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第一話 雀の涙

僕のクラスメートである鳳来寺はつりと出会ったのは、僕がこの盟凰高校に入学したすぐ後だった。

人柄の良い雰囲気を漂わせる彼女は、周りに押されつつも (最終的には彼女自ら立候補をして)女子代表のクラス委員長になり、親友にそそのかされて男子代表のクラス委員長になってしまったこの僕とは、住む世界が違う、決して関わる事がなかったであろうクラスメートだった。

この学校の制服の格好良さを選んで地獄のような受験生活を送った僕に対し、進学校であるここ私立盟凰高校を推薦で合格し、(ちなみに僕は一般受験で合格。合格ラインはギリギリ)中学時代は文武両道を極めていた彼女。前髪直線で後ろはポニーテールで纏めている彼女、透き通るようなの瞳に、クラスの雑用をするよう頼まれた時に顔を合わせた時、彼女の目に映っているおどおどした自分が情けなくて、それ以来彼女の顔を直視したことがない。

僕の外見と性格も、彼女とは釣り合うことはない。

文武両道の彼女と何の変哲のない自分。

放課後に担任の先生へ辞任することを懇願したが時既に遅し、今更変えることは出来ない。と打ちのめされた。




「閃里ー!昼飯だぞーっ!」

昼休み――――午前中の授業の疲れを癒やす如く自分の座席の机で、崩れている僕の背中をバシバシ叩く人物が、僕の親友の指宿明宏いぶすき めいこうである。

彼は小学五年生まで僕と同じ小学校に通う同級生であり、心から信頼できる唯一の親友だった。

小学六年生の時に地方へ引っ越してしまったが、時代は変わり、パソコンが普及し始めた事によって、僕たちの友情が壊れることはなかった。

小学校時代はパソコンの電子メールで、中学校時代は携帯電話で連絡や情報交換などで友情を計り、今年の高校一年生の春、指宿明宏は再びこの地に舞い戻って来た。

明宏と出会ったのは入学式の当日で、本人曰く―――僕を驚かせるサプライズ企画のような軽いノリで盟凰高校に入学してきたと吹聴していたが、本来は親の仕事の都合でまた戻ってきたらしい。

「まーたぐーたらしちまって。昼飯食ったら今日は四組のカワイコちゃん達を見つけにいこーぜ」



「嫌だよ。残った宿題を昼休みにやって終わらせるんだから。それに、終わったら来月の球技大会の種目を鳳来寺さんと決めて生徒会に報告しなきゃいけないんだから。」

「鳳来寺はつりちゃんね〜。ウチのクラス一可愛くて人気のある鳳来寺はつりを独り占めに出来るのは羨ましいことだが…昨日だって俺の約束をすっぽかされてんだから宿題はなしな。」

快活に笑って見せる明宏を睨む僕。

それを見た彼はポンと僕の頭に手を置き。

「宿題なんて俺が見せてやっからさぁ〜。それでいいだろ?」

ひょうひょうとしていて、いかにもチャラそうな外見の彼は、以外にも頭が良かった。

小さい頃から悪知恵が働くので、その頭の回転力が勉強にも影響したと自慢気に自嘲していた彼の頭の良さは一学期校内実力テストで明らかになった。

校内実力テストで、国語と英語を百点満点を記録した彼の実力には度肝を抜かれた。

「誰の所為でこんなことになったと思ってるんだよ。クラス委員長なんて名前だけ格好付けた雑用なんてこと、やりたくなかったのに」

「いいじゃんいいじゃん。クラス一可愛い女の子とお近づきになれたんだしさぁ。彼女のこと嫌いじゃないだろう?」

「別に…。僕はイブが一緒に委員長と副委員長をやろうって言ったから立候補したのに。」ちなみにイブというのは指宿明宏の指宿を略したあだ名。彼は、クラスの委員会決めの時に僕と一緒にクラス委員長と副委員長になろうと企てた人物である。

