第四話 これからどうしよう?
私の話を聞いたテールさんは、キラキラと目を輝かせた。
「すげーな。この世界以外に別の世界が存在するのか! 考えただけでワクワクすんなぁ!」
あれ? あっさり受け入れてくれた。
やっぱりファンタジーの中で生きている人は、思考が柔軟なんだな。
私の世界でそんなこと言ったら頭がおかしいんじゃないかと思われるわ。
「でも、それあんま人に言うなよ? 悪用するバカが現れるかもしれないからな!」
「う、うん。分かってる」
「それよりさ、スイーツレシピ大全集だっけ? 見せてくれよ」
「いいよ」
私は草むらに置いておいたスイーツレシピ大全集を手に持った。クッキーのページが開いたままだったのでパタンと閉じると、オーブンや調理器具がポンと音を立てて消えた。
おぉ、なるほど!
調理器具やオーブンは、ページを閉じたら消えるのね? このまま出しっぱなしだったらどうしようかと思ってたのよ!
「はい」
テールさんに本を渡すと、パラパラとページをめくり始めた。
「げっ。読めねー。異世界の文字で書かれてる」
「うん。日本語って文字で書いてあるの」
「ふーん。でも、イラストがのってるからなんの菓子かは分かるな。なーなーお前。また今度クッキー食わせてくれよ」
ふふ。テールさん、よっぽどクッキーが美味しかったのね? 自分で作ったものを喜んで食べてもらうととっても嬉しい気持ちになる。
私は必ずまた作ることを約束して、本を返してもらった。
「それより、私はお前って名前じゃないよ。塚田絵里って立派な名前があるんだから」
「ツカダエリ? じゃあエリーだな」
エリー……。なんか異世界っぽい呼び方でいいわね。
よし! これから私は塚田絵里ではなく、エリーって名乗ろう!
「俺はテールって言うんだ」
「テールさんね? 知ってる。さっきステータス覗いちゃった」
「テールでいいよ。それより女神さん、大盤振る舞いだなぁ。『ステータス確認』のスキルまでエリーに授けたのかよ。ステータス確認が出来る奴ってほとんど存在しないんだぜ? 俺も出来ないし」
「へーそうなんだぁ」
「女神さん、よっぽどお前のことが気に入ってるんだな」
そうなのかしら?
私なんて地球にいた頃は、どこにでもいるただの社畜だったのに。
でも、悪い気はしない。
女神様。私に色々なスキルを授けてくれてありがとう。
私は手を組み、心の中で女神様にお礼を言った。
するとテールが、よしっと言って立ち上がった。
「それでさ。お前はこれからどうするんだ? そのスキルを活かして菓子屋でも開くのか?」
うーん。
言われてみれば、これから私はどうしたいんだろう? お菓子屋さんを開くのもいいけど、せっかく異世界に来たのだから、どうせなら色々な場所が見たいわ。
のんびりスローペースで世界を回るのもいいかもしれない。
それで、資金づくりのために旅の途中でお菓子なんか売ったら楽しいんじゃない?
それをテールに伝えると、ニコッと微笑んでくれた。
「いいじゃん。まったり異世界旅行か。楽しそうだな」
「えへへ。ありがとう。……でも、私レベル1だから盗賊とか魔物に襲われたらすぐ死んじゃうかも……」
「レベル1!? そんな奴いるのかよ!」
テールはお腹を抱えてゲラゲラ笑った。
私はぷくっと頰を膨らませてテールを睨む。
「笑わないで! 異世界に来たばっかりなんだからしょうがないじゃない!」
「ごめんごめん。――じゃあさ、俺を雇わないか?」
「え?」
「俺、一応冒険者なんだ。ランクはSだから用心棒くらいにはなるぜ?」
「Sランクー!? すごーい!!」
アニメで勉強したわ。Sランクは冒険者ギルドが定めた冒険者ランク制度で、最高位の冒険者なのよ!
でも、確かにあのステータスは無茶苦茶だったわ。
あんな凄い能力を持っている人なら、Sランクと聞いてもうなずける。
そんな人に守ってもらえるなら、旅の道中も安心ね。ぜひ雇いたいわ!
……でも。
「でも……、私お金持ってないの……。テールを雇うお金がなきゃ、ダメでしょう?」
「そう! その言葉が聞きたかった!」
「え?」
テールはパチンとウインクすると、得意満面で話を続けた。
「エリーには、金の代わりに菓子を支払ってもらいたいんだよ! つまり旅の道中、俺に好きなだけ菓子を食わせてくれ!」
「……。そんなことでいいの?」
「はは。そんなことじゃねーよ。さっきも言ったけど、砂糖が高級品だから、菓子ってすげー高いんだよ。それを好きなだけ食わせてくれるなら、十分な対価になる」
私の表情がぱあっと明るくなった。
「やったー! じゃあ私、テールを雇うわ! 私と一緒に世界一周旅行に付き合ってください!」
「いいぜ。交渉成立だな」
こうして私の目的は決まった。
目的が決まったのなら、さっさとこの森を抜けたい。
とりあえず宿にでも泊まって、ゆっくりこれからのプランを考えたいわ。
テールも同じことを考えたのか、ニコニコと口を開いた。
「じゃあ、こんな森はさっさと出ようぜ」
「うん!」
「その前に――」
テールは倒れているベヒーモスのところまで歩いて行くと、その巨体を片手で持ち上げた。
すごっ! 片手で軽々と!
私があんぐり口を開けて見ていたら、テールの前の空間が、パカリと割れた。
え!? なにあれ!?
「テール! 大丈夫!?」
「ん? あぁ、びっくりさせちまったな。これは収納魔法っていうんだ。ベヒーモスをこの異空間に入れちまえば、手ぶらで帰れるってわけ」
す、すごーい!
これが収納魔法! とっても便利ね!
テールはベヒーモスの死体を異空間に押し込みながら、ニカリと笑った。
「実はこの森に来たのは、ギルドからベヒーモス討伐の依頼が来てたからだ。無事ぶっ倒せて良かったぜ」
「そ、そうなの」
ベヒーモスをしまい終わってから、テールがこちらに近付いてきた。
「じゃあ、行こうぜ」
「うん!」
こうして私たちは、やっとこの不気味な森から抜けることができたのだった。