狙いは…?
朝陽は電車の中で一連のやり取りを聞いていた。
(……)
昴と同じ表情をしている。
(……コレ緊急?)
あまりにも和気あいあいとした雰囲気を感じ、朝陽は任務自体を疑った。
『はい。そこまで』
『日和。私たちの位置と相手の様子を教えて』
昇栄が強制的に話を戻した。
朝陽はなぜかほっとした。
*
昴もほっとしていた。
『みんなの現在地、昇栄・昴は御徒町。暁斗・明日香は赤坂』
『被疑者、ガタイの良い若い男、髪はツーブロ、左耳に揺れる三日月のピアス、黒いパーカーに黒いパンツ、靴は黄色いラインの入ったスニーカー、品川駅の人混みに紛れて線路沿いを徒歩で北上中』
日和は本部の霊力サーチ機と23区内に配置した蟲を通し、状況を確認して報告した。
「了解。二人の方が男に近いな。隠れながら隙を見て結界を張ってほしい。私たちが合流するまで時間を稼いでおいて」
『承知しましta!隠れながら実体を消し急いで背後から結界を張りまth』
「頼んだよ」
(そんな高等技術を軽くできるなんて、やっぱすごい人達なんだな。俺はまだ実戦で活用できるレベルじゃないのに)
あやかし達は、人間に見えないように霊力を使い実体を消すことは容易にできる。
しかし、人の姿に扮しながら実体を消すのは霊力のコントロールが難しい。
天道一族は元々見た目が人間と同じだが、隠術を使いながら実体を消すことは他のあやかし達同様難易度が上がる。
その上、相手に感知されずに尾行となると、更に高難易度となる。
「私たちは霊力解放したまま(実体を)消して向かうよ」
「はい!」
『随時相手の行動・移動方角を報告する〜』
「よろしく頼むよ」
二人の姿は透過し、人混みの中を勢いよく走り抜ける。
「わっ!」
「きゃあ!」
「風つよっ」
人間達は二人が体を通り抜けたとはつゆ知らず、いきなり吹き出した強風に驚いている様子だ。
(昇栄さんの指示でやっと緊急らしくなってきた!)
昴は心拍数が上がるのを感じながらも、この緊張感を楽しんでいた。
「日和。男の種族は?」
『分からない。先に向かった二人は、人のまま霊力を使われずにナイフでやられたらしい』
『エッ? あのお二人がっ? なかなかの手練れねっ』
『捜査班の情報によると、被害女性の身体には霊力痕のある切り傷が多数あったらしい。もしかすると、風を操る種族かも? 断定はできないけど〜』
捜査班は、事件の情報が入るとすぐ出動し、実体を消しながらあやかしによる事件なのかを精査するチームだ。
サーチ班の日和は、捜査班から情報を引き継ぎ、捕縛班へ伝えている。
(やっぱ昇栄さんが朝陽を帰らせたのは正解だったのかもな)
(今日で2件とも苦手属性はキツいわ)
昴はそんなことを考えていた。
*
暁斗と明日香は一人の男性を注視し、一定の距離を保ちながら様子を伺う。
「アイツよねっ? 三日月のピアスが目立つわっ」
「そうだna。昇栄さn、男の背後に回りましta。中々な相手のようde、いつもより距離をとってまth」
「少しずつ距離を縮めて結界を張りますねっ」
『二人とも了解。いつもより情報があやふやだから、一層警戒してほしい』
「承知しましta」
『今のところ、男の表情には変わりなし〜』
「日和ちゃん了解っ」
二人は男に気付かれていないことを確認し、距離を詰め始めた。
*
(実体消して隠術なんて難しいことを軽くできるなんて、ふざけた口調だけどやっぱり二人はすごいんだ)
朝陽はアパートの最寄駅で降り、人気のない路地裏を歩きながら昴と同じことを思っていた。
『日和ちゃんっ? 遺体に霊力痕があったということは、被害女性は能力のある桂さんってことよねっ?』
『私もそう思っているけれども、そこに関しては何も分からない〜』
『桂さんって分からないことが多いのよねっ』
(桂一族は、“月の恩恵”がある一族っていうのは習ったけれど、「能力のある桂さん」ってなんだろう?)
(桂一族は、人間界で生活している人が多いらしいし、それに関係して何かあるのかな? 終わったら調べるかぁ)
(私って分かんないことが多すぎるよ。勉強しなきゃ……)
やり取りの内容を聞きながら、朝陽は考え込んでいた。
*
(後ろに二人。そこら中に小さな霊力、遠隔監視か)
被疑者の男は平然を装いながら、周囲に意識を向けていた。
(そのほかもう少し遠くには、二人が向かってくる。そのうち一人は霊力が他より強い、隠密か?)
(……見つけた)
男がニヤリと笑った。
『! 男が笑った』
すかさず蟲で監視していた日和がみんなに伝える。
背後の二人が反応し、結界を張る前に、男は猛然と走り出した。
「! 早いっ!」
「男が人のまま実体を消して走り出しta! 追走すru!」
暁斗と明日香は男を追って走り出す。
(実体を消したままだと追いつかないっ! アイツも同じ状況なのに早すぎるっ!)
二人は必死に男に食らいつくが、離される一方だ。
*
『日和! 状況は!?』
『男の霊力は物凄いスピードで北上中! 道中の蟲が1匹残らず男にやられて状況が分からない!』
男は走りながら霊力を使い、日和の蟲を死角から攻撃していた。
『そこまでの相手か! 昴! 相手の霊力を感知して攻撃する!』
『はい!』
(!? 何が起きてるの!?)
昇栄と日和の緊迫したやり取りに、朝陽は足を止めた。
『皇居を通り過ぎた!』
『なに! すぐそこに!?』
(! じゃあ私の近くにも)
「!!」
真横から大きな霊力が凄まじいスピードで来るを感じ、朝陽は振り向いた。
男はすでに朝陽の目前まで迫っており、ナイフを振りかざしていた。