第1章 序節 「悪の枢軸の廃墟」
1556年冬。もう間もない新年にヨーロッパの町々は踊り、菓子の匂いが準備されている。
戦争は終わったのだ。
悪しきヴァロワ家、未だ新年の遠いフランスが闘争に走り出したのはもう35年も前だ。独善と偽善を振りかざして教皇を蔑み、戦争を正当化し、スペイン帝国に拳を衝く。同じく愛を捨てて浮かれたヘンリーが島国を盾に立ち上がった。ドイツの民草も病に侵され、素晴らしい農の技巧を失って争いを張る。続いてスウェーデン、オスマントルコ、果てには財宝に目がくらんだポルトガルさえスペインを囲み、苦闘へ持ち込んだ。
だが海においてスペインは不沈であり、各々の利害のみを眼中に捉える諸国を美しいほどに分断した。これによりスペインを信じたポーランドとロシアが共闘を誓い、鋼鉄の騎兵は砲撃を不愉快にも感じずムスリムを遠方へ蹂躙。デンマークも平和のため呼応し、燃え上がる大陸を鎮火して回る。
力で勝てないことを目の当たりにしたヴァロワ宮廷は、なおも野望に甘え、虚構の講和で微笑みを誘って背後を襲った。スペインの屈強な男女は殺され、少年は家畜のように絞られ、少女は汚らわしく犯された。恐怖の快楽が大地を押し潰してしまう。
しかし、頂きから世界を望む皇帝は、憤然としたとき、全てを完膚なきまでに叩く。最後の審判は矢の豪雨を落とすと、今度は曇りなき十字砲火で罪人を裁き、俊敏の馬が逃亡を切り捨てた。同盟国にも激震が届く。
ヘンリーの禍根を負っていたイングランドでは優しき女王メアリが昇り、フランスに静かな一撃を刺し込んだ。
こうして戦争は終わった。
かつての少年少女は、もはや立派な働きを再建に捧げ、町々を繋いでいる。傷は深いが、明るい将来は疑いようもないだろう。
スペイン北部に位置するブルゴス。トーテムたる聖堂は老いぼれたように弱ってしまったが、伸びる通りで物々を肩に担ぐ若者たちを見守っている。
「どいてどいてー」
一騎の馬乗りが鞭を振るって道を空け、後ろには、敗戦国の為政者どもを封じた馬車が連なって歩いている。
先頭の少年、マラトは、略奪で空になってしまった館を目指していた。市街地戦の煙や鉄の音、血の匂いが思い起こされる。初めての銃を撃った拠点こそ、その館であった。今や敵将たちが罵声を受けて下を向いているのを考え、愉快な気分になる。
館に着くと衛兵が門を開けてくれた。マラトは馬を降りると柵に繋ぎ、秀麗な笑顔で撫でてやる。為政者どもが姿を現し、石を投げられるがまだマラトは吠えてはいけない。
均整な後ろ姿を見せ、剝製の間まで案内する。
大きな扉が開くと、明快に磨かれた部屋は広く、マラトの厚い靴の音がよく響いた。剝製は戻ってきていないが貴く、何より戦勝国の宮廷の高官たちが並んでいる。
対する敗北者たちは扉の閉まるところに並んだが、マラトは歩みを止めない。遂にスペイン王カルロスの眼前まで近づく。剣を抜き、丁寧に手渡した。
カルロスが頷くと、マラトは横に並び、敗北者たちの方へ付き添う。カルロスはフランス王アンリに剣を突きつけた。しかししばらくすると一歩下がり、少年に返してやる。
「ここまでご苦労」
マラトは剣を落としてしまった。真っ白になった世界から慌ててそれを拾い上げるが、カルロスの笑い声がきこえる。
「よし。私は益々君のことが気に入った。扉の番をしてもらおう。歴史的な会議をしっかと見学するがいい」
「はい」
素早く返して命令に従う。一同は部屋の中央に集まり、戦後処理の最終調整を始めた。
カルロスの主導権は強く、更に熱心な気迫で全員を巻き込み、たった一日で決着をつけた。夜が屋内にも深く冷え込んでくる頃、一人の男が内容を読み上げる。
・ポルトガルはブラジルをスペインに譲る
・ポルトガル船の東半球での活動はマカオ以西と以北に限定される
・ポルトガルはホルムズ島をイングランドに譲る
・イングランド、デンマークはシベリア開発に投資し、ロシア、イングランド、デンマークの順に利益を得る
・スウェーデンはゴトランド島をポーランドに譲る
・スウェーデンはロシアのカレリア、ポーランドのリヴォニアへの進出を認める
・フランスはブレスト、ボルドーをイングランドに譲る
・フランスはローヌ川の利権をスペインに譲る
・フランスはシャンパーニュ地方をハプスブルク家に譲る
会議が解散すると、マラトは、自分の馬が眠って起きないことを知らされた。
特別に部屋を頂き、館で一睡する。




