第五話 早速お菓子を売ってみよう
森を抜けて一時間ほど歩くと、街が見えてきた。
「フォラスの街だ。店も多いし人も多い。ここいらでは一番大きな街だ」
「へー」
「俺はフォラスの街が活動拠点なんだ。家もあるからとりあえずそこに行くぞ」
「うん」
そんな会話をしながら街に入った。
確かに人が多い。それにたくさんの店が軒を連ねている。みんなニコニコ笑い楽しそうだ。きっと良い街なのね!
そんなことを思いながらキョロキョロ辺りを見回していたら、いつの間にかテールの家に着いていた。
赤い屋根が可愛いお庭付きのお家だ。テールはここに一人で住んでいるんだって。
男の人の部屋に入るなんて緊張しちゃう。少しだけドキドキしながら中に入り、居間に向かった。
「そこ座って休んでろ」
「うん」
ソファに座るとフカフカしていて気持ちが良い。
派手なお家ではないけど、家具の一つ一つにこだわりを感じて、素敵なお家だなと思った。
テーブルを挟んだ向かい側のソファにテールも座ると、早速口を開いた。
「それで、この後どうする? 俺はギルドに行くけど、お前は留守番してるか?」
「うん。お菓子作って待ってる。それでね、資金調達のために作ったお菓子を売ろうと思うんだ」
「なに!?」
テールがガタンと立ち上がった。
「じゃあ俺も家にいる! 菓子作ってるとこ見たい! あと、出来たて熱々を食いたい!」
「う、うん。いいよ」
「何作るんだ!? クッキーでいいぞ!」
あ、あはは……。凄い興奮してる。本当にクッキー大好きなのね。
「クッキーもいいけど、せっかくだから別のお菓子を作ろうと思うの。マフィンなんてどう?」
「マフィン! いいな! 大好きだ!」
テールは目をキラキラさせて叫んだ。
テールって硬派なイメージあるけど、お菓子のことになると人格変わるんだな……。
そんなことを思い苦笑しながら、私はマフィン作りを開始したのだった。
※※※※
売れるか心配だったけど、一応二十個ほど作った。
味はプレーンとブルーベリーとチョコチップの三種類だ。出来立てホヤホヤのマフィンを見ながら、テールは感嘆の声を上げた。
「美味そうだ! 全部食っていいか!?」
「ダ、ダメだよ。販売するんだってば。食べるのは一個だけにして」
テールはどれを食べるか真剣に熟考したあと、ブルーベリーマフィンを手に取った。
「いただきます」
パクリと一口食べると、電撃に打たれたかのようにビクッと震わせた。
「美味い! ふわっとした口当たりに、甘い生地。さらに、ブルーベリーの酸味が良い仕事をしている。見た目も可愛いし味も美味い。最高だ!」
「あ、ありがとう」
よし。テールが美味しいって言ってくれたから自信がついたわ。これなら販売しても大丈夫よね?
あとはマフィンを一つ一つ入れる袋が欲しいんだけど……。
「テール。なんか小さめの袋ない? マフィンを入れたいの」
「んなもんねーよ。大丈夫だ! 男なら手掴み一択だ!」
そう言うと、テールは大きめの袋に残りのマフィンをポンポン入れてしまった。
うーん。今度小さめの袋を買わなきゃね。とりあえず、今回はこれでいいか。
あとは値段設定ね。いくらぐらいにすればいいんだろう? テールに通貨について確認すると、詳しく説明してくれた。その説明を要約すると――。
金貨1枚→1万円
銀貨1枚→千円
銅貨1枚→100円
日本円に換算すると、こんな感じになるそうだ。
日本ではマフィンは一個500円くらいだから、銅貨5枚でいいわね。
「じゃあ、一個銅貨5枚にする」
「バ、バカかお前は!?」
「え?」
私はキョトンと目を丸くした。
「安過ぎるわ! 治癒、体力・魔力回復の他に、状態異常まで治すんだぞ!? 万能薬以上で、特級ポーションに匹敵する効果だ。一個金貨3枚が妥当だ!」
金貨3枚……?
それって日本円で言うと、一個3万円!?
