

 「おいっ。ふざけんな」

 男の声がきこえて振り向く。狩人らしき服で弓を持っていた。

 「お前の犬か。それは謝ろう。だがウサギを食わす訳にはいかん」

 彼は攻撃的に構える。

 「俺の唯一の財産だぞ」

 サルナは駆け出した。無人となった頂上に矢が刺さる。

 男の方へ迫るともう1発から身をかがめた。そのまま睨み、泥をかけて反転した。

 丘を登るがむしろスピードを上げて3発目も置き去りにする。頂上の矢を抜き、急速に駆け降りた。男も構える。

 首の動きでまた避けた。

 槍のように突き刺し、男を倒す。

 ベルカは慣性で駆けるがサルナは降りて男の方へ走った。襟を持ち上げ、尋ねる。

 「無礼者。話せ。ウサギはどっちへ行った」

 男は酷く苦しい声を絞った。

 「知らねえよ」

 「嘘を言うな。正直に吐けば今すぐ楽にしてやる」

 小銃を取って銃床を構える。

 ウサギがしがみついていた。

 「そいつか」

 男がゆっくり言うとサルナは小銃を置き、ウサギをポンチョに入れる。これで4匹だ。

 オオカミの死体を見詰め、それから男に向き合う。

 「すまん。誠に」

 「いい。俺は間もなく飢えて相棒を肉にしてしまうところだった」

 目を閉じる。

 「あっちに岩がある。僅かに陰もある。そこで寝るといい」

 最後の数瞬に銃床を構えた。

 「お前、名は何という」

 「メノトフ」

 思い切り叩いてやった。体を整え、命を終わらせる。

 オオカミから剣を抜くと、それを使って丘の麓に埋葬した。泥だらけだが晴れれば乾くだろう。

 岩陰にやってきた。

 「ベルカ、かがんで」

 戸惑う愛馬の頭を抑えて中に引き入れる。気持ちよく横になってくれた。ウサギも眠り込む。

 頭を冷やすため外で寝転んだ。


 出発から1週間で軍団と合流した。オスマン帝国領のアゾフに入り、港で英土連合艦隊の歓迎を受ける。

 サルナは馬に乗り、いつものポジションでウサギを見せびらかしながら船へ歩いていった。振り返って剣を掲げると、ムスリムやイングランドの兵士が湧き立つ。軍団もいい心地で乗船していった。

 「スレイマン皇帝とエリザベス王、彼らの遣いに敬意を表します」

 そう言って馬を降り、甲板に置かれた長机で英土の責任者に礼をした。席に座る。

 イングランドの軍人が話しかけた。

 「ウサギナイトとおききして、正直に申し上げますと小馬鹿にしていました。全く後悔しております。戦場にも関わらず女らしく落ち着き払い、勝敗を決する度胸が透けて輝いているではないですか」

 トルコ軍参謀も頷く。

 「私はあなたの父親には酷く苦しめられたものです。嫌な記憶を思い起こすかと恐れていましたが、美しい。むしろ気が晴れます」

 「滅相もございません」

 短く言うとペンを取り出した。

 イングランドの方が紙を置いて渡し、トルコの方も続く。

 「こちらが契約書でございます」

 ロシア軍が購入する物資は大砲、小銃、布製品、金属器具、荷馬車、酒など多岐にわたる。

 そして輸送船を数十隻。

 サルナはそれぞれに借用証を預けるとすぐ立ち上がり、全軍の乗船を管理しに赴いた。

 一隻ずつのイングランド船とトルコ船がアゾフに残るが、ロシア軍は出港して見送られる。

 サルナはウサギたちを放った。広い海を見せてやり、近くでベルカに乗る。地図を開いた。

 その視野は陸の裏側まで見通す。

 ドニエプル川から内陸に上り、ロシア領に押し入ろうとするポーランド軍の背後を取る作戦だ。河岸を制圧して黒海からの兵站を確保し、更に援護に向かおうとするドイツ傭兵の進路を断ち切るまで北上する。

 ポーランド国家そのものを破滅に追い込む反撃だ。

 「しばらく暇だね」

 ウサギたちが上ってきた。

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