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本日更新1話目です。
「セオドアさん……? えぇと、はじめまして?」
挨拶をされたからには挨拶を返さないといけないと反射的に挨拶を返していたが、疑問符付きになったのは仕方ない。
僕の反応に気分を害した様子もなくセオドアさんは、悪戯っぽく笑ってコメディアンのような大袈裟でおどけた仕草をしてみせる。
「そんなに緊張なさらなくとも大丈夫でございます。わたくしはしがない配達員ですので……」
「は、はぁ……」
そう言われましても、と言いたくなるのを飲み込み、僕は何とか口の端を上げて笑顔を作る。
その笑顔の裏では、スタンドの結界があるから『悪いやつ』なら入って来れないはず、と心の中で何度か唱えてたけどね。
「ご心配は当然でしょう。しかし、この建物の結界内なら、紺様の安全は約束されておりますので」
まるで僕の内心を見透かしたようなセオドアさんの言葉に、バカ正直に目を見張ってしまった僕には腹芸なんて荷が重いようだ。
ちょっと凹んで俯いていると、セオドアさんの方から微かな笑い声が聞こえ、顔を上げる。
ばっちりと目が合ったセオドアさんの柔らかい表情にからかう色は全くなく、それを見て僕の緊張で強張っていた体と頭はやっと動いてくれる。
「そう、なんですね。……あの、セオドアさんは僕の事情をどれぐらいご存知なんでしょうか」
僕が焦らないようにと穏やかに微笑むセオドアさんの頼りになる大人感に、僕は思わずそんな質問をしてしまっていた。
でも、口にした瞬間、後悔する。
いくらなんでも性急だし、唐突過ぎるよな。
セオドアさんも面食らって──。
「わたくしが知っておりますのは、紺様が何の事前の説明もなく職場ごとこちらへ転移させられてしまった事ぐらいでしょうか」
なかった。全然、面食らってない。今も穏やかに笑ってるし。
その上、僕の事情、ほとんど知ってくれてるなんて……。
現金なもので、僕の中でセオドアさんの株が一気に上がった。
●
僕の事情を知ってる人、しかもこの世界の住人らしき方が来たからには、色々訊きたい事がある。
僕は矢継ぎ早に質問しそうになる気持ちを抑えて、セオドアさんが荷物を置くのをじっと待つ。
「あ、あの、この後お時間ありますか? この世界について、教えて欲しいんです」
結局、途中で話しかけてしまったが、セオドアさんは気にした様子もなく微笑んで頷いてくれたので、僕は慌ててお茶の準備を始める。
まぁ、お茶といっても冷蔵庫に作って入れてある麦茶だ。煮出す方ではなく、水に紙パックを入れるだけの簡単な麦茶だが、味は悪くない。
これは常連さんが来た時に出したり、僕が飲んだりする用に作ってあるもので。
冷蔵庫は変わったが、中身は変わっていなかったなと冷静になって気付けたのは、麦茶を二人分コップへ注ぎ、お茶請けとして船が表面に描かれたチョコレート菓子を用意した後だ。
用意した物をサービスルームのテーブルに置くと、セオドアさんは恐縮しながら臨時のお茶会の席に着いてくれた。
「あの、粗茶ですが……」
麦茶を出して言う台詞ではないと思うが、他に言うべき台詞が思いつかなかったので仕方ない。
「これはこれは、ご丁寧にどうも」
気を使ってくれたのかもしれないが、セオドアさんはふふっと笑ってくれたので良かった。
丸いテーブルに向かい合わせで腰かけ、まずは麦茶を飲んで喉を湿らす。それから訊きたい事を頭の中で並べていく。
「訊きたいのは、この世界の名前、このダンジョンがある国について、この世界の一般常識……えぇと、一日が何時間か、とかそもそも一時間が何分か、とか、あとは……」
「そんなに焦らなくとも、わたくしは逃げませんので、ひとまず今お訊ねになられた事からお答えしましょう」
「あ、はい! お願いします」
メモ帳を手に頭を下げた僕にセオドアさんは微笑ましげな表情で僕の上げた疑問に答えてくれた。
セオドアさんの答えをまとめると、