高い……。高過ぎる!
「高いよ! そんなんじゃ売れないよぉ」
「売れるわ! しかも砂糖は高級品なんだぞ!?」
「でも……」
テールはガリガリ頭をかいたあと、呆れたようにため息をついた。
「エリーに価格設定は任せられねーなぁ。今度からお前が作った菓子の値段は俺が決める」
「えー……」
私が不貞腐れたような目で睨んでも、テールは無視だ。
「とにかくマフィンは一個金貨3枚で決まりだ。値段も決まったことだし、早速売りに行くぞ」
「う、うん……」
本当に金貨3枚なんかで売れるのかしら?
全部売れ残ったら私のメンタルが落ちるわ……。
でも、テールが価格を下げる気はないようなので、渋々同意した。
販売場所は、テールの助言によりギルドにした。
ギルドの中で販売なんかしていいのか心配になったが、私の他にも薬草とか毒消し草を売る人がいるから心配ないんだって。
「じゃあ、行くぞ」
「う、うん……」
あー緊張する!
私のマフィン売れるかなぁ? ドキドキしちゃう。
そんなことを思いながら、ギルドに向かったのだった。
※※※※
ギルドに入ると、筋肉隆々の強そうな人がたくさんいた。
なぜかみんな私を見ているような気がして緊張する。
その中で、胸元が開いたセクシーな美女たちがこちらに近付いてきた。
「テール様ぁ! おかえりなさぁーい!」
あ。私を見てるんじゃなくて、テールを見ていたのね?
Sランクだもんね。きっとギルド内でも一目置かれているんだわ。
美女たちはテールの周りに群がった。
「お仕事終わったんですかぁ? 良かったら私たちと飲みに行きません?」
「美味しい酒場知ってるんですよぉ」
す、凄い人気だわ……。
テールカッコいいもんね。ギルド内でもモテモテなのね。などと圧倒されていたら、美女の一人が私に気付いた。
「は? なによこのチンチクリンは。テール様の隣に立つんじゃないわよ!」
チ、チンチクリン……!?
酷くない? 確かに私は背が小さいけど、一応立派なレディよ! チンチクリンなんて言われる筋合いないわ!
私がキッと美女を睨むと、その何倍もの威圧感で睨み返された。
こわ……。
そう言えばギルド内にいるってことは、この人たちも冒険者なのよね。
冒険者に睨まれてビビらない一般人なんていないわ……。
私が怯んでいたら、テールが一喝した。
「うるせーんだよ! コイツは俺の連れだ! バカにしたらぶっ飛ばすぞ!」
テール……。
本当に躊躇いなく女子に暴言を吐けるのね。傍若無人を通り越して、いっそ清々しいわ。
美女たちは「やーん。ごめんなさぁい。テール様ぁ、怒らないでー」などと言いながら、そそくさと離れていった。
「よし。うるせーのがいなくなったから受付行くぞ」
「う、うん」
受付に行くと、制服を着た可愛らしい女の人が立っていた。女の人は愛想良く私とテールに笑いかけてくれた。
「テール様。こんにちは。今日はなんのご用ですか?」
「ベヒーモスを討伐したから報酬を貰いたい。あと、俺の連れがここで商売したいんだが、いいか?」
「ベヒーモスを討伐なさったのですね!? さすがテール様です。すぐに報酬をご用意させていただきます。ベヒーモスの遺体はあとで解体部屋にお持ちください。あと、ご商売についてですね? そのお連れ様は、なにを売りたいのですか?」
受付嬢がニコニコしながらこちらを見つめた。
私は緊張しながら口を開く。
「お、お菓子です」
「まぁ! 珍しいですね。いいですよ。そこに机があるので、その上に置いて下さい」
あ、あっさり許可が降りた。良かった。
私がホッと胸を撫で下ろしていたら、隣のテールにポンと肩を叩かれた。
「じゃあ、行くぞ」
「う、うん……」
いよいよマフィンを販売する時がきたわ。
本当に売れるのかなぁ? 緊張しちゃう。
などと不安を抱えながら、受付嬢が差し示した机に向かったのだった。