混ぜるな危険!塩素消毒系男と酸性洗剤系女
『混ぜるな危険!塩素消毒系・男と酸性洗剤系・女』
出会うはずのない二人が出逢ってしまった。
出逢ってしまったからには、運命は動き出すしかない。
*
彼の名は白素クロム。
公共施設のトイレ清掃歴15年、愛用のスプレーは次亜塩素酸ナトリウム。
漂白のように潔癖、除菌のようにストイック。
「菌は心の乱れが生む」と豪語する、消毒系男子の権化。
彼女の名は赤木サン。
ドラッグストア勤務、担当は洗剤コーナー。いつもポケットに酸性洗剤の試供品。
溶かすことが得意で、笑顔の奥に哀しみを秘めている。
「汚れは落とせても、記憶は落ちないのよ」と、泡のようなセリフを吐く酸性女子。
ふたりが出会ったのは、とあるトイレの前だった。
「次、入ってます?」
振り返った男は、マスク越しでもわかる真剣な目をしていた。
手には500ppmに希釈した透明なスプレーボトル。
「どうぞ。ノロ対応で塩素消毒しておきました。床も取っ手も」
「……ふぅん。次亜塩素酸ナトリウム、ね」
女はわずかに眉をひそめ、ポケットから細長いボトルを取り出して掲げた。
ラベルには**『酸性洗剤(塩酸+界面活性剤)』**の文字。
「今どき、塩素なんてナンセンス。刺激臭で咳き込む人も多いし、金属は傷むし、しかも有機汚れには効きにくい。下処理してからじゃないと意味ないって、知ってます?」
「でもノロには塩素が一番有効だ。アルコールじゃ死なない。酸性洗剤じゃ、殻は溶かせてもウイルスには弱い」
「……だからって、そんな高濃度で撒くなんて。漂白主義者、こわっ」
「安全は、臭いの向こうにある」
「……は?」
一瞬、空気がピクリと震えた。
ああ、これはまずい。
化学的にも、物語的にも——。
*
クロムは迷った。彼女に惹かれてしまった自分に。
サンは悩んだ。彼の真っ白な性格が、どうしようもなく眩しかった。
だが、混ざり合えばガスが出る。
恋なんて、命がけ。
「どうしても君に会いたかった」
「私だって。でも私たち、化学反応しちゃうのよ」
それでも、ふたりは会い続けた。
近づくたびに、咳き込み、涙がにじむ。
けれど、それはきっと毒ガスのせいじゃなかった。
*
ある日、クロムは言った。
「俺、最近、弱めの中性洗剤を試してるんだ」
「……浮気?」
「違う。君と一緒にいるためさ」
「バカね。中性になったら、あなたじゃなくなるじゃない」
そうして彼女は消えた。
ボトル一本の酸性洗剤を、棚に残して。
*
数年後、クロムは静かな老人ホームの清掃員になっていた。
「昔はな、混ぜちゃいけない女がいてな…」
「またその話〜? クロムさんの“混ぜるな恋愛”伝説でしょ?」
今日も誰かが笑っている。
だけど彼のポケットには、今でも赤木サンの試供品が入っていた。
——それは、混ぜるとちょっと危険で、でも確かに綺麗にしてくれるもの。
出会うはずのないふたりが出逢ってしまった。
だからこそ、少しだけ、世界が清潔になった気がするのだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
本作に登場した「塩素消毒系男子」と「酸性洗剤系女子」は、実は清掃の現場でちゃんとした使い分けが必要な存在です。
現実世界では、一緒に使うと有毒ガスが発生するため絶対に混ぜてはいけません。ですが——順番を守れば、最強の清掃コンビにもなりうるのです。
●効果的な使い方の手順(例:嘔吐物処理など)
1. まず「酸性洗剤」などで有機物(汚れ)を取り除く
→ 嘔吐物や便などの有機汚れがあると、塩素系の効果が弱まるためです。
2. 十分に水で洗い流し、換気を行う
→ 酸性成分が残っていると危険なので、しっかり流して乾かします。
3. 最後に「塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウムなど)」で消毒する
→ ノロウイルスなど、アルコールでは効かないウイルスに有効です。
★注意事項
酸性洗剤と塩素系消毒剤は絶対に混ぜないでください。
→ 有毒な「塩素ガス」が発生します。命に関わります。
使用の際は、換気・手袋・マスクの着用を忘れずに。
製品ラベルの使用方法・希釈倍率は必ず確認しましょう。
現場でも恋愛でも、“混ぜるな危険”には理由があるんですね。
でも順番と距離を守れば、最強のペアになれるかもしれません。
それでは、また別の作品でお会いしましょう!