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プロローグ

様子のおかしい新連載はじめました。よろしくお願いいたします。


 乙女ゲームの、いわゆる悪役令嬢に転生していると気が付いたとき、人はどうするものだろう。悪役令嬢などと言われないように、ヒロインに優しくする? それとも、自分を悪役令嬢たらしめた相手に復讐する? わたしは……、そうだ、わたしがこの世界でやるべきことは……。


「あ、あの……、ベアトリーチェ様……?」


 ふらふらとドレッサーに寄り掛かったわたしを心配して、メイドが声をかけてくる。そうだ、今のわたしはベアトリーチェ・サヴィーニ。前世で何十時間もプレイした乙女ゲームに出てくる悪役令嬢だ。


 ゆっくり何度か瞬きをすると、頭の中が少しずつクリアになってきた。前世を思い出した衝撃でよろけた脚に、なんとか力を入れ直す。しっかりと踏ん張ると、ドレッサーの鏡に映る、金髪碧眼の美少女になった自分を睨みつけ、ぐっと拳を握った。


 ああ、まさか自分がこの世界に転生するなんて。でもこうなったからには、やることは決まっている。わたしがこの世界で目指すのは、当然自身の断罪回避──……では、ない。


「絶対に成し遂げてみせる。そう、わたしが目指すのは……イケメンの断髪回避だ!!」


 おう! と握った拳を突き上げると、心配そうにわたしの様子を窺っていたメイドが、いよいよ本気で動揺の声を上げた。うん、ごめん。心も身体も健康です。ただわたしは、ただ、本当にただただ、長髪のイケメンが大好きなだけなのだ……!





 人よりちょっぴり長髪のイケメンが好きな、いたって普通のオタクだったわたしが転生したのは、前世でものすごくやりこんだ乙女ゲーム『メモリアルデイズ~再会のとき~』の世界だった。そのゲームは、とくにかくキャラデザがよかった。なにを隠そう、攻略対象全員が長髪のイケメンだったのだ。パラダイスである。


 メインビジュアルが公開された日、わたしは正直言って少し踊った。ついに長髪イケメンの時代が来たのだと。


 即座に公式SNSをフォローし、追加情報が公開されるたびに手を叩いて喜び、発売前日には部屋を掃除し食料を買い込んで万全の体制を整えた。当然、発売日には有給を取った。


 そうして意気揚々とプレイを開始したわたしは、一人、また一人と長髪のイケメンを攻略し……そして絶望していった。このゲームはなぜか、いやもう本当になぜだかわからないのだけど、なぜか……エンディングまでに、すべての攻略キャラが髪を切るのだ。


 ──いや待って? 本当にわからん。今思い返しても意味がわからない。どうして。長髪キャラの髪を切るなんて、眼鏡キャラがコンタクトにするくらい反感買うでしょ!? え、違う?


 一人目を攻略したときはまだ耐えられた。全員が長髪なんだから、差別化のためにも一人くらいは断髪するよねと自分を納得させた。しかし、結局全員がなんだかんだで髪を切った。一途ルートならともかく、ハーレムエンドでまで全員きっちり髪を切っていたので、わたしはさめざめと泣いた。諦めきれずにコンプリートしたスチルに、長髪イケメンはほとんどいない。


 いったいどうして。長髪イケメンの時代が来たわけではなかったのか? 世は大断髪時代なのか? この世の全てとシナリオライターが憎かった。発売日前まではすぐにでも抱き締めて札束を握らせたいと思っていた、シナリオライター山岸さん。あなたは長髪のイケメンが好きなんじゃなくて、長髪のイケメンが断髪するのが好きなんだね……。


 勝手に期待して勝手に裏切られた気持ちになるのは、オタクの悪い癖だ。ごめん、主語が大きかった。わたしの悪い癖です。いくらわたしが長髪のイケメンにクソデカ感情を持っていても、わたしは所詮いちオタク、ただのプレイヤー。公式がすべて、それが正義。


 頭ではわかっていても心が追い付かず、断髪前のキャラのイラストを描いたりもした。「素敵なイラストですね!」の感想に嬉しくなって、「短髪verも見たいです!」のコメントに悲しくなって。わたしはただ、ただ長髪のイケメンが好きなだけなのに……。


 暗い部屋でゲームのタイトル画面を見ていた。これが前世最後の記憶だ。公式のイラストで全員が揃って髪が長いままなのは、このタイトル画面に表示されるメインビジュアルだけ。どうして。こんなに美しいイラストで、声優さんだって有名どころの人ばかりなのに……まさか全員が髪を切るなんて。どうして、いやだ、もったいなさすぎる。こんなんじゃ死んでも死にきれないよ……。


 などと考えていたことは薄っすら覚えている。とはいえよくある転生もののように、事故に遭ったり、過労で倒れたりして突然死した、なんて記憶はない。ショックを引きずってはいたけれどプレイ後も信号は守っていたし、トラックに突っ込まれてもいないし、過労死するほど仕事を詰め込んだりもしていない。突然神様が現れて「願い事をなんでも叶えてあげましょう」などと言われた記憶も、当然ない。もしそう言われていたのだとしたら、転生させてくれではなくて「長髪のイケメンが断髪することのない乙女ゲームを山程プレイしたい」と答えていた気もする。


 つまりそうか、夢か、と思った。あまりにも長髪への執着が強くて、都合のいい夢を見ているんだなと思った。ただ、それにしてはリアルすぎる。お腹も空くし、トイレにも行きたくなるし、痛覚だって普通にある。やっぱり現実なのだろうか。


 うろたえるメイドをなんとか誤魔化してしばらく考えたものの、結局なにもわからなかった。


 考えてもわからない。わからないなら仕方がない。


「せっかくだし、やっぱ断髪回避を目指すっきゃないっしょ!」


 結局のところ、再びこれに行きついた。いくら考えたって、今のところ元の世界には戻れそうもないのだ。夢だとして目が覚める気配もないし、異世界転生だとして神様が声をかけてくる気配もない。うん、人間諦めが肝心である。長髪イケメンを諦めきれないわたしが言うのは、ダブスタ以外のなにものでもないが。


 とにもかくにも、わたしは長髪のイケメンを拝むため、ゲームの舞台である王立学園の入学式へと向かうのであった。


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