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魔術師①


 魔法薬学室という教室がある。いわゆる理科室みたい場所で、主に魔法薬学の実験などを行う場所だ。とはいえ利用するのは魔法学科の生徒だけで、一般教養科のわたしは入ったことがない。


 ある日の放課後、初めてそこを訪れた。こういう特別教室が並ぶ廊下は、時間も時間だから余計に静かだ。


 魔法薬学室にも、当然誰もいない。けれどそのさらに奥、通常であれば教師が使っているであろう「準備室」と書かれたプレートのかかった部屋の前まで来ると、中からぼそぼそと人の声がした。


 ノックをしても反応はない。仕方がないのでドアを開けて踏み入ると、なにやら妙な匂いがした。


「これじゃ濃度が低い……けど煮詰めすぎるのもまずいな。沸騰する手前なら成分は残るだろうから、あと十二分……」


 魔女の大釜、みたいなイメージがぴったりのやたらと大きな鍋の前で、ぶつぶつ呟いている男が一人。鍋を覗き込んで丸まった背中の中ほどまで、銀色の三つ編みが一本垂れている。


「こんにちは」

「いや、いっそ吸収薬を足そうかな。たしかまだ残りが……」

「こんにちは!」


 一度目の挨拶が華麗に無視されたので、わたしは少し声を張り上げた。するとようやく男が振り返り、水色の大きな瞳と目が合った。


「こんにちは!」


 にこっと笑って答えてくれたイケメンは、そのままつかつかとわたしの方へ寄ってくる。かと思いきや、わたしの真横の棚から粉末の入った小瓶を取り出し、すぐにまた鍋の前に戻った。


「ひとまず四十グラムで様子を見て……」


 再びぶつぶつ呟きながら、小瓶の中から粉末を掬い取って鍋に入れる。……うん、だろうと思った! わたしのことなんてなんにも気にならないみたいです!


 そう、この魔法薬学準備室を我が物顔で使っているイケメンは……いわゆる変わり者枠である。

 フランという名の彼は攻略対象の中では小柄な方で、顔立ちにもまだあどけなさが残る可愛い系のビジュアルだ。しかしそんな少し幼い見た目に反して、とんでもなく頭がいい。見た目は子供、頭脳はなんとやら、それに加えてずば抜けた魔法の才があった。


 中学で習った「理科」という科目が、高校に入ると「科学」「物理」「生物」と細分化するように、ひとくちに魔法学といってもジャンルは様々で、実際に自分が魔法を使う実技の他にも、魔法薬学だの魔法工学だの魔法史学だのといろいろある。けれど、フランはとにかく自分の好奇心が赴くままに手を出している。そしてそのすべてで結果を出していて、あらゆる学会で天才魔術師だと話題の少年だ。


 とはいえ、彼自身はそんな評価などまったく気にしていない。どんなにすごい発明も研究も、あくまで自分が興味を持って調べた結果でしかないらしい。納得がいく、あるいは満足がいくとそれで終わり。すぐ別のことに夢中になってしまう。そして夢中になると、周りの目なんて気にならない。学園でも授業にはほとんど出ずに、自分のしたいことばかりしているという。


 今もその延長なのだろう。こちらから話しかけない限り、きっとこのまま空気のような扱いで終わる。よし。


「あの、見学していてもいいですか」

「いいよ~。とはいっても、今作ってるのって発毛剤だけど! 興味あるの?」

「ええ、まあ」

「キミには必要ないと思うけど」


 そうですね、どちらかというと発毛剤よりは育毛剤の方がいい。世の中のイケメンの髪が早く伸びますように……って、別にそんなことを言いに来たわけではない。わたしは、フランが発毛剤を作る過程で髪を切るのを阻止しに来たのである。


 なんで発毛剤を作りながら髪を切るんだ、いやもう本当に。変わり者だからとか言い訳にもならねえぞ……とプレイ中は思ったものだが、一応理由はある。フランが作ろうとしている発毛剤は、薬草などを煎じただけの普通の薬ではない。魔力を注入し効果を高めた、魔法薬と言われるものだ。


 普通に魔力を流し込むだけでは、発毛の効果がある成分と魔力の結びつきが悪いとかなんとか。解決策を考えていて、フランは「魔力の強い人間の髪を入れれば馴染みがよくなるのではないか」と閃いた。思いついたからにはやらずにいられない性格の彼は、その場で自分の三つ編みをバッサリ切り落として鍋に入れてしまうというわけなんだけど……うん、入れるな!


 しかも、出来上がるのは普通に失敗作。本当に、ただただ無駄に髪を切っただけの結果に終わる。信じられない。百万歩譲って画期的な発毛剤が完成し薄毛に悩む数多の人々が救われるならともかく、ただの長髪の無駄遣いなんて……変人だろうが奇人だろうが、そんなことをさせるわけにはいかない。


「ええと……、遠い親戚が薄毛に悩んでおりまして」

「そーなの?」

「はい、父方の祖母の娘の兄弟の息子なんですけど」

「それ従兄弟だからそんなに遠くなくない?」


 しまった。あまりにも適当言い過ぎて、軽率に従兄弟をハゲにしてしまった……ごめんすぎる。「おほほほ」と、秘儀・お嬢様笑いで誤魔化したものの、そもそもフランは気にしてないみたいだった。彼は別に、わたしの親戚に興味もなければ揚げ足を取るつもりもないのだ。話しかけられているから返している、ただそれだけ。


 頭の回転が速い人の前で迂闊なことは言えないなと思いつつ、鍋の前でうんうん唸っているフランの背中を見つめる。


 ひとまずは、こうして彼が発毛剤を作るところに立ち会えてよかった。実は彼と出会うのが一番難しいのではないかと思っていたのだ。


 わたしやアルヴィン、それから王子が在籍しているのは一般教養科。本来なら登場しているはずのヒロインもそうだ。例外は騎士科のダミアンと、魔法学科のフランだけ。『メモリアルデイズ~再会のとき~』は、メモリアルと聞いてオタクが最初に思い浮かべるであろうあのシミュレーションゲームと同様に、パラメーターがとにかく大事だ。いくら親密度が高くても、パラメーターが基準に達していなければ良いエンディングにはたどり着けない。それどころかキャラの登場条件にパラメーターが関わっていたりもする。


 フランがまさにそうで、学園内で彼と出会うには特定のパラメーターが必要になる。とはいえわたしはパラメーターなんて見られないし、そもそもヒロインですらない。ゲームをプレイしているからフランが魔法薬学準備室を私室のように使っていることは知っていたけれど、彼がいつ発毛剤に興味を持つかはわからなかった。そもそもなんで発毛剤……という疑問はさておき、仕方がないのでここは貴族令嬢として使えるものを使って調べました! 具体的に言うとお金です!


 人を雇って、魔法薬学に関連する品を売る店を見張らせた。長い三つ編みの少年が現れたら、なにを購入しているかを探らせて……そうしてあたりを付けたのが今日というわけだ。


 ここまでしなくても、とにかく準備室に通いまくるという選択肢もなくはなかった。けれどフランは興味のないものには見向きもしない。よくて無視、悪ければ研究の邪魔だと追い出される可能性があったので、いざとなれば土壇場で止められるこのタイミングまで待った。


 そこまでしてでも断髪を阻止したいのか? そうですけど。


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