想定外
高校生は一瞬でいろんなことが起こりすぎてキャパオーバーしています。
昴は朝陽を抱えたまま、ビルの屋上から地上へと降り立った。
着地の衝撃を最小限に抑え、そっと彼女を地面に降ろす。
「……立てるか?」
問いかけに、朝陽は小さく頷いただけだった。
息は浅く、顔色も悪い。
「うわ……」
その様子を目の当たりにして、男子高校生は思わず声が漏れる。
(さっき壁蹴って登ってた人が、この高いビルから飛び降りて無事なんだけど……しかも女の人抱っこして)
(本当にコイツら何者だよ……)
理解が追いつかず、ドン引きしている。
「おっと、これha……」
「うぉ!」
(次から次となんだよもぉー)
背後から足音もなく現れた2人に、高校生の肩は思わず跳ねた。
暁斗と明日香が合流し、周囲の状況を一目見て察する。
(……これは最悪ねっ)
2人は張り詰めた空気から、ことの重大さを悟った。
合流はしたものの、普段おちゃらけている彼等でさえフォローできる空気感ではない。
この重い空気の中、昇栄が動く。
「……君。驚かせてしまって申し訳ないね」
穏やかな声で、昇栄は高校生に近寄り話しかけた。
優しい口調でも眼帯の大男が近づいてくるのだ。高校生が思わず背筋を伸ばすのも無理はない。
霊力はすでに抑えられており、まず人間には感じ取れないはずだが、その場の空気を変えるほどの存在感は隠しきれていない。
「私たちは警視庁の特殊部隊でね。危険な犯人を追っていたところなんだ」
「巻き込んでしまった身で申し訳ないが……いくつか確認をさせてほしい」
昇栄がそれらしい理由をつけ、書類を差し出す。
「な、名前と、生年月日、住所……ですか?」
「そう。形式的なものだよ」
高校生は恐る恐る書類を手に取り、素直にペンを走らせる。
それを横目で見つめている昴の顔はだんだん青白くなっていく。
青白い顔がすーっと朝陽に寄せられ、囁く。
「おい……やばいぞ。これ後で説教コースだ」
だが返事はなかった。
朝陽は一連の出来事を目に焼き付けつつ、呼吸を整えるのに精一杯だった。
「ありがとう。木村 弦くん、でいいかな?」
「はい」
昇栄は書類を受け取り、静かに続ける。
「念のため、怪我がないかボディチェックをさせてほしい。いいかな?」
「……? はい」
一瞬だけ不思議そうな顔をした弦だったが、断る理由もなく頷いた。
「では、目を閉じて」
(……目、閉じる必要あるか?)
そんな疑問を抱きながらも、弦は目を閉じた。
昇栄が、そっと弦の額に手をかざす。
次の瞬間――。
淡い、暖かな光が広がった。
これは“忘術”。
隠密にのみ伝えられ、使用が許可される秘伝の術。
相手の記憶から、天道一族にとって不都合な部分だけを消し去る。
使用は、「金鎖を人間に見られた場合」に限り、1人につき1度だけ。
2度目が起こらぬよう、術を受けた者は本人に知らされることなく、生涯にわたり天道一族の監視下に置かれる。
――それほど重い術。
……のはずだった。
「……あのー」
その瞬間、昇栄の指先がピクリと動いた。
弦が、目を閉じたまま話しかける。
「もう、開けていいですか?」
この問いに昇栄は反応できなかった。
(術はしっかり発動させた……。本来なら、忘術を受けた者は、即座に意識を失うはずだ)
(……例外は、存在しない。)
昇栄以外の誰も、もちろん動けなかった。
「……?」
誰からも反応がないことに弦は首を傾げる。
気絶していない。
意識もある。
その場にいた全員が、言葉を失っていた。
高校生の名前は 木村 弦
高3(18歳)受験真っ盛りです⭐︎