しかし、彼は保健委員になった。

「あれは人数がダブっちまってじゃんけんで俺だけ負けちまったことじゃねーか。運だよ運」

そう。じゃんけんで明宏が負けてしまったという運の悪さで決定したため、僕の憂鬱を彼に押しつけるのは間違いだった。

「はぁ。」自分が描いていた高校生活がこんなにもうまくいかないことに、つい溜め息がでる。



自分とは一生関わることはないであろう校内の女子生徒。


捗らない勉強。



愕然と学力の差がありすぎる親友。努力は怠らなかった―――はずなのに、他人よりも何かにしろ一歩劣る自分。


溜め息をついた先には彼女が―――鳳来寺はつりの姿がそこにはあった。

ちょうど僕の席から斜め右、同じクラスの女子と楽しく会話をしながら昼食を食べている彼女。

「はぁ。」

同じクラス委員長でも全然違う。

彼女なら様々な頼み事を、笑顔で快く受け入れるだろうに、未だに自分の現実すら受け入れたくない僕がいる。

今頼み事なんてされても、笑顔で引き受ける寛大な心は僕にはない。

視線の先で、彼女が―――鳳来寺はつりがクルリとこちらを振り返る。僕の席の後ろにある黒板に書かれている行事予定でも見ているんだろう。

と思った矢先、彼女と視線が重なった。

この時僕は、相当気の抜けた顔をしていたに違いない。目は眠気でとろんと垂れて、口は半開き。だらりと姿勢を崩して机と一体化をしようとしている。

彼女はクスッと笑って―――わずか二メートルもないこの距離でひらひらと手を振った。



女の子らしい 小さく ひらひらと 手を 振っていた。


僕に。


僕に?


