応援
「きゃっ!」
朝陽は軽い悲鳴を上げながらも、男のナイフを反射でかわした。
男は間髪入れずにナイフを喉元目掛けて振り上げる。
朝陽は鎖鎌で攻撃を受け止めた。
「!」
男は驚いた顔をしてナイフを引き、距離を取る。
(三日月のピアス。やっぱり被疑者だ)
男の動きが止まったことで、朝陽は男の詳細な容姿をやっと確認することができた。
そして、緊急任務の被疑者であると確信した。
「天道の術……。お前桂じゃなかったのか」
「え?」
男の言葉に朝陽も驚いた顔をする。
(桂? 桂一族? 私を誰かと勘違いしているの?)
「霊力が漏れているぞ。もっと上手く隠せ」
「!」
(霊力が漏れている? 嘘? おじさんにも感知されてないのに。こいつヤバい。……それより私は隠術すらも完璧にできないの?)
霊力が漏れていることを指摘され、朝陽は敵を前にしているにも関わらず、自分の実力不足に失望していた。
「まぁ、天道1人やっても問題ねぇよな」
男はポツリと呟いてから、また朝陽に向かって勢いよく飛び出し、攻撃を再開した。
「っ!」
男はナイフを両手に持っていた。
左右から絶え間なく斬りかかる刃に、朝陽は防御で精一杯だった。
朝陽は男の攻撃に圧倒され、だんだんと後退していく。
*
『きゃっ!』
朝陽の軽い悲鳴は、任務遂行者達にも聞こえていた。
「朝陽!」
『エっ? あの声朝陽ちゃんっ!?』
昴と明日香がすかさず反応した。
「日和、どうなっているの?」
『被疑者が朝陽に接触したよう。いま、虫をその場所に向かわせている』
「急ぎ頼むよ」
昇栄が日和に状況を確認させる。
一行が日和の報告を待つ中、朝陽の霊力が放出されるのを感じていた。
「朝陽の霊力だね。隠術を解いて金鎖でも出したな?」
隠術と金鎖は同時に発動できない。そのため、金鎖を出すときは結界を張り、人間に見つからないように対処している。
『蟲、到着。朝陽は金鎖を出して対処中。防御で精一杯な感じ。朝陽は結界を張れる状況じゃなさそうだから、私が蟲の霊力を増やして張る』
「よろしく。周りに人間は?」
『今のところ近くまで来る人はいない』
「了解」
日和から情報を得て、昇栄は顎に手を当て考え込み、一呼吸おいてメンバーに指示を出す。
「暁斗と明日香は隠術を解いて朝陽の元へ向かってほしい」
『承知しましta!』
『霊力解放でさっきよりはスピード出ますけどっ、距離があるので少し時間かかりますよっ?』
「かまわない」
「昴と私は隠れながら実体を消し朝陽の元に向かうよ」
「は、はい!」
(さっきから朝陽の呼吸が荒い。日和さんによると押されているらしいし、なんで昇栄さんはすぐ向かう指示を出さないんだ? 俺が、「昇栄さんだけ先に朝陽のところへ行ってください」とも言えないし……、このままだと朝陽も怪我……いや、最悪の事態もあり得るぞ!)
昴は、先ほどからずっと聞こえる朝陽の荒い呼吸が気が気ではなく、すぐ応援に向かわせない指示に苛立ちを感じていた。
「どちらが先に着いても、まずは朝陽を被疑者から離すことを最優先! 接触場所は千代田区だ。男は裏(あやかし界)には逃げられない」
(! 裏は天道一族の敷地内か。逆を言えば、朝陽も隙を見て裏へは逃げられないじゃんか!!)
昴は更に朝陽を心配した。
約100年前の天道一族の長は、あやかしが人間界から襲撃する場合を想定し、敷地全体に侵入できない結界を張った。
現在も族長である燦燦を筆頭に、その結界が弱まらないよう日々霊力を注ぎ込んでいる。
人間界から天道の敷地に入るには、借りているアパート以外道はない。
『場所は路地裏だから狭いよ。気をつけて』
「二次被害を出さないよう一層注意して任務を続けよう。」
「『『はい』』」
昇栄の合図とともにそれぞれ指示通り動き出す。
「昴くんは、隠術を発動しながら実体を消すのは初めてかい?」
「はい。上手くバレずに霊力をコントロールできるか」
「大丈夫。まず感覚が安定するまでゆっくり進もう」
「それでは!……」
昴は、実戦で初となる隠術と透明化の同時発動に不安がありながらも、1秒でも早く昇栄が朝陽の元へ行かなければならないと思っている。
彼は焦りと苛立ちを感じ、表情が歪む。
「朝陽が心配かい? 朝陽は新人だけど、実戦を担当している捕縛班の一員だよ。相手は手強いかもしれないけれど、日和も監視してくれている。まずは自分が出来ることを考えよう」
「はい……」
(隠密候補だと言ってもまだまだ若手。親しい者がピンチに陥ると冷静さに欠けるか)
昇栄は、昴の焦りからくる不安や苛立ちの感情を感じ取っていた。
『昴くn! 心配なのはみんな一緒sa 』
『日和ちゃんも付いているしっ、私たちもできるだけ早く着くように今向かっているからねっ!』
『私も常に監視はしてる〜。朝陽がピンチなときは、一瞬だけど蟲で相手の気を散らすつもり』
他のメンバー達も昴の不安や焦りを感じ取り、安心させる言葉を述べていく。
「みんなそう言っているよ。私たちも早く援護できるよう集中しよう」
「はい。みなさん、ありがとうございます!」
昴の表情が緩み、霊力コントロールに集中し始めた。
昇栄は、昴が落ち着きを取り戻したのを確認して歩き出す。
昴は気づいていないが、彼の表情は険しかった。
(そうは言ったものの、まずい状況なんだよね……。相手は霊力感知が優れているから、日和の蟲も派手な動きをしたらすぐ潰される。……相手はなぜ笑って走り出した? 朝陽が目的だったのか? 我々が応援に駆けつけたところで朝陽を人質されたら、どのように動こうか?……)
被疑者の男は朝陽を勘違いで襲ったが、昇栄たちはその事実をまだ知らない。