・この世界の名前はジオ。
・このダンジョンがあるのはペリペティア王国。ダンジョンが複数あるので、冒険者が多い国だという話だ。
・ここはいわゆる地球の平行世界? 的な存在で、剣と魔法のファンタジーな世界だが、日時とかの刻み方は地球と一緒らしい。だから一年は十二ヶ月。ただ月曜日とかの呼び方ではなく、月の日、火の日……という明らかな地球由来である呼び方で一週間を数える。ちなみに今日は、四月の二十四日で木の日。わかりやすくて助かる。
「時間の方も一緒なんですね、良かったです」
掛け時計もきちんと動いていて使えるみたいだし、何よりわかりやすいのは良いよね。
こちらの住人と会話していて、ここから一時間ぐらいですよ、みたいな会話していてもズレがないって事だ。
そんな事を考えて脳内で頷きながら、思いついた重要な点をセオドアさんへ訊ねる。
「そういえばなんですが、僕がここでスタンド業務をするにあたって、違う世界から来たという事はバレたらまずいですか?」
これは一番最初に気にすべき件だったかもと思っていると、セオドアさんは少し悩む様子を見せてから口を開く。
「そうですねぇ。過去にもこちらへ招かれた方もいらっしゃいますから、死ぬ気で隠さないといけないという程ではありません。しかし、紺様が狙われる可能性がさらに高くなるので、なるべく隠された方がよろしいでしょう」
微笑みながらやんわりと釘を刺されたので、僕は大きくこくこくと頷く。
僕を狙われても、チートなのは職場の方なので僕を捕まえて脅したってどうしようもない……はず。
そこでふと思い出したのは、やたらと強調された『所有者』という単語だ。
「あ、あの、それで、僕ここの所有者になってるみたいで……」
「そうですね」
セオドアさんはそれに関しても知っていたらしく、驚いた様子もなく普通に肯定されてしまった。
「僕、ただの従業員だったんですけど……」
紅茶のカップが似合いそうなイケオジが百均コップで麦茶を飲んでいるという違和感満載な光景を作り出しながら、セオドアさんはにこりと微笑む。
「何も間違いではありませんので心配はございません。所有者といっても、何か特別な事をしろと言う訳ではなく、特別な事が出来るようになるだけですよ」
「それなら、大丈夫……なんでしょうか?」
笑顔で淀みなく言い切られ、納得しそうになった僕だったが、やはり微妙に引っかかってしまい、疑問符が語尾へついて回る。
「えぇ、大丈夫でございます。所有者になる事で、色々と出来る事が増えるのです。逆に言うと……おわかりになりますでしょう?」
ふふっと息の抜けるような柔らかい笑い声と共に問を返され、僕は数度瞬きをして思いついた答えをおずおずと口にする。
「所有者じゃないと、出来ない事があって不便だから僕を所有者にした、という事で合ってますか?」
「はい、その通りでございます」
そのまんまな答えだったが、セオドアさんは大袈裟なまでに誉めてくれ、その流れで『不便な事』の説明をしてくれた。
大体は僕の想像していた感じだったが、所有者権限というのがあるみたいで、それによって僕の身が守られるようだ。
「奥に増えた部屋は確認されましたでしょうか?」
「はい。あの、空間とか間取りとか何処かのホテルみたいな……」
「紺様の記憶を参照したのかと。あの奥の部屋は所有者である紺様の部屋となります。いわゆるマスタールームというところでしょうか」
「そう、なんですか」
とりあえず、これで衣食住の食と住は困らない事は決定したようだ。
僕がホッと安堵のため息を吐いていると、ちらりと外を見てからセオドアさんが僕へと視線を移して口を開く。
「先ほど商品発注をしていただきましたが、説明書の方はご覧になりましたか?」
「いや、その……」
思わず言い淀んだ僕に、セオドアさんは何かを察してくれたようで優しく、しかし有無を言わせぬ感じの笑顔を向けられる。
「……確認しておきます」
僕にはそう答える道しか残されていなかった。
いつもありがとうございますm(_ _)m