デビュー
あやかし界と人界は表裏一体なり。
霊力を以て往来可能なり。
然れど人には霊力を持つもの少なし。
故に、まことを知る人は、一部の陰陽師や僧侶と限りあり。
あやかしには、人界で悪事を働く者あり。
霊力使ひ攻むるあやかしに、人には到底太刀打ちえず。
其処故に、人界のあやかしへの治安維持を担へるあやかし一族あり。
其の名は、天道一族。
『朝陽、ヤツの動きは?』
「駅の方向に歩いてる」
『オッケー。駅前で結界を張るとするか』
「了解」
『さあ、デビュー戦だ! ビビるなよ!』
「失礼な! 平気だわ!」
ここは東京。
ワイヤレスイヤホンで会話をしながら中年の男を尾行する少女が一人。
朝陽は、天道一族。18歳の誕生日を迎え、今日から一族として任務を遂行する。
今は、人間界で宝石を強盗したカマイタチのあやかしを尾行中。
男が駅に入ろうとしたその時。
「昴!」
『はいよー』
朝陽の合図で、待ち伏せしていた通話相手のバディ昴が霊力を込め印を結ぶ。
犯人を中心としてドーム状に透明な結界が貼られていく。
すると、次第に駅前の人々が透過する。
この結界は人間界からあやかしを引き剥がすためのものであり、あやかし同士が戦闘を行う際、人間に危害を加えないようにする役割もある。
「!? 結界。チッ、天道のヤツか」
カマイタチの男は、結界が張られるまで2人の霊力に気づかなかった。
結界を張られたと分かるといなや男は両腕を鎌に変え臨戦態勢をとる。
カマイタチは風を操るあやかしだ。男の周りには竜巻が起き始める。
朝陽と昴は合流し、昴が男に問いかける。
「人間界の宝石強盗の罪で捕縛依頼が出ている。念のため聞くが、自首の意思はあるか?」
天道一族は、罪を犯したあやかし達を捕まえるまでが任された仕事である。捕縛された犯罪者達は、あやかしの統治機関へ送致される。
男は無言のまま竜巻で二人を襲う。
昴の問いかけに対する答えだ。
二人は竜巻を避けながら攻撃を開始した。
朝陽は黄金色の鎖鎌を生み出し、男へ向かって投げた。
昴は男の元へ走りながら黄金色の双剣を生み出す。
黄金色の武器は“金鎖”と呼ばれる天道一族特有の術である。
己の霊力を使って武器を具現化させ、相手の霊力を一時的に失くす。霊力が消失したあやかしは意識を失う。すなわち、肉体を傷つけることなく捕縛が可能である。
朝陽の鎖鎌は、竜巻に弾かれる。
「やっぱりダメか」
『朝陽焦るな。中距離戦向けの金鎖は風に弱いの分かってるだろ。(風の)隙間を見つけろ!』
「はい!」
任務中はバディと通話状態で動く。朝陽の独り言が昴に聞こえ、指摘を受ける。
朝陽は風の隙間を通して投げるが、男を守るように竜巻は動き、鎖鎌を弾く。
昴も男の隙を狙い攻撃するが、回避される。
二人は一旦男から距離をとった。
「竜巻もうざいけど、アイツも俊敏だな。朝陽、聞こえるか?」
『聞こえるよ』
「あの竜巻は男の意思で動いていると思う。俺がアイツを引きつけるから、アイツが俺を意識している間に狙えるか?」
竜巻は休みなく二人を襲う。
二人は避けながら作戦を練る。
『やってみる。昴、この案はどうかな?』
朝陽が作戦を伝えると、昴は不敵な笑みを浮かべた。
「おっけぃ。じゃあ行くぞ!」
昴の合図で朝陽は鎖鎌を投げ、昴は男に向かって走り出した。
だが、鎖鎌はまたしても竜巻に弾かれる。
「ガキどもが、何度やっても同じこと!」
男は、昴の攻撃を避けながら、朝陽に向かって竜巻を操る。
朝陽の鎖鎌がまた竜巻に弾かれているのを確認し、昴に反撃しようとした瞬間、男は膝を地に着けた。
「!?」
鎖が右足首に絡まっている。
(小娘か、先に始末して……!?)
男が朝陽を狙う前に、すでに朝陽は背後を取っていた。
「しまっ……」
朝陽が男の胴体に鎌を入れた。
金鎖は霊力を断ち切る術である。肉体は傷一つ付いていないが、確実に胴体を貫通させている。
「……た。あ? あはははははは! 小娘! 天道のくせに俺より霊力が弱いのかよ! 雑魚g」
男が話し切る前に、昴は首を狙い気絶させた。
あやかしにはランクが存在する。最上位ランクは五大妖怪(鬼・天狗・河童・狐・狸)であり、天道は上位ランクと位置付けられている。カマイタチは中位ランクである。
「……霊力が弱いのは最初から分かってるよ」
朝陽は呟く。
金鎖の強さは己の霊力に比例する。すなわち、敵より霊力が低い場合には、一発では気絶させられないのだ。
「朝陽お疲れ。まだ後始末が残ってるぞ!」
昴は彼女の肩を軽く叩き、本部と連絡を取り始める。
なんとか朝陽はデビュー戦を勝利で飾った。