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騎士①


「ベアトリーチェ様! ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 自分が「ごきげんよう」なんて言う日が来ようとは。少し面白くなりながら、わたしはくるりと大ホールを見回した。


 このゲームの舞台は、魔法だって存在するファンタジーな世界のとある国。十六歳になる貴族や富裕層の子供たちが通う王立学園にヒロインが入学するところから始まり、エンディングは二年後。攻略対象は全部で五人。第一王子、騎士、天才魔術師、学年一の秀才に、幼馴染だ。


 全員もれなく長髪だが、全員もれなく髪を切る。理由はさまざまで、個人的には誰一人髪を切らないままエンディングを迎えてほしいところだが、わたしは一応良識のあるオタクのつもりだ。悪役令嬢の姿になっているとはいえ、ヒロインの邪魔をしてまでどうこうするつもりはない。涙を流し唇を噛み締め地団駄を踏みながらでも、ヒロインの意中の相手の断髪は耐えようと思っていた。だってそれが公式だもん……。


 五人全員の断髪は耐えられる自信がないので、できればハーレムエンドだけは避けてほしいと考えながら、入学式という名のパーティーが行われている大ホールをさまよい歩く。しかし、大ホールをいくらうろついても、中庭や正門の方まで見に行っても、結局入学式にヒロインは現れなかった。


「わたしに都合がよすぎる……やっぱり夢かも……」


 帰宅するなりぶつぶつ呟くわたしを見て、メイドはちょっと怯えていた。ごめん。


 とはいえヒロインがいないなら好き放題しても構わないな、と断髪回避の決意を新たにする。そうと決まれば、作戦を練らないと。急ぎやらなくてはならないこともたくさんある。


 ──ああ、わくわくする。鏡を見なくても、今の自分が悪役令嬢ではなく悪いオタクの顔をしているであろうことがわかった。





 わたしが最初に断髪回避を目指したのは、近衛騎士団団長の息子であり、自身も騎士を目指しているダミアンというキャラだ。熱血タイプの力自慢で、いわゆる典型的な筋肉馬鹿。体育会系キャラには珍しい長髪だが、長髪とはいっても大した長さではない。解いても肩に付くか付かないかくらいの長さの、燃えるように真っ赤な髪を後ろでひとつ結びにしている。剛毛なのか毛先はつんつんと尖っていて、新品の箒みたいだ。

 しかしながら長髪は長髪。わたしの目が黒いうちは、切らせるわけにはいきません。


 ダミアンが髪を切るのは、ヒロインへの贖罪のためである。

 入学式から二週間。浮ついた新入生たちがようやく落ち着こうかといったころ、学園内に不審者が侵入する。王侯貴族の子息令嬢がわんさか通うこの学園は当然警備がしっかりしていて、不審者は侵入こそ果たせたもののすぐ人に見つかった。なんとか逃げようとしたところでちょうど鍛錬帰りだったダミアンに遭遇し、不審者は咄嗟にその場にいた女生徒の首にナイフを突きつける。


 もちろんこの女生徒がヒロインだ。ヒロインは隙をついて不審者から離れようとして、そのときナイフが髪を掠めてしまう。切れたのはほんの一房で、ばっさり持っていかれたわけではないものの、攻略最中のわたしはここでも怒った。たしかにわたしは長髪のイケメンが大好きだけど、女の髪も命だと思っています。


 ダミアンもそのタイプだった。不審者を取り押さえたあと、ヒロインの髪が切られたことに気が付いて、自分にもっと力があればと悔いた。気にしないでと言うヒロインに対し、そんなわけにはいかないと自ら髪を切ったのだ。その場ではひとつ結びの部分を切り落としただけだったけれど、翌日にはしっかり刈り上げて「ザ・筋肉キャラ」のビジュアルになっていた。


 ──思い返しただけで涙が出る。どうしてこんなにも序盤の序盤で髪を切るんだろう……ラストで切られるよりはマシなのか? いやでも、せっかく筋肉キャラにしては珍しい長髪だと喜んだオタクが可哀想ではありませんか? この速さで切るくらいならいっそメインビジュアルも短髪じゃだめだったんですか? 無駄に期待させないでください。


 心の汗を拭いながら、人の少ない校舎裏を歩く。ここは鍛錬場から教室へ向かう近道で、ダミアンもよく通る。そして、おそらくもうすぐ……。


「きゃぁあ!!」

「だ、誰か!」


 校舎の中から悲鳴が聞こえる。咄嗟に足を止めて悲鳴の方向を見ると、「くそっ」と呟きながら、見るからに怪しい黒服の男が窓から飛び出してきた。


 ──来た。間違いなく不審者、どう考えても不審者。日中の学園に侵入するなら逆に目立つでしょその格好、と思いながら、存在をアピールするためにわたしもあえて「きゃっ」と小さく声を漏らした。


 男は一瞬わたしを見たものの、逃げるのが優先だと考えたのかすぐに前を向いた。ヒロインでないと駄目だったか、と思ったのとほぼ同時、聞き覚えのあるイケボが「何者だ!!」と叫んだ。


 鍛錬終わりで剣を持ったままのダミアンが数メートル先にいて、今にもこちらに駆け寄ろうとしている。不審者はそれに気が付くなりはっとして、再び「くそっ」と言いながらわたしの腕を掴んだ。


「来るな!!」


 ぐいっと男に引っ張られる。腕はすぐに離されたものの、代わりに腹部を片腕でがっしり掴まれた。もう一方の腕が迫り、目の前で銀色のナイフが鋭く光る。ダミアンはぐっと奥歯を噛み、足を止めた。


「……そのご令嬢を放せ」

「うるさい! 来るんじゃない!!」


 腹部に回った腕の力が強くなって、思わずわたしは「うっ」と息を漏らした。ダミアンの持っている剣がちゃきっと音を立てて、男は慌てたようにダミアンに向かってナイフを振り回す。


「近寄るな!! け、剣を置け!!」


 人質を捕ったなら、ナイフは人質に向け続けた方がいいだろうに。服装に続きそんなところも突っ込みたくなったけど、まあ、彼はモブ中のモブだから仕方がない。それにわたしにとっては、ナイフが離れた今がチャンスだ。


「わかった、わかったから」


 ダミアンが焦りを滲ませた顔で、剣を置くために膝を曲げ、背中を丸める。それを見た男が安堵したように「へへっ」と笑い声を漏らした瞬間、わたしは行動に出た。


 背中を反らすようにして、一度男の方にぐっと体重をかける。男が「あ?」と釣られて背中を反ったタイミングで、今度は思いっきりお尻を突き出した。腰のあたりを突かれて男がよろける。片腕の力が緩み、わたしは素早く一歩横にずれ、重心を低くした。


「てぇええええい!!」

「うわあっ!!」


 よろけた男の片足を抱きかかえるようにして、雄叫びとともに一気に持ち上げた。どすんっ! と男が背中から倒れ込み、痛みに呻く。


 よし、できた……! そう実感するより早く、赤い髪が飛び出してきて男に馬乗りになった。剣先が男の顔のすぐ横の地面に突き刺さり、「ひぃっ」と情けない声が聞こえる。


「観念するんだな」

「……は、はい……」


 そこからはあっという間だった。すぐに警備の者がやってきて、男を拘束し連行していく。ダミアンとともにそれを見届けてから、わたしはようやくほっと息を吐いた。


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