勘違いだと思います
焼肉さんさんを出た昴と朝陽は、満腹と満足感に包まれながら並んで歩いていた。
「いやー!美味かった!」
「ごちそうさま!昴の奢り最高!」
そんな他愛ない会話をしていた、その時だった。
「あ! いたぁ!!」
張り上げられた声に、2人は同時に振り返る。
そこには鬼の形相をした日和が、こちらへ一直線に駆けてくる姿があった。
「「!!」」
(……また何かやらかした?)
(え、私? 何かミスった!?)
2人の心臓が、同時に跳ねる。
「朝陽! 長が探してたんだよ……っ」
「はぁ……っ、普段走らないから……きっつ……」
息も絶え絶えのまま、日和は耳元のイヤホンに手を当てた。
「こちら日和。朝陽を発見しました。昴も一緒ですが……」
「え? 俺も!?」
油断しきっていた昴の顔色が、一気に悪くなる。
「昴もですね。承知しました」
「えぇぇ……」
(またこれか……)
満腹の胃が、嫌な予感とともに重くなる。
*
一方、燦陽は先ほどとは別の執務室にいた。
そこは畳敷きではなく、明治期の書斎を思わせる洋風の空間だった。重厚な木製机、壁一面の書棚、柔らかな間接照明。同じ建物内とは思えないほど、趣が異なる。
燦陽はパソコンの画面を見つめていた。
(木村弦。東京都出身、18歳。父は大学病院の医師……母親の記録は、無し)
眉間に深い皺が刻まれる。
(昇栄の話じゃと、ネックレスは母親の形見……)
「普通に考えて、母親が怪しいのう」
ぽつりと零した呟きに、千晴が応じる。
「ええ。死別なのか離婚なのかも分からない……そこが一番引っかかりますね」
「あのジジイに聞いても、期待できんか」
「桂の長様は……自由なお方ですから」
千晴も苦笑するしかなかった。
しばらくして、コンコンと扉が叩かれた。
「入ってよい」
「失礼いたします。朝陽と昴をお連れしました」
扉の向こうには、きょとんとした朝陽と、明らかに顔色の悪い昴が立っていた。
「こちらへ」
千晴に促され、2人は燦陽の前のソファへ腰を下ろす。
燦陽は、真っ直ぐ朝陽を見据えた。
「朝陽。単刀直入に聞く」
「あの人間、木村弦に以前会ったことはあるかえ?」
「……?」
朝陽は一瞬首を傾げた後、首を振った。
「ありませんよ。顔も名前も、全然覚えがないです」
隣の昴も、首を傾げている。
「なぜです?」
朝陽が尋ねると、燦陽は静かに答えた。
「あの者が目を覚ましての。朝陽を見たことがあるかもしれん、と言ったのじゃ」
「勘違いの可能性もあるが、念のためじゃ」
「ああ、そうだったんですね!」
「それは勘違いだと思います!」
朝陽は、迷いなく言い切った。
「そうじゃな。休んでいたところ、呼び戻してすまなんだ」
「いえいえ!あの子は……元気ですか?」
朝陽の問いに、燦陽は頷く。
「怪我はない。今は昇栄が調べておる。今日はゆっくり休めるじゃろう」
「朝陽も休みなさい。昴は少し話がある、残ってもらうぞ」
「はい。失礼します」
朝陽が退出し、扉が閉まる。
足音が遠のいた後、昴は意を決したように口を開いた。
「長……差し出がましいですが」
「申してみよ」
「先ほどの質問ですが……」
「その内容だけで日和さんが必死に探していたことに、違和感を覚えました」
「別の理由があるのでは、と」
燦陽は、ゆっくりと口角を上げた。
「……察しが良いのう」
「隠密として、一歩前進じゃ」
「え……?」
昴が目を見開く。
「質問の内容は作り話じゃ。あの者が朝陽を見たことあるとはまだ言っておらん」
「しかしだな……朝陽が、あの者を“覚えていたら”大事じゃった」
昴は息を呑む。
「じゃあ……本当に2人は会ったことがあるかも知れない?」
「なのに、朝陽はあんなに自信満々で……!!」
言葉を失った昴は口元に手を当てる。
燦陽は静かに頷いた。
「そうじゃ」
「朝陽は1度、忘術を受けておる」




