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本日2話目。
「とりあえずはレジを見ようか。あの扉は今さらどうにもならないし」
僕はそう呟いて、リュックサックを手にしたまま、休憩室兼……もう休憩室で良いか……休憩室の扉を閉じておく。
──人はそれを現実逃避という。
「えぇと、なんだ? 設備についてのメッセージ? 課金により、ランクアップいたします……? は?」
ずいぶん間の抜けた声が出てしまった。
しかし、課金なんて単語が出るなんて、ソシャゲかよ。
「というか、設備のランクアップって、トイレが増えるとか? あ、キッチンが大きくなってたけど、さらに大きくなるのか?」
なんて色々推測を口にしてみたが、僕はすでに課金によるランクアップがとても影響してそうなモノを見てしまっていた。
まだまだ色々書かれているが、とりあえず気になる方を確認する事にした。
僕は説明書を読まずに色々いじるタイプだ。結局わからなくなって説明書を見返すまでがセットになるけど。
「絶対、あの扉に関係してるよな……?」
あの扉に気付いた途端、こんなメッセージが来るぐらいだし。
何処かで誰かに見られているのかもしれない。
背筋が薄ら寒くなる想像を頭を振って振り払った僕は、意を決してまたまた休憩室の扉を開ける。
先ほど見たこと寸分違わぬ光景が広がっており、扉もそのままある。
サービスルーム正面扉は網の入った強化ガラスの扉、裏口と休憩室の扉は上半分が曇りガラスを嵌め込んであるアルミ製、トイレの扉は木製でそこに小さな横向き長方形の曇りガラスの窓が嵌っている。
僕が何を言いたいかと言うと、増えた扉はそのどれとも違うということだ。
休憩室へ入って右側の壁に出来ているのは、高級感のあるダークな感じの木製扉で、ノブも高そうだ。
部屋が拡張されたりしているが、元々の間取りでは扉のある壁の向こうはトイレへと向かう廊下部分のはずだ。
ただトイレへのショートカットルートが出来ただけだったり、と逃げの思考をしてみたが、まだまだ考えが甘いらしい。
ゆっくりとノブを回して内側へと押し開いた扉の先は見慣れたトイレ前の廊下──ではなく。
「え? ビジネスホテル……?」
本日何度目かわからない間の抜けた声が、僕以外いない室内に吸い込まれていく。
ビジホ──省略しないとビジネスホテル。
実際泊まった事はないが、僕の想像した最強のビジネスホテル……的な部屋は考えた事はある。
シンプルで清潔そうなベッド。サイドテーブル付きだ。
窓……はないけど、普通なら窓があるかなぁと思われる奥の壁の近くには丸いテーブルと椅子が一つ置かれている。
ベッドの足元側の壁にはテレビの置かれた棚があり、監視カメラ映像が映し出されている。
まさに僕の想像したようなビジネスホテルの部屋が目の前にある。
もう何言ってるかわからないが、本当に扉を開けたらビジネスホテルみたいな部屋があるのだ。
もちろん、もともとのガソリンスタンドに宿泊施設なんて無い。
もしかして、世界中探せばあるのかもしれないが、僕の勤めていた山間のスタンドにはそんな物は無かった。
それなのに、今はこうして目の前に存在している。
明かりが煌々と照らす室内をじっくり見ようと一歩踏み出した所で、僕は見張りもいないのに奥に籠もるのは不用心ではと今さらながら思い至る。
「とりあえず、休憩中の札を出して鍵を閉めておこうかな」
結界があるから、悪人やモンスターはサービスルームまで来れないらしいけど、不安は不安だ。
まずは表のガラス扉の鍵を閉め、そこに休憩中と手書きで書かれた札を貼って、次に裏口へ向かう。
裏口の外にある倉庫の方も気になるが、まずはこちらから確認しておこうと考えながら、しっかりと鍵を閉める。
外側にシャッターがあれば閉めたいところだが、残念ながらうちのサービスルームにはシャッターはない。
内側に縦型のブラインドカーテンがあるので、念の為それを閉めてから、休憩室の中へ戻る。
閉じ込められたら怖いので、ドアストッパー代わりに休憩中に履いてるクロックスを扉の下へ挟み込んで扉を開きっ放しにして部屋の中へ突入する。
「お邪魔しまぁす……」
無言で入るのはなんか怖いせいで無意識に口から出ていたのは、間延びした入室の挨拶だ。
応える声はない。
あったとしたら、腰を抜かす自信がある。
入り口から少し進み、部屋をぐるりと見渡す。
ベッドにテーブル、テレビ。
先ほど見た通りのままの部屋だ。
そして、一番気になるのは、入ってすぐの右手側の壁にある扉だ。
まさかと思いながらノブを回して部屋の中を見る。
電気がついてなかったので、ひとまずスイッチを押してみる。
明かりがついて照らし出されたのは、トイレと洗面台が浴室にあるタイプのシンプルなユニットバスだ。
シャンプーやリンスなども使えとばかりに有名メーカーの物が置かれている。
「ここで生活しろって事か、これって……」
呆然としながらも僕の手は洗面台のレバーを上げていて、無意識に水が出るか確かめていた。
すぐに勢い良く吐き出されたのは真っ赤な液体──なんてホラーな事はなく、透明な水だ。
軽く口に含んでみたが、いつも通りの水道水の味だ。
水も出て、食料もある。キッチンも使えるか確かめないといけないが、生活するのに大きな問題は無さそうだが……。
「……あとは、着替えとか? 食料もそこまでたくさんある訳じゃないし」
いくつか不安な点を上げてはみたが、それでも安全に寝泊まり出来る場所があるというのは、とても安心出来る。
その後、勇気を出してドアストッパー代わりのクロックスを外して扉を閉めてみたが、閉じ込められるなんて事はなく、扉は何事もなく開いた。
窓がないので少し圧迫感はあるが、全体的に落ち着く雰囲気の部屋だと思う。
安心したら再度の空腹感に襲われた僕は、サービスルームの方へ移動して監視カメラを見つめながら弁当を食べるのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
うちのコンは、異世界だぜヒャッハーとはならないタイプなので、こんな感じのテンションでずっと行くと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。