「やーっぱかぁわいいよなぁ〜鳳来寺はつりちゃんは。」

彼女から視線を反らして明宏を見ると、彼は笑顔で(しかもキメ顔で)引きちぎれんばかりにブンブン手を振っている。

「イブが振ってたのかよ。」「んぁ?先に振ったのはあっちからだぜ?ひょ〜っとして俺達に気があんのかな」

「いや。イブには有り得ないでしょ。」すかさずツッコミを入れる自分。

「決めた。今日は鳳来寺とお近付きになるぜ。」

僕の肩にポンと手を置き、そして明宏は昼食中の彼女達に近付いていく。

「はぁ。」

口周りの上手さと行動力の高さには親友ながら感服するよ。

正直、羨ましい―――と思っていたりする自分。


僕の視線の先には、明宏と鳳来寺はつりとその友達が楽しくお喋りをしている。

羨ましい―――のだろうか。

自分が出来ない事を出来る人が。


ないものねだり。なんて言葉があるが、何をするにしろネガティブな方向や自分にとってマイナスになる事を先に思い浮かべる僕にとってそんなものは、何もなかった。

ねだっても、すぐ自分が諦める。


願っても、自分で行動を起こすしかない。

わかっているけど。

今の自分を壊すこと――一歩踏み出すことが出来なかった。



いや、しなかったんだ。

羨ましい。欲しい。自分もなりたい。

そう思っているだけで、思いとどまるだけで、心の底では満足している自分。


本当は自分のことなんてどうでもよかったんだ。



「やったな!閃理!今日は鳳来寺と三人で下校だぜ!」

その瞬間に僕の体が弓なりに跳ね上がった。

不意に明宏に脇腹をくすぐられて体が異常に反応してしまい、机に突っ伏せて一体化していたはずの体がピーンと弓なりに伸びる。

「はははっ。まだ脇腹弱いんだな。」

「いきなりなにすんだよ!!」

突然のくすぐりに怒声を上げる。

すぐ近くでは鳳来寺達がクスクス笑っていた。

恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。

怒声を張り上げたのはいいものの、教室一帯の視線を浴びてしまった。

顔から火が出るくらいの辱めを受けた僕の怒りは、快活に笑い飛ばす金髪の親友に向けられた。







―――七限目終了。1ー3教室。


「へぇ。指宿君と白崎君は幼なじみなんだ。」

放課後の教室では、僕の机の周りに鳳来寺はつりと指宿明宏が談笑している。

「そうそう。閃理がこーんなにちっこい頃から友達なんだぜ。」

10センチくらいの高さを手で図る明宏。

「そんなに小さくないし。」

ペチッ、と明宏の手を叩き――

「それだったら、僕だってイブがこんなにちっさい時から友達だよ」

親指と人差し指で大きさを図る僕。それに反抗して僕の髪をくしゃしゃにする明宏。

二人のやりとりを見て微笑む鳳来寺。

ふと鳳来寺の笑顔が目に入り、照れくさくなる僕。

「仲がいいのね。二人共。」

屈託のない彼女の笑顔が眩しい。

面白くもなんともないはずなのに。


「やっほー。はーつり!」

鳳来寺の後ろからひょっこり現れたショートカットの女子生徒。

同じクラスメートだし。たしか名前は…。

「あっ、小蒔。もう用事は済んだの?」

思い出した。クラスの委員会の名簿にあった。

風紀委員の藍原小蒔だ。(あいはら こまき)

「うん。風紀委員の集会は男子だけなんだってさ。」

女子はないんだよ。と 続ける藍原。

「私の友達の藍原小蒔。中学校が同じだったの。」

よろしく。と後に続く藍原。

「ほー。こりゃまたショートカットが絶妙な美少年だこと。俺は指宿明宏。こっちが白崎閃理。」

「誰が美少年だよ!」

「おっと失礼。軽い冗談よ冗談。って、藍原は俺と席近いから自己紹介なんていらねーか。」


頭を掻きながら笑い飛ばす明宏。少々ご立腹な藍原。

「もうっ。僕は女の子なのに。はつりも気をつけなよ。こいつ、女の子だったら誰でも目をつけるんだから」

ビシッと明宏を指差す藍原。

両手をひらひらさせながら弁解する明宏。



流石明宏。もうクラスの女子と馴染んでる。

「最初の第一声が『一年生全クラスの可愛い女の子を紹介してくれ』だって!信じらんないよ。」

小声で耳打ちをする動作を作る藍原。多分。その当時に明宏がそれをしたのだろう。

そんなこともあったような。なかったような。と紛らわす明宏に、僕はため息をついた。鳳来寺は藍原と明宏のやりとりを楽しそうに見ている。

「まぁそんな色ボケは置いといて、よろしくね。白崎君。」「え?あ……うん。よろしく。」

女の子に免疫のない僕にとって、藍原の笑顔が心臓を揺らがせた。

「僕のことは小蒔でいいからね。」

頷きながら段々目線を反らしてしまう自分。

正直に言うと、僕は人見知りだった。



今までまともに同級生の女の子と会話をしたことがない僕にとって、(中学生の中2あたりからあんまり女の子と会話する事が減った)それにプラス人見知りで、昔の幼なじみや家族ぐらいしかまともに話せる人がいなかった。


そしていつの間にか自分から会話をすることさえしなくなった僕。

今思う。


僕はかなり社会に適合できていない。



「んじゃ。こんな美少年はほっといて、三人で帰ろーぜ。」

「なんで僕だけ仲間外れなんだよー。女の子には優しくするもんなんだぞ!」

小動物のいがみ合いのように、お互いを威嚇しあう小蒔と明宏だが、鳳来寺がそれに仲裁を加えた。

「小蒔は私の家と近いし、人数が多いと会話が弾んで楽しいから四人で帰りましょう。ね?指宿君。」


見事な仲裁で二人の仲を取り持つ鳳来寺に、明宏が降参した。

「鳳来寺に言われちゃ誰も断れねぇや。まっ、閃理ん家の近くのゲーセンでボーリングのチーム戦とでも洒落込みますか。」

賛成!の小蒔の合いの手に、ボールを投げる手つきを見せる明宏。


僕の高校生活は、この三人の出会いから始まった。

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