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騎士②

本日二話目の更新です。ご注意ください。


 ──……よ、よかったぁ。


 不安要素はいくつかあった。まずは、そもそもこの事件が起きないのではないかということ。ゲーム上では、入学式でダミアンに挨拶をして、約二週間後に「散歩をして帰る」という選択肢を選べば発生するイベントだ。


 悪役令嬢こと、わたし、ベアトリーチェ・サヴィーニは高位貴族のご令嬢だ。父は財務大臣で、各方面に顔が広い。娘のわたしも当然それなりに有名人で、ダミアンとも顔見知りではあった。けれど念には念を入れ、入学式でも一言挨拶を交わしておいた。


 その次にわたしがやったのは、散歩をして帰るという選択肢を選ぶこと……ではなく、先ほど見事に決まった、拘束状態から抜け出す練習である。


 男性使用人に協力を仰ぎ、「お嬢様相手にそのようなことはできません」と渋る彼らを説得し、後ろからお腹に腕を回してもらった。ゲームではお腹がぐっと圧迫される描写があったので、不審者に捕らえられたならこの体勢になるはずだと思っていた。


 ヒロインは、ナイフが離れた瞬間むやみやたらに暴れていた。偶然男の足を踏んだことで拘束が緩み逃げ出せはしたものの、暴れたせいでナイフが再び近付き髪が切れたのだ。


 こちらの髪が切れるのはまずい。だから、暴れる・足を踏む以外の方法で抜け出す必要があった。そこで考えたのがさっきの方法というわけで、上手くできるようになるまで何度も何度も男性使用人たちを投げ飛ばした。(注:床に布団や毛布を敷くなど、使用人の安全には充分配慮した上で行いました。)炎上怖いからね、注釈入れます。


 そんなわたしの涙ぐましい努力と、使用人のみんなの多大なる協力のおかげで、なんとかうまくいった。できた瞬間は謎の興奮状態とでもいうか、少しふわついた気持ちだったけれど、こうして不審者の姿が見えなくなると一気に力が抜ける。


「ベアトリーチェ嬢、お見事でした!」


 髪と同じ赤い目をきらきらさせて、ダミアンがこちらを見た。まるで大型犬みたいだ。


「まさか武道の心得があるとは!」

「武道だなんて……そのような大それたものではありません。いざというときのために、少しばかり護身術を身に着けておりましたの」


 そう、いざというとき──たとえば、イケメンが断髪しそうになったときのために、ね。わたしの言葉を謙遜と受け取ったのか、ダミアンは大きく首を振る。


「いいや! 熟練の動き、そしてあの雄叫び! 見事なものでした!」

「お、おたけ……。そ、それはその、ほら、大きな声を出すと瞬発的な力が出ると申しますでしょう?」


 おほほほ、と努めてお淑やかに笑って誤魔化す。ダミアンが「たしかに!」とすんなり納得してくれるタイプで助かった。仮にも貴族令嬢として、雄叫びはまずかったな……。


 お淑やかな微笑みを顔に張り付けたままでいると、興奮した大型犬のようだったダミアンが不意に表情をやわらげた。


「しかし、怖かったでしょう。自分が不甲斐ないせいで、助けるのが遅くなり申し訳ございません」

「え? いえ、ダミアン様はすぐに駆け寄って、あの者を取り押さえてくださいました。不甲斐ないだなんてことは」


 ありません、と言いかけて言葉に詰まる。ダミアンの大きな手が、わたしの手を握ったからだ。


「それでも。あなたに怖い思いをさせてしまった。自分の鍛練不足です」


 握るというより、包むと表現した方が正しいくらい優しく触れた手が、やけに温かかった。ダミアンに触れられたことで初めて、わたしは自分の指先が氷のように冷たく、小刻みに震えていることに気が付いた。


 ……あれ、もしかしてわたし、怖かったのかも。


 自宅で練習しているときは、「やってやるぞ!」とか「待ってろ不審者!」とか、思っていたはずなのに。こてんぱんにしてやるぜ、くらいの気持ちでいたのに。


 いざ本物のナイフを目の前に突き付けられ、わたしは怖かったのかもしれない。自覚する暇がなかっただけで。


「自分が助けるべき場面だったのに、あなたに助けられてしまいました。すみません、ありがとう」


 温かくて硬いダミアンの手のひらが、労わるようにわたしの手を撫でる。ああ、前世でゲームをプレイしているときも、彼のこういうところが好きだったなと思う。たしかに彼は筋肉自慢の体力キャラだけれど、人の心の機微にとても敏感で、実直で優しい。


 なんだか泣きそうになってしまって、わたしは急いで首を横に振った。


「いいえ、お礼を言うのはやはりわたくしです。ダミアン様がすぐに取り押さえてくれなければ、逆上して襲ってきたかもしれません。助かりました、ありがとう」


 微笑むと、ダミアンも同じように微笑み返してくる。ほんわかした空気が流れ、わたしの指先にも体温が戻り始めた。


「しかし、やはり鍛練不足だ! これは日課のトレーニングを増やすべきだな」


 うんうんと頷きながら、ダミアンが筋肉キャラらしい発言をした瞬間にはたと気付く。そうだ、ほんわかしている場合じゃない。今だ!!


「まあ、ダミアン様は今でもたくさんの鍛練を行っているんでしょう? 髪を切りにいく間も惜しんでいると聞いていますよ」

「えっ、ああ、いや、お恥ずかしい……。短く刈り上げた方が楽だとは思うんですが、度々散髪に行くのが面倒で。綺麗な髪でもないし、みっともないでしょう」


 ダミアンは気まずそうに視線を逸らす。いくら体育会系キャラとはいえ、近衛騎士団団長の息子が自らバリカンで、とはいかないのかもしれない。そもそもこの世界にバリカンがあるかは知らないけれど。


「とんでもない! ダミアン様の日頃の努力の証ですし、勇猛な獅子のようでとっても素敵です!」


 満面の笑みを浮かべ、ダメ押しでもう一度「とっても!」と言えば、ダミアンは一気に頬を赤くした。


「そ、そう、ですか? ええと、ならよかった……って、よかったは変か。ええと……」


 あー、とか、うー、とか、いまいち言葉にならない声を出して視線を彷徨わせる姿は、完全に女慣れしてない純情ボーイのそれである。やがてダミアンははっとして握っていた手を離した。


「すす、すみません! 気安く触れてしまって」

「いいえ、おかげで安心しました」

「よかった。ああ、でも送って帰りましょう」

「いえ、もう馬車が迎えにきている時間ですので大丈夫です。あんなことがあってすぐですから、警備も目を光らせているでしょうし」

「そ、そうですか。では自分はもう一度鍛練して参りますので、ここで失礼します」


 気を付けてと言って、ダミアンは真っ赤な顔のまま少し小走りで鍛錬場へと引き返していった。……なんていうか、純情すぎて眩しい。


 とにもかくにも、一人目の断髪は無事に阻止できたことでしょう! ダメ押しをしたので、今後別の理由で切ってしまうということも防げるのではないかと思う。純情な感情を利用してごめんとも思うけど。


 何はともあれお疲れ! と自分に向かって声を上げ、ついでに右手も振り上げた。たいへんよくがんばりました!


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