守ると決めた
昴は執務室を出ると、廊下を1人歩きながら思考の渦に沈んでいた。
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「昴は、なぜ忘術を受けた者が監視対象になるか分かるかの?」
「2度目の術を受けるのを防ぐためです」
「そうじゃ。忘術は膨大な霊力を脳という局所に注ぎ込む術。2度も受ければ、身体にどんな影響が出るか分からん。人間で実験などできんしの」
燦陽は穏やかに笑いながら続けた。
「では、座学では教えぬ“もう一つの理由”があるのは知っておるかえ?」
「……え?」
一瞬の沈黙の後、燦陽は静かに告げた。
「忘れた記憶を、思い出させないためじゃ」
昴は思わず眉をひそめる。
「術によって強制的に忘却させるのですから、基本的には問題ないのでは……?」
「ほとんどの者には影響はない。じゃがな、万が一失った記憶に関わる“何か”と再び遭遇した時、それが引き金となり思い出す可能性もゼロではない」
燦陽は背もたれから離れ、前屈みになる。
「それが本人にとって、本当に大切な記憶であった場合じゃ。思い出した時、どんな影響が出るか分からん。精神が壊れてしまう者が出るやもしれん」
「……朝陽にとって、あいつの記憶は“引き金”になり得る……」
「そうじゃ。ならぬ場合もあるじゃろうが、危険は避けるに越したことはない」
燦陽は昴を真っ直ぐに見据えた。
「昴。あの2人が遭遇せぬよう、注意を払っておいてくれ」
「これは極秘事項じゃ。隠密とぬししか教えておらぬ」
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「……あいつ。何の関係が……?」
昴は考え込みすぎるあまり、前方から来る人物に気づかなかった。
「昴くん? 昴くん?」
「ーーっ!? あ、昇栄さん!すみません!」
ぶつかる寸前で声に気づき、慌てて頭を下げる。
「ずいぶん難しい顔をしてたね。考え事かい?」
「……はい」
「それは……あの子たちのことかな?」
昴は昇栄の目を見て悟った。“あの子たち”が、朝陽と弦であることを。
「そうです。ちょっと……頭の中を整理していました」
「そう……」
昇栄は少し考え込んだ後、問いかけた。
「今、少し時間はあるかい? 話をしよう」
「……はい!」
少し驚きながらも、昴は即座に頷いた。
本部を出て、2人は近くの岩に腰を下ろす。月明かりが静かに辺りを照らしていた。
「うん。ここなら周囲に気配はないね」
昴が口を開いた。
「昇栄さん。あの時は……指示を無視してしまい、申し訳ありませんでした」
昇栄は微笑み、昴の頭を優しく叩く。
「今回はいいさ。結果的に朝陽を助けてくれた。むしろ感謝しているよ」
昴の表情が、ふっと緩んだ。
少しの沈黙の後、昇栄が切り出す。
「さっきの考え事だけど……昴くんの口から聞かせてもらえるかな?」
どこまで燦陽から聞いているかを探るような問いだった。
昴は隠さず、すべてを話した。
「……そう。朝陽が術を受けたのは、5歳の時なんだ」
(このくらいなら、伝えていいよね)
「え……!? そんなに前なんですか……」
昴の表情が陰るのを、昇栄は見逃さなかった。
(少し意地悪だけど)
「どうして、そんなに2人の関係が気になるのかな?」
昴は一瞬、言葉に詰まる。
「……朝陽は幼馴染で……一番長く一緒にいるのは、俺だと思ってました」
「でも……俺が知らないところで、誰かと深く関わっていたかもしれないって思うと……」
自分でも理由が分からないです。と苦笑する。
昇栄は優しく微笑んだ。
「気持ちは分かったよ」
「だからこそ、朝陽を守らなきゃいけないね」
代々族長を継ぐ血筋。
その立場を思えば、これから先が平坦でないことは明らかだった。
「……そうですね」
「まず俺にできることは、2人を会わせないことですね」
昴の目に、覚悟が宿る。
「そうだね」
「それと、どんな時でも朝陽を守ってあげてほしい」
それは僕個人の願いだけどね。と昇栄は笑った。
「ありがとうございます」
「気持ちが楽になりました!」
清々しい表情で昴は立ち上がり、昇栄と別れる。
夜は、さらに静かに更けていった。
面倒見の良い昇栄に、昴はもう懐いてます笑
次回、弦が動きたがります。




