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魔術師②


「っていうか、なんでボクが発毛剤を作ってるって知ってるのかなぁ。興味があって来たってことは、知ってて来たってことでしょ」

「そ、れは……」


 フランがちらりとこちらに視線を向けてくる。しまった、最初の反応を間違えていた。内心焦るわたしをよそに、フランは「ま、いーけど!」と鍋に向き直った。


「駄目だ、やっぱり結びつきが弱い……」


 独り言を聞くに、やはりゲーム通りの展開になるようだった。フランが「そうだ!」と声を上げて、薬草と一緒に机に放り投げられていたナイフを掴んだ。


「ボクの髪なら……!」

「お待ちになってください!!」


 ナイフを持っていない手がためらいなく三つ編みに伸びた。わたしの声は一応フランに届いたらしく、彼はぴたりと手を止めて首を傾げる。


「なに?」

「な、なにをなさろうとしているのですか?」

「髪、入れてみようかなあって! なぁんか、発毛成分と魔力の馴染みが悪いんだよね~。魔力が強い人間の毛髪を入れたら、いい感じに馴染まないかなと思って」

「そっ、それでしたら! 髪よりも良いアイディアがあります!」

「良いアイディア?」


 わたしの言葉に興味を持ったのか、フランはナイフを下ろしてこちらに向き直った。それを見てひとまず安堵しつつ、わたしは鞄を漁って古い資料集を取り出した。


「東国のフィスリ地方、山間部に自生するシジルという植物があります。あちらでは根を煎じて胸焼けの薬として飲むそうなのですが、わたしが思うに、これでうまくいくのではないかと」

「シジルか……なんでそう思うの?」

「東国の人々は、遺伝的にあまり魔力に耐性がありません。魔法を使える人も少ないので、魔力が体内に溜まってしまった場合に上手く発散させることができず、胸焼けなどの症状が起きるのではないかと言われています」

「そういう説もあるねえ」


 ぺらぺらと資料集を捲って、該当の植物が載っているページを開いた。


「シジルが胸焼けに効くのは、体内の魔力を吸収するからで……」

「吸収されちゃっても困るんだよねえ、魔法薬として効果が薄れるでしょ」

「その点は、例えばですね、根ではなく葉の部分を一定の割合で……」


 必死に考えてきたアイディアを説明する。アイディアといっても、一から全部自分で考えたわけではない。ゲーム上で発毛剤が完成したときにフランがぺらぺら喋っていた長台詞を懸命に思い出したり、アルヴィンに相談してそれらしい薬草を探したり、文献を漁りまくって調合の割合を考えたり。そうこうしてなんとか導き出した仮説は、魔法が使えないわたしには試しようがない。頼むから正解であってくれますようにと祈るような気持ちで説明を終えると、フランは真剣な顔で「それならいけるかも」と呟いた。よしっ。


「で、では、ぜひこちらで試してみてください!」

「うん、やってみるねえ。ありがと!」


 フランがにっこり笑ったので、わたしはほっと息を吐く。よかった、これで断髪回避だ……と思った、そのとき。


「でも、シジルってこの辺じゃあんまり出回ってないよね。だから……」


 フランが再びナイフと三つ編みを持ち上げた。


「やっぱり今日はこっちを試してみよ~!」

「わああああ!!」


 刃が髪に触れそうになって、思わず大きな声が出た。フランがきょとんとして手を止める。


「なあに?」

「あああ、あの、か、髪を入れるのはその……よ、よくないのでは?」

「なんで?」

「な、なんでって……えっと……、ほ、ほら! 飲み薬に体毛を入れるのは、衛生面から気にする方も多いのでは!? せっかく作っても使われなければ意味がありませんし、ここはシジルを試してからでも……!」


 なんとか閃いた言い訳を必死に捲し立てていると、フランがすうっと目を細める。笑って首を傾げた彼の、その細くなった目の奥だけが笑っていない。


「なんで飲み薬って知ってるの?」

「へっ?」

「今作ってるの。発毛剤なんだから、頭皮に塗る薬かもしれないでしょ」


 本日何度目かの、しまった……! 思わず冷や汗が噴き出す。なにか言わなきゃと思うけれど、「あ、あの、えと……」と言葉にならない。くっ、察しのいい天才め……!


「な……っ、な、なんとなく、です」

「ふうん。キミ、なんか変だよね。ボクがなにを作っているかを知っていて、しかも都合よく問題の解決策まで持ってきてる」

「そ、それは……」

「まっ、いいけどね~」


 けろっとそう言って、フランはまた三つ編みにナイフを向ける。駄目だ、今度こそ切ってしまう。待って待って、待って……!


「やっ、やだ~っ!!」


 泣きそうになりながら、わたしは叫ぶことしかできない。フランがぴたりと手を止めて、ナイフを下ろす。あれ……?


 やめてくれるのかと期待した瞬間、彼は再びナイフを持ち上げる。叫ぶわたし。やっぱりナイフを下ろすフラン。わたしが安堵の息を吐いた瞬間、再度持ち上がるナイフ。叫ぶわたし。


 二度三度繰り返して、はたと気付いた。も、もしかしてこれは……。


「……ぷっ、あはは! あはっ、はは……! なんでそんな必死……っ!」


 けらけら笑い始めたフランを見て確信に変わる。もしかしなくてもこれは、からかわれたな……!?


「か、からかいましたね!?」

「いやだって、ふふっ、おかし……っ」


 ひーひー笑いながら、フランはナイフを机の上に置いた。目尻に浮かんだ涙を指で拭ってから、両手をひらひらこちらに振ってみせる。


「切らない切らない。シジルを試すよ、普通にそっちの方がうまくいきそうだし、キミが言う通り飲み薬だしね」

「ならどうしてあんな真似を……」

「キミこそどうして、そんなにボクに髪を切ってほしくないの?」

「そ、れは……」


 言い訳を考えようとして、わたしは結局すぐに諦めた。だめだ、なんにも思い浮かばないし、フランの前じゃすべてが墓穴になる気がする。


「長い髪が……好きで……」

「へえ? なんで」

「なんでと言われると困るのですが……」


 性癖だからとしか言えないので……。俯き気味で視線を逸らすわたしに対し、フランは「ふうん?」と不思議そうな声を出す。


「変なのっ」

「スミマセン……」

「別に責めてるんじゃなくってさ、面白いなあって!」


 その言葉に顔を上げると、フランはにっこり笑っていた。大きな瞳も今度はきらきら輝いている。


「髪なんて、ボクにとってはどうでもいいものだけど、キミにとってはたとえ他人のでも失いたくないもので、校長にとってはいち生徒に土下座してでも取り戻したいものなんだよねえ。不思議」


 発毛剤って校長の依頼だったの!? 土下座までしたの!? あれ、でも校長って別に禿げてなかったような……つまりあれはカツラなの!?


 ゲームでは特に言及されなかったので知らなかった。驚き言葉を失うわたしの前で、フランはずっと楽しそうだ。


「ボクはさ、変なものが好きなんだよね。なんでああなんだろ~とか、こうしたらどうなるんだろ~とか、考えるとワクワクする。知りたくなる、試したくなる。魔法学が一番面白いって思ってたけど、人も結構面白いのかもね」

「は、はあ……?」

「キミにも興味出てきたなあ。なんでボクしか知らないことを知ってるのかとか、聞きたいことは色々あるけど……」


 好奇心の塊のような少年は、「とりあえず」と一度間を置いてから、かわいらしく首を傾げた。


「キミ、なんて名前?」


折り返しです!後半は数日間を開けてから投稿する予定なので、よければブックマーク等よろしくお願いします~!